2-4
その翌日。タイキは昨日の決意通り、商店街を散策していた。
それは彼が待ち望んだ、平穏な休日の時間であった。
「それにしても、まさかアンタの乞食行為に付き合う事になるとはねー」
……隣に退屈そうに空を見上げるマソラがいなければ。
「ああくそ、あほんだらネクロマンサーのお守りがようやく終わったと思ったら、翌日はくそったれ幼なじみだってか」
「いくら金欠でも、他人様に食べ物を恵んでもらうところまで身を落とすのはドン引きだってのよ」
「んだよ、そんなイチャモンは聞かねぇ。俺は平和な日常を謳歌するのに忙しいんだ。いるな、どけ、消えろ」
舌打ち気味にそんな言葉を吐き出し、人通りも普段より幾分か少なめの商店街を歩いていく。
全ての店が営業しているわけではなかったが、それでも行きつけの店がいくつか開いている事にタイキは安堵した。
「というか、とっとと昨日の何でも言う事聞く奴のところに向かえばいいじゃねぇか」
「んー、よく考えたら名前も電話番号もアドレスも、全部聞きそびれちゃったのよね。で、アイツ見つけるまでヒマだし、探すのも兼ねてアンタの乞食に付きやってやろうって思ったっての」
「……あー、死ぬほどありがてぇ」
隠さずに大きく舌打ちした彼は、そのまま近くの魚屋の店先を覗き込む。
ゴールデンウィーク期間だという事も手伝ってか、いつもよりほんの少し品揃えが悪い気がした。
「……いや、選り好みできる立場じゃねぇんだったな」
顔なじみの店の主人に事情を話し、余っている食材を無料で譲り受ける事に望みを繋ぐ。
それだけの、確かに乞食じみた行為。
「てか、アンタ今いくら持ってるってのよ」
そう幼なじみに問われ、無言で財布を取り出して開く。
昨晩必死に部屋中を探して見つけ出した、全財産。2枚の100円硬貨。
「ホントド貧乏よねー。貧乏神にでも取り憑かれてるんじゃないの?」
「うるせぇ貧乏神! お前の常日頃のゲーム代とあのネクロマンサーの先月の接待代金で全部持ってかれてんだよ!」
再度舌打ちし、そのまま店に背を向ける。
「とりあえずは魚より野菜だな……。そこでもらったもの次第で、何作るか考えるとするか。……出来ればピーマンをもらえりゃ、この前レシピを聞いたあの料理を……」
「えー、ピーマン?」
「お前の分まで作る気はねぇから安心しろ。何にせよ金欠の身だ、欲しいものがもらえるとは限らねぇ」
ぶつぶつとつぶやきながら歩くタイキの後ろを、小走りに幼なじみもついてくる。
と。
「じゃ、一発逆転とか狙うのはどうだってのよ。あたしは好きよ、そういう賭け」
ふと彼女が指したのは、昨日も見かけたあの宝くじ売り場。
「あん? 200円で買える枚数なんてタカが知れてるだろ」
「てか、アンタ未来が視えるんでしょ? それ使いなさいってのよ」
「確かに俺のギフトを使って確定で当てるって手もあるけどよ、それは昨日アイツに禁止され……。……いや」
辺りをキョロキョロと見回し、昨日の面倒なネクロマンサーが近くにいない事を確認したタイキは、全財産が入った財布片手に歪んだ笑みを浮かべた。
「……どうせバレねぇんだ。そもそも視えたかどうかは、俺の自己申告だしな」
へへへ、とくぐもった笑い声をあげながらフラフラと売り場へと歩を進める。
「おいマソラさんよぉ。今日の昼何が食いたい? 回らない寿司か? それともトリュフか? フカヒレか?」
「な、何だってのよ」
「いいぜ、何でもおごってやるよ。なにせ俺はクッソ寛大だからなぁ!」
タイキの豹変ぶりに背後でマソラが1歩引く気配がしたが、そんな事は気にせず笑い声を上げる。
金持ち喧嘩せず。タイキは今この瞬間ほど、この言葉の意味を噛み締めた事はなかった。
確定したも同然の、大金持ちになる未来。
あのネクロマンサーにバレたところで、どうせゲーセンに連れていったり、何とかレンジャーグッズを買ってやったりすれば即座に黙るに決まっている。
そう、大金持ちというのはそれだけの価値が――
パシッ。
ふと、自身の右手から財布が離れていく気配を感じた。
「あ、ひったくられたわよアンタ」
その言葉と同時、その財布片手に商店街を駆け抜けていく人影の姿が見えた。
「なっ……!」
そうこうしているうちにも、相手の姿はどんどん小さくなっていく。
「足早いわねー。てか、200円でしょ? 落としたと思って諦めれば……」
「うるせぇ! あれには俺の無限の未来が詰まってんだ!」
そう叫ぶなり、タイキは駆け出す。
「おいてめぇ、待ちやがれ!」
黒いスエットスーツの背中に向けて追走するも、相手の方が健脚なのか距離が見る見るうちに離されていく。
「くそがっ……!」
昼も近くなった休日の朝のひと時。連れ立って歩く人々の間を縫うようにして、ひったくり犯は逃げていく。
距離はどんどん離され、相手を見失わないようにするのがやっとだった。
そして視界の中でふと相手がスピードを落としたと思うと、そのままとある人物へと一直線に向かっていく。
黒い日傘を目深に差し、高級そうな革製のバッグを手にした人影へと。
いいカモだと思ったのか、ついでにその人物にも手を伸ばしたひったくり犯は――
「……何ですの? この下賤な輩は」
その手がバッグを掴む寸前で、身をかわした持ち主が突き出した足につまずいて、その場に倒れた。
そしてそれを見下ろしながら、手にした扇子で口元を隠しつつ眉をひそめているのは。
「げっ、金持ち」
背後から追いついてきたマソラが、相手の姿を認めるなり嫌な顔をした。
その人物――リンカはタイキたちに一瞬視線を向けてから、再度元に戻す。
「わたくしとしては、あまり余計な事に首を突っ込みたくはないのですけれどね」
見覚えのある財布は、いつの間にか彼女の手の内に収まっていた。
「って、お前また来てたのか?」
『セントラル』のサポーターである彼女は、先月の一件の後は帰ったと聞いていたはずだった。
そしてふと身を起こしたひったくり犯が、激高した様子で彼女に掴みかかろうとする。
「そもそもわたくし、あなたたちの前に出るつもりはありませんでしたのに。またこの街を任地に、とある仕事が入っただけですの」
そしてそれを全く意に介さずつぶやいたその時、彼女の胸元を掴もうとしたひったくり犯の身体が空中で一回転し、アスファルトの上に叩き付けられた。
後に残るのは、まるで汚いものに触れてしまったかのように両手をハンカチで拭うリンカの姿だけだった。
「強い強い! 金持ちやるじゃない!」
パチパチと拍手の音と共に、マソラが一歩前に進み出た。
「お金を自慢するくらいしか出来ないと思ってたけど、やるじゃないっての!」
「……わたくしを一体何だと思っているのかは知りませんが、常日頃からもっと危険なものと戦っていますのよ。そもそもこの程度の護身術、サポーター訓練の基礎中の基礎でしてよ」
そこで心底面倒そうにため息をついた彼女は、ふと片手に握っていた財布の存在を思い出したかのように差し出した。
「これ、あなたのものですの?」
「……ああ。助かった」
それを受け取って安堵したタイキに、再度質問が投げかけられた。
「ところでどのくらい盗まれかけましたの?」
「200だよ、200! 全財産だ!」
「あら。意外とお持ちですのね。でも、だからこそ不用心でしてよ」
「……あん? この金額は流石に駄菓子屋でも豪遊できねぇぞ?」
ふと会話が噛み合っていないような気がして、さかさまにした財布を振る。
そこから転がり落ちた2枚のコインを目にした相手は、大きくため息をついた。
「……嫌ですわね、貧乏人は。わたくし、てっきり200万かと思いましたわ」
「……」
そして歩き出した相手は、ふと振り返って足元に視線を向けた。
「……。全く、本業の方ではこういうのも守らなくてはいけないなんて、気が滅入りますわね」
「……そういえばお前、なんかまた仕事が入ったから来たとかどうとか……」
「ええ。なのでその件に戻らせていただきますわね。時は金なり、でしてよ」
「ところでアンタ、どこに住んでるってのよ?」
ふと背を向けた相手に、マソラが指を突き付けた。
「さぁ、どこでしょうね。ただわたくし、滞在ごとにマンションを短期間借りるなんて頭の悪い事はしませんの」
それだけ言い残し再度日傘を広げ去っていく彼女を見送っていると、ふと隣のマソラに肩をつつかれた。
「ねぇ、気にならない?」
「あん? 奴がどんな危険な仕事で来ていようと、俺たちに関係ないんだったら興味はねぇ」
「そうじゃなくて! あの高慢ちきな金持ちが住んでいる場所よ!」
「……は?」
「どうせ河川敷に建てた段ボールハウスの中で、ボロ布にくるまって震えてるに違いないっての。それで乞食でもしてお金を稼ぐの」
「……いや、それだけはねぇと思うが」
「ってなわけで、真相を確かめるためにこれは尾行するしかないわね!」
「……。……は?」
そしてタイキはやけに張り切る幼なじみに引っ張られる形で、リンカの後を尾けていた。
相手を見失わないギリギリの距離を保ちつつ、こちらの声が聞こえないほどの遠くから、豆粒ほどの大きさの相手をこっそりと尾行していく。
「段ボールハウスに入る現場を抑えたら、写真を撮って脅すの! そしたら今までの言動を土下座しつつ謝ってもらうって寸法だってのよ!」
「……あー、上手くいくといいな。応援するわ」
極めてどうでもよさげに返答を返すと、それで満足したのかマソラは大きく鼻を鳴らした。
そのまま数分ほど歩いた頃合いだろうか、相手はとある高級ホテルに入っていく。
「……ほらよ。残念ながらホームレスじゃなそうだ」
それを親指で示し、もう片手で頭をかく。
「で。俺はもっかい優雅で平和な買い物に向かうからな。もう邪魔すんなよ……って、おい!」
ふと振り向くもそこにいるはずの幼なじみの姿は無く、いつの間にかリンカの後を追ってホテル内に突撃していくところだった。
マソラの事など放っておいてこの場を離れるべきかしばらく真剣に迷ったものの、結局タイキは彼女の後を追っていた。
「お前なぁ……」
自動ドアを潜り抜け、備え付けられていたらしき新聞紙を読むフリをして顔を隠している彼女に近づく。
「……しっ、静かに」
半ば強引に頭を抑えつけられ、2人一緒に高級そうなソファの影に身を隠す。
ふと前方を見ると、受付に預けておいたらしき部屋のキーを受け取ったリンカが、その足でエレベーターに向かったところだった。
彼女が押した階層のボタンと壁の案内を見比べると、どうやらスイートルームがある階層へ向かうらしい。
「で? ホテルに滞在中ってのは判明したが、まだ何かする気か?」
「もちろん! もしかしたらホテル内の清掃業務で日々を食いつないでる可能性もあるかもしれないってのよ!」
「……あー、希望を捨てないってのは前向きでいいな」
そして点灯する階層のボタンが1階へと向かい始めたところで、マソラが駆け出した。
「さ、追いかけて真相を掴んでやろうじゃないっての!」
「本気かよ……」
隣の一般用エレベーターに乗って、彼女が押したボタンの階へと先回りしようとすると。
「……お客様?」
ふと背後から肩を叩かれてゆっくりと振り向くと、屈強なガードマンが立っていた。
「宿泊のご予約はありませんよね?」
「……はい」
半ばつまみ出される形で、2人はその場に背を向けざるを得なかった。
と。
「ご苦労さま」
ふとリンカが乗り込んだエレベーターの扉が閉まる寸前、クスリと笑った彼女の顔が見えた気がした。
「……アイツ、分かった上でここまで連れてきやがったな」
ゲンナリとつぶやいたタイキは、今しがたのエレベーターへと向け何かを呪うような仕草をしている幼なじみに目を向けてから建物の外へと向かった。
「あー、時間の無駄だったわ!」
「……おう、そうだな」
ホテル出入り口に掲示されていた、ここの最上階で定期的に開かれているという物産展の案内をひとしきり眺めてから、ふとそこで自身が金欠である事を思い出して心の中で舌打ちする。
「さってと! いい感じに時間も潰せたし、あたしはそろそろ昨日のアイツを探す旅に出るかってのよ」
「おう行ってこい行ってこい。そんで俺の優雅な休日をもう2度と邪魔するんじゃねぇぞ」
舌打ち気味にそう吐き出すも、全く聞こえていなさそうな相手は何も言わずゲームセンターの方角へと去っていった。
「……。っと、俺も戻るか」
そうつぶやき、彼女の後を追う形で商店街方面へと足を踏み出す。
そしてポケットの中に手を入れ、硬貨が2枚収まった財布の感触を確かめる。
それから時計を確認すると、既に正午を1時間ほど過ぎた頃合いだった。
「気を取り直して、昼飯の材料を……。いや、その前に今度こそ宝くじを買って貧乏暮らしとはおさらば……」
と。
「あら、まだいましたのね」
そんな声が背後から飛んできて振り向くと、やはり日傘を差したリンカがちょうどホテルの自動ドアをくぐり抜けたところだった。
「んだよ。娯楽を求めに貧乏人でも見物しに来たのか?」
「まさか。これから遅めの昼食ですわね。そういえば、あなたのご予定は?」
「……金がねえんだ、これから食べられる草でも探しにいくからほっとけ」
適当な言葉を吐き出し、その場を後にしようとすると。
「そうですか。では、ご一緒にどうかしら?」
ふと日傘をたたんだリンカが、その代わりに扇子を手にした。
「……あん? マソラならもう行っちまったぞ。2人で楽しく女子会したいなら、呼んでやるけどどうするよ」
「わたくし、あなたに言いましたのよ。あの小うるさい彼女に用はありませんの」
「……先に言っとくが、今スーパー大絶賛金欠中だからな。割り勘だって言われても食い逃げするからな覚悟しろよ」
「最初からあなたに支払いを要求する気は毛頭ありませんから、そこはお気になさらず」
そう告げた彼女は、ついてきなさいなと言わんばかりに手招きをした。
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