2-3
屋上に到着すると、既にそこには10数人のちびっこと、その保護者らしき大人たちの姿があった。
視界の奥にはこういうイベントの時に使うのだろう、周囲より1メートルほど底上げされたステージが備えられていた。
屋上の入口で配られたチラシによると、近隣の高校の演劇部などによる劇などの催しものを定期的に行っているらしい。
そしてそんなちょっとした野外コンサートのような舞台上には、マイクを持ったお姉さんの姿が。
同時、拡声された声のアナウンスが響く。
『このたびは当デパートの「テラレンジャーVSウシマガリ」ショーにお集まりいただきありがとうございます。演目は数分後に始まるので、それまでお待ちください』
渡されたチラシに目を向けると、要するにこのデパートに性格が曲がりに曲がりまくった『怪人ウシマガリ』が現れ、それを主人公であるらしいテラレッドと、さっきも見かけたテラゴールドのタッグが追いかけてきた……という脚本らしい。
続いてアナウンスのお姉さんが、にこやかに大きく手を振った。
『さ、ちびっこのみんなは観客席に集まってね!』
「おう、「ちびっこ」は向こうだそうだ」
アナウンスと同時に我先にと駆け出すちびっこたちの中、タイキはぶっきらぼうに親指で席を示した。
子供用なのか小さめのパイプ椅子が所狭しと並べられていたが、小柄な彼女にとっては何の問題も無さそうだった。
そこに駆け寄っていくクロエを見つめながら、背後で他の保護者たちに交じってタイキは腕を組む。
そして数分後、ステージ上に巨大な斧――流石にプラスチック製だろう――を持ったミノタウルスじみた怪人が現れた。
今日もいい事がなかった、お昼に買ったクリームパンにはクリームがちょびっとしか入っていなかった、道を歩いていたら職質された、秘密結社の幹部に怒られた、帰宅したら部屋の電球が切れていた、だからこの場所で暴れる事で憂さ晴らしをしてやる、などと叫びながら大仰に地団太を踏むウシマガリ。
そしてそこにテラレンジャーの赤と金が颯爽と登場すると、辺りは高音の歓声に包まれた。
「……」
幼い頃にこういうものに興味を持たなかったと言えば嘘にはなるが、まさかこの歳で改めて見る事になるとは思わなかった。
「……当事者のガキンチョにとっては感涙モンかもな」
つぶやき、前方の席へと目をやる。
前方で子供たちに混じる、周囲よりも頭1つ分高い人影。結局、最後列に着席したようだった。
加えて、タイキ自身は見慣れ過ぎてもう気にも留めていなかったが、一般的にはどう見ても場違いなゴスロリめいた服装。
だが誰も――特に本人は――気にしていないようであった。
「ちびっこ」の誰もが手に汗握って舞台を見つめる中、新たな動きがあった。
「ふはははは! どうだテラゴールド! これで身動きがとれまい!」
怪人の拘束攻撃――どう見てもただの荒縄だったが――によって動きを封じられたテラゴールドが、手にしたガンソードを取り落とした。
「こいつの命が惜しくば、武器を捨てろテラレッド!」
「くっ……!」
大仰に身もだえしたレッドが、その場に武器――ドリルのようなものらしい――を投げ捨てた。
途端、真顔のクロエがどこからともなく『禁術』とのラベルが張られた小瓶を取り出し、大きく振りかぶる。
「おい待て」
「止めないで。『断罪者の嘆き』。どんなものも肉体はもちろん魂さえもドロドロに溶かす最終兵器」
とっさに駆け寄って彼女の細腕を掴むが、相手はいつもの無表情のまま淡々とつぶやく。
「だからそんな物騒なモンを気軽に取り出すのはやめろっつってんだ!」
「ドクタースネラー率いる、悪の秘密結社ヒネリオン。その科学力で作られた怪人でも、きっとこれなら魂ごと消滅させてテラレンジャーを助けられる」
「待て、死ぬ! ウシ何とかの中身がガチで死ぬからやめろ!」
「……? もしかしてアナタも既にウシマガリに洗脳されて……?」
何を思ったのか、その小瓶とタイキの顔を交互に見つめるクロエに、慌てて手を振る。
「い、いや! 俺もテラレンジャーが心配になって、さっき『
もちろんそんなものを『視た』覚えは無かったが、どうせ台本はそんなものだろうとタカを括って口にする。
「……というかもしかしてこいつ、これをリアルにウシ何とかが襲ってきたとか思ってるんじゃないだろうな……ああくそそうに違いねぇ」
小さい声で悪態をつきながら、彼女の真後ろで観劇に戻る。
『おおっと、テラレンジャーがピンチだー! 会場のみんな、応援してあげて!』
それと同時、観客席のあちこちから、まけるなー、だの、がんばれー、だのといった声がポツポツと上がり始めた。
「ぬううっ、うるさい、うるさいぞガキどもめ!」
それに怪人が気を取られた時、赤が自力で縄を振りほどいた。
「へっ、手元がお留守だぜウシマガリ! これで形勢逆転だ!」
「……あーなるほど、そういう観客参加型の脚本と」
タイキが少し感心したその時、ウシマガリが観客席に視線を向けた。
「くそっ、かくなる上は……」
言いつつ舞台から飛び降り、観客席の間をゆっくりと歩いていく。
「子供たちを人質にすれば、流石のテラレンジャーも手が出せまい。誰にしようか……」
怪人が近くに来ると泣き出す子供や、勇気を出して着ぐるみをポカポカと殴り始める子供など、反応は様々。
そして、ウシマガリがちょうど中央辺りに座っていた男の子に手を伸ばしたその時。
「ダメ。させない」
ふと、クロエが両手を広げて立ち塞がった。
「おい、おまっ……!」
「子供たちに手を出すならワタシから。そしてワタシに手を出すならそこの彼からにして」
途端、怪人の視線がタイキを向いた。
「……」
着ぐるみの中の人がどこか困惑しているような気もしたが、タイキは気にせず軽く手を振った。
「……いや、俺は保護者なんで」
その言葉と同時、ウシマガリはクロエをひょいと抱え上げ、そのまま舞台へと連れ去っていく。
どさくさに紛れて物騒な小瓶をもぎ取ったタイキは、手を振って彼女を見送った。
「た、助けて……っ」
米俵か何かのように抱え込まれた彼女はジタバタと抵抗していたが、子供のポカポカと大して威力は変わらないようだった。
そしてクロエを抱え込んだまま勝利の高笑いを始めるウシマガリに、ゴールドが大仰にうろたえる。
「なんて事だ! 卑怯なウシマガリに捕まったお姉ちゃんを助けるために、みんなの元気の力を分けてくれ!」
「ああ! いいか、俺の掛け声に合わせてテラレンジャーと叫ぶんだ! 行くぜ? ……せーの!」
試合は結局、マソラの勝利に終わった。
勝ったは勝ったものの、想定よりも苦戦し、少し誇張すれば五分五分の戦いであったかもしれない。
風を操るマソラの操作キャラに対して、相手が使ったのはトリッキーな二丁拳銃キャラ。
「良かったよ、このキャラは結構練習したからね。でも流石にキミには及ばないかな」
そう言って、片手を差し出す相手。
「アンタこそ。……意外だっての。あたしとここまで張り合う奴なんて、大体知り合いだったし」
「……それにしても、キミが使うのもその風のキャラかなって思って訓練してたんだけど、やっぱり負けちゃったか」
「何よそれ? あたしがこいつよく使うのは、なんかカッコいいって思うからだってのよ」
首を傾げたマソラは、ふと相手を見つめた。
「じゃ、アンタはどうしてそいつを持ちキャラにしてるのよ?」
「んー、銃を使うのが少しカッコいいって思ったから、かな」
返ってきた同じ言葉に再度首を傾げると、相手は立ち上がった。
「思ったより気合入れすぎて、ちょっと疲れちゃったかな。キミは何か飲むかい? おごるよ」
「んー、そうね。炭酸っぽい何かでお任せで」
そう告げると、相手は休憩スペースへと向かっていく。
その後ろ姿にどこか見覚えがあるような気もしたが、すぐに周囲の騒音にかき消されるようにして消えてしまった。
舞台の上には、赤と金の合体技で見事撃破されたウシマガリが倒れていた。
「よし、これでゲームクリアだ!」
2人が勝利ポーズを決めると同時、舞台上は赤色の煙に包まれた。
『これにて、「テラレンジャーVSウシマガリ」ショーは終了となります。以降の開催日程は本日18時、明日10時、14時半――』
……。
みんなの元気とかいう曖昧なもので見事逆転勝利を収めたテラレンジャーの2人は、ちびっこたちとの握手会に応じていた。
満面の笑みで一緒に記念撮影もしている者、疲れたのか半分眠ったまま握手をする者、いきなり抱き着く者。
その中でも一層際立つのは、感極まったように握った手をぶんぶんと振るクロエだった。
「……うーし、はいチーズ」
疲れ切ったタイキが死んだ目で携帯電話のカメラを構えると、赤と金に挟まれたクロエがピースサインを繰り出した。
そこから再度両者としっかりと握手を交わしたクロエは、どこか上気した顔で携帯電話を見つめた。
「一生の宝物にする。部屋中に貼る。後でカラーで印刷して」
「……そうか、そりゃ良かったな。あと印刷はしてやるが別料金だ」
タイキとしては、このイベントが無料である事に胸を撫で下ろしていた。
「さ、今度こそ帰んぞ」
そこでクルリと背を向け、地上階へと戻るエレベーターに足を踏み入れる。
予想より時間も金も使ってしまったが、前者はまあせっかくのゴールデンウィークなのだ、そこは許してやろうと思った。
「ワタシ、もう手洗わない」
「洗え」
自身の両手を見つめて息を吐く彼女に舌打ちする。
「……それにしてもよ」
「なに?」
「先月はお前と一緒だった、あの灰色ネコがいないとどうも気になってよ」
1人と1匹でセットと言うべきか、何をするにつけても基本的にずっとずっと一緒にいた小動物。
「今日はアナタがトオルの代わり」
「へぇ、そりゃ光栄な事で。さぞや俺より文句も少ないんだろうな」
あのネコに同情したくなってきた。
「……で、今は別の仕事してるとは聞いたが、どこにいるんだ?」
「別に、この街から離れてるわけじゃない。軽い別任務中。具体的に言うと……」
そこで先ほどの高揚を思い出したのか、息を大きく吐いた彼女は続けた。
「ちょっとした人物調査。大した事じゃないから、あまり気にしなくていい」
結局のところ、マソラはその相手と共に夜まで数時間みっちり遊び倒した。
当初の補習の件などとうに吹き飛んでいた彼女が連れ回すままに、彼は文句も言わずに付き添っていた。
そして、そんなこんなの夜8時。
「さ、次は気分転換にカラオケ行って、それから……」
「き、キミ、思ったより体力あるね……。僕結構疲れちゃったよ……」
膝に手をついて、大きく息を吐く相手。
「ところで、夜遅くに出歩いてると補導されちゃう未成年条例っていうのがあってね……?」
「そんなの、制服の上になんか適当な服着て、18歳以上だって言い張ればこっちのモンよ」
「……キミ、もしかして夜遊び慣れてる……?」
「失礼ね。年に1度くらいゲーセンのマイブームが来るんだってのよ。あとは常に部屋の中で引きこもってるわね」
軽く手を振ってから、続ける。
「ま、そういうのに目を付けられるのも困るし、ここはあたしの部屋で朝までスマッシュシスターズ決定ね」
「……え」
「いや、ここからだとちびっこの部屋の方が近いわね。あそこはあたしの別荘みたいなもんだから遠慮せずに」
その途端ビクっとしたように、相手は慌てて手を振った。
「え、ええと! 僕もそろそろ帰らなくちゃなー、って!」
「そう? 門限早いのね、アンタ」
「そ、そうなんだ。大事な用事があってね。晩ご飯の用意とか……」
曖昧な笑顔で後ずさりしていく相手に、ふと気づいた事があった。
「そうだ。今さらだけど、アンタ名前は?」
「……んー、とりあえずは雪下って呼んでくれればいいかな。苗字だけどね」
「そうじゃなくて、名前よ名前」
「名前は……。っていうかキミホントに気づいてないんだよね……? 僕をからかってるんじゃなくて」
相手の言葉にマソラが首を捻っていると、彼は「またどこかで」と言いながら手を振り、駆け足気味に去っていく。
「って、ちょっと! あたしの名前は……」
その言葉さえ届かないまま、今度こそ相手の姿は夜の雑踏に紛れて見えなくなってしまった。
「っていうわけ!」
「……おう、そうか」
そんな本日の一部始終を聞いたタイキは、再度談話室のテーブルに突っ伏した。
眼前のテーブルに腰かけたまま、やたら上機嫌にそんな事を口走る幼なじみ。
確か課外は午後もあったはずだが、そこに突っ込む気力を捻り出すのが面倒だったので指摘しないでおいた。
「やー、それにしても何でも言う事聞く相手って最高よね!」
タイキのコップを奪い取り、中の水を一気に自身の口へと流し込む。
「……んだよ、今日1日中下僕やってた俺への当てつけかよ」
「ゲーセンでも結構料金持ってくれたし、飲み物代とかおやつ代とか、結局最後まで割とおごってくれたわね」
「どんな奴なんだよ、そいつ。なんか裏があるんじゃねぇか? ほら、心を許した頃合いに暗がりに連れ込むとか、高い壺を買いませんかとか、一緒に神に祈りを捧げましょうとか」
「考える事が野蛮ねー。アイツはアンタとは比べ物にならないくらい紳士的だったっての」
「あーあーどうせ俺はヤクザだよマフィアだよギャングだよ!」
舌打ちして立ち上がり、新たなコップと共に席に戻る。
手近な水差しから水を注ぎながら、そっと誓う。
ゴールデンウィークはまだ残っている。明日こそ有意義な事に時間を使うのだ。
この日常から抜け出し、リフレッシュするための一手。
そうだ、商店街を回るのもいいだろう。
寄宿舎で食事が出ない土日祝日は、ふらりと店先を覗き込んでは適当に食材を調達する事もある。
そこで顔見知りとなった店主たちに現在金欠である事を伝えれば、もしかしたらツケで買えるかもしれない。
そして手に入れた食材で栄養満点の料理でも作っていれば、きっと気も晴れるだろう。
そう、それこそが自身の求めていた安らかな日々なのだ。
きっと明日は今日よりマシな日常が待っているだろう。
決して先月のような危険な非日常ではなく。
結局、そんな予感は当たるのだった。
悪い方向で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます