2-2


「アナタも買い物?」

コンビニの陳列棚でコーヒー缶を物色していたタイキは、ふと背後から飛んできた声に振り向いた。

そこには、ちょうど子供向け月刊漫画雑誌を立ち読みしていたらしき小柄なネクロマンサーの姿があった。

「……ああ」

適当に返事を返し、目当ての缶を手の内で転がしつつレジまで向かう。

と。

「買い忘れ、大丈夫?」

再度振り向くと、クロエが酒とタバコのコーナーに視線を向けながらも首を傾げていた。

「……んなもん大人か不良しか買わねぇよ」

「ワタシ、アナタを不良だと思ってた」

「今の名誉棄損発言は寛大にスルーしてやるけどよ……むしろ余計なものを買う金もねぇ。誰かさんのゲーム代やら別の誰かさんの先月のゲーセン代やら飲み物代やらその他諸々に消えたせいでな……」

舌打ちしながらも会計を終えてコンビニを出ると、すぐにクロエも追いついてくる。

「ねぇ」

「……んだよ。少しでも良心の呵責を感じたんなら、利息は無しでいいから今すぐきっちり耳を揃えて、」

無言の彼女が、そのままコンビニ周辺でたむろする別の学校の生徒らしき集団に視線を向ける。

「あの人たちを暗がりに連れ込んで、所持金を補充したりはしないの?」

「……どうやらお前も都合の悪い事は聞こえない耳を持ってるらしいな……」

「じゃあ肩をいからせて、メンチを切ったりはしないの?」

「しねぇ」

「カツアゲは」

「やらねぇ」

「パチンコは」

「行かねぇ」

「タバコは」

「吸わねぇ」

心底不思議そうに首を傾げる彼女に、再度息を吐く。

「いいか、俺は不良じゃねぇし、そもそも今は無駄遣い厳禁の極貧真っ盛りなんだよ! これは朝から半日頑張った自分へのささやかなご褒美であってだな、」

言いつつ、片手の内で真っ黒い缶を転がす。

と。

ふと視界に宝くじの販売店が映った。

時間帯のせいもあり客の姿は見当たらず、店員のおばちゃんがヒマそうに頬杖をついている。

「……。なぁ、1つ思ったんだけどよ」

「なに?」

「もし俺があそこで、未来を見る事が出来る『断面視界フェイズドア』を使ってスクラッチを買ってよ、当たるかどうか確かめれば……小遣い稼ぎ、いや大金持ちになれるんじゃねぇか!?」

これだ! と脳内で膝を叩く。

先月のあれこれも、財布係として自腹を切り続けていたのも、全てはこのためだったのだ。いいだろう、今こそ綺麗さっぱり水に流してやろう。

それらと引き換えに手に入れた、いくらでもやり直しの効くギャンブル。素晴らしいではないか。

そう思って、先ほどのコーヒーのお釣りの硬貨を握りしめて売り場に駆け寄ろうとすると。

「ダメ」

「あ? んだよ」

「そんなくだらない事にギフトを使うのは、ワタシが許さない」

いつになく真剣な顔のクロエが、タイキの服の裾を掴んでいた。

「いいだろ、少しくらい」

「ダメ。どんなものであれ、ギフトは世界の理を乱す力」

言いつつ、両手の人差し指で小さく×印を作る。

「アナタが先月に会ったリンカだって、あのギフトで毎日の朝食の目玉焼きを作ったりはしていない」

「そりゃまあそうだろうけどよ……」

「アナタがそういう事をするのも、あの彼女が風の力で何かをするのも、絶対に禁止。もし何かあったら、ワタシの責任問題になる」

「……」

「とにかく、ダメなものはダメ。そもそも訓練を積んでいないアナタは、意図的に満足には使いこなせないはず。まずは訓練をしてから」

「……わーったよ」

観念して両手をひらひらと振ると、ようやく小柄な相手は表情をいつも通りに戻した。

「それで、次はどこ行くの?」

「あん? 貧乏人は余計な散財なんかせずに帰るに決ま……。……いや」

そこでふと、先ほど幼なじみの部屋を掃除した際に物資をいくつか使い切った事を思い出した。

今すぐ使う予定はないが、手元に在庫がないと落ち着かない。

「予定変更だ。ちっとばかし買い物を思い出した。ここから近い店は……」

言いつつ前方を見やると、ちょうど百貨店が視界に飛び込んできた。

「ってなわけだ。俺はそこに用事があるから、ここでおさらばだ」

「暇だから、ワタシもついていく」

「……別に構わねぇけどよ、見ても全然楽しくねぇぞ?」

「それでいい。どちらにせよ暇」

なおもついて来ようとする彼女に、タイキは息を吐いた。

「あー、お前仕事はねぇの? 先月みたいな、なんかこう……」

「『セントラル』からワタシには待機指示しか出ていない。だから、今はこうやって待つ事が仕事。それでお金も出る」

「そりゃ素晴らしい職場だ。俺も就職したいもんだ」

隠さずに舌打ちするものの、彼女に皮肉は通じなかったようだった。



掃除用具コーナーにて、タイキは目当てのものを捜し歩いていた。

「ところで、何を買うの?」

その隣で辺りを興味深そうに見回しながら、彼女が後を追ってくる。

「ああ、洗剤をいくつか」

「……え」

そこでクロエの動きが止まり、何か信じられない事でも聞いたかのように身体を硬直させた。

「……本当に、それが欲しいの?」

「ああ。お前はした事ないかもしれんが、一般人にとっては必要なんだ」

きっと眼前の彼女の代わりに、あの灰色の小動物が日常的に掃除をしているのかもしれなかった。

ふとタイキの脳裏に、自身の毛並みをモップ代わりに洗剤をまとわりつかせてはそのまま浴室をゴロゴロと転げ回り掃除をするネコの姿が浮かんだが、それはともかく。

タイキの言葉に、クロエの表情がどんどん険しさを増していく。

「……『洗罪』。百人斬りを成し遂げた極悪人でさえも罪を洗い流し、生まれたばかりの赤子と同じように無垢な存在になれるマジックアイテム。……そんなものを求めるなんて、アナタ何をしたの?」

「んな免罪符はいらねぇ。俺は単に浴室用洗剤が欲しいだけだ」



そして、その10分後。

3種類ほどの洗剤類を手にしたタイキは、財布の中身と重大会議を開いていた。

どれも偶然今日限りの特売セールの対象らしく、それぞれ残り在庫が数点という程度には売れ行きもいいようであるらしかった。

「……くそ、これは外せねぇし、かと言ってこっちも置いてけねぇ……。でも全部買うと200円足りねぇ……」

「ねぇ」

「いや、そもそも無理に今回全部買う必要は……。いやいや、今日限りの広告の品の特売セールだったから、今回を逃すと……500円は違うよな。そんなコツコツとした節約術こそが大事な貧乏学生、買わないという選択肢は……」

「ねぇ」

ふと、クロエの声で現実に引き戻される。

「んだよ、今俺はそれどころじゃねぇんだ」

「飽きた」

「……だから言ったろ……」

「こんなものを楽しんで見るのは、トオルくらいだと思ってた」

「……アイツとは気が合いそうだ」

やはりあのネコは自身の毛並みを使って掃除でもしてるのかと言いかけて、ふと思う事があったので口を閉じる。

「ったく……。じゃあ、好きに見てこい。迷子になるなよ」

そう言って追い払うように手を振ったタイキは、脳内での会議を再開した。



「……あー、かったるー……」

一向に進まない時計を恨めしげに見つめながら、机に片肘を突いたマソラは小声で吐き出した。

教室内には、マソラの他に数人の生徒たちがいた。

だが誰しもが窓から外を眺めたり、すやすやと寝息を立てていたりで、やる気がある者は皆無であるようだった。

各教科の教師陣が入れ替わり立ち代わり現れては、いかに勉強は素晴らしいのかを、予習復習は何故大事なのかを、どれほど私が素晴らしい教師であるのかを、とうとうと語って聞かせる事2時間。

「……」

時計を見上げるも、午前の部終了予定の時刻まではまだ1時間以上が残っていた。



「200円足りねぇ……が、明日1日水だけで生き延びれば買える計算だから、買っちまうべきか……? ここで200円をケチって特売を逃して、結局500円を捨てるよりは……」

脳内会議を主催していたタイキが、議論が紛糾して困っていた最中。

「ねぇ、アナタにお願いがあるの」

いつの間にか戻ってきていたクロエが、唐突に会議に割り込んだ。

「あん?」

「……こっち来て」

タイキの片袖を掴むと、そのまま足早に進んでいく。

「お、おい。どうしたんだよ」

「緊急。大変な事態が起きた」

驚いた事に自分の金を使っての買い物中だったのだろう、もう片手に大きなレジ袋を提げた彼女は、珍しくどこか焦ったような色を浮かべていた。

「お願い。アナタの力を貸して」

共にエスカレーターに乗って、数階ほど上へと向かう。

「見て、これ」

早足で少しだけ歩き、彼女に連れていかれた先は子供向けの品々が並んだエリア。

子供向けの安いお菓子が所狭しと並べられた中、クロエがとある売り場の一角を指した。

「……んだよ、これ」

今年放送しているらしい、戦隊ヒーローものの玩具。

全数種のうちランダムで1つが封入され、オマケにラムネ菓子が付いてくるというそれは、誰かが買い占めたのだろうか、既に残り5つになっていた。

「だからこれが……」

何だって言うんだ、と口にしかけてようやく気付く。

クロエの眼差しが、やはり真剣そのものである事に。

彼女はこんなナリでもネクロマンサーなのだ。

だからおそらく、ここの玩具の何かしらに幽魔の気配か何かを感じ取ったのではないか。

言われてみれば、どこか禍々しいように思えなくもない。

「ああ。今からお前が浄化するのを手伝えってんだろ? でも俺よりあのネコとかの方が適任じゃねぇのか? 緊急事態なら仕方ねぇけどよ」

「何を言っているの?」

「……あん?」

「テラレンジャーの、ビクトリーギャラクシーホビー。ラムネ菓子付き」

陳列された小箱を示しつついつものように淡々と口にするが、今はその口調にどこか熱気が混じっていた。

「全9種、コンプリートまで残り1つ。6人目の戦士、テラゴールドが足りない」

「……んだよ、その何とかゴールドって」

「テラレッドたちのピンチを救った、プロトタイプのテラスーツを着込んだ6人目の追加戦士。いつも愛用のバイクに乗って颯爽と登場する。プロトタイプだから5分しか変身できないけど、その分本人の身体能力で乗り切る。初登場時は1度見た能力をコピーする怪人にレッドたちが苦戦する中――」

顔を上気させながら詰め寄る彼女に、タイキはうんざりして手を振った。

「あーはいはい。分かった分かった! めっちゃ強くてカッコいいんだな!」

「そう。分かってくれたなら何より。だから、アナタの力を貸して」

「お前の金で好きなだけ買い占めればいいじゃねぇか。……言っとくが俺は出さねぇからな」

「見て」

言いつつ、片手に持った購入済みのレジ袋を振る。

見ると、今しがたのテラレンジャーとやらのオモチャが封を乱雑に破かれたものが、無造作にかつ大量に詰め込まれていた。

「……。トオルが隠してたへそくり、もう底をついた」

レジ袋の中に一緒に入っていた茶封筒には確かに『次の給料が振り込まれるまでの食費』と書かれていた事をタイキは見逃さなかった。

「泣くんじゃねぇのか、アイツ」

「後はこれしかない。非常用にって渡してくれた500円玉。そして今は非常時」

「……おう、そうか。大変だな」

「そういうわけでお願い。アナタの力を貸して」

「……だから力ってか、金貸してじゃねぇか」

うんざりつぶやくと、彼女は小さく首を横に振った。

「力。アナタの『断面視界フェイズドア』で、テラゴールドを当てて。チャンスは1度きり」

「……お前、こんなくだらない事にはギフト使うなって……」

「特例。ワタシが許可する」

「……さっきと言ってる事違うじゃねぇか……」

しれっと言い放つ彼女にため息をつきながら、タイキは片方の小箱に視線を向けた。

「……」

あと10数えたら開ける、と意識しながら商品を両手で掴み取った。

15、という数字と共に見えたのは、鮮やかな緑のスーツを着込んだ仮面の怪人のフィギュアだった。

違うだろうとは思いつつ、一応念のために聞いておく。

「……あー、この緑色の変な奴か?」

「違う。それは下級戦闘員ウネウネ。もう7個持ってる」

こいつは一体いくつ買い込んだのかという言葉を飲み込み、次の小箱に視線を向けて再度念じ始めた。

……そんな事を数度繰り返し、二重の意味で頭が痛くなってきた頃合い。

「……これだろ」

手に取った小箱を『断面視界フェイズドア』で覗くと、金色のスーツを着込んだフィギュアが見えた。

「ほらよ。お望みのブツだ」

「ありがとう。アナタのおかげで平和は保たれた」

満足げにレジへと向かうクロエの後ろ姿を見つつ、タイキは息を吐いた。

……。

そしてしばらくの後、会計を終えたクロエがそっと手を差し出した。

その手のひらの上に乗る、数枚の硬貨。ざっと200円強。

「これ、お駄賃」

「……おう。金欠の身には心底染み入る心遣いだわ」

半分舌打ち気味に言い放つも、上機嫌真っ最中の相手の耳には届かなかったようだった。

そして同時に、本来買いに来た洗剤代にちょうど届いてしまった事に気づき、それがどこか腹立だしかったが口には出さずにおく。

「……っつかお前、いつからこんなのに興味を持ったんだよ」

「この前偶然テレビでやってたのを見て、面白いって思った。日曜の朝7時半から。だから最近は日曜だけ早起きするようになった」

「……そうかよ」

男児みたいな趣味だと思ったが、やはり口には出さない。

「……んで、どうすんだよ。食費にまで手を付けやがって。……言っとくが、例え目の前で行き倒れてても食パンの耳すら恵んでやらねぇからな」

「大丈夫。しばらくご飯がラムネになるだけ」

「あのネコ、そろそろキレるんじゃねぇのか」

「トオル、別の仕事でしばらくいないから大丈夫」

「……いいご身分だなおい」

どこにいるか知る由もなかったが、何にせよタイキにはあまり関係の無い事だった。

「……あ」

そこでクロエは唐突に立ち止まり、ふと思い出したかのようにポンと手を叩いた。

「アナタの『断面視界フェイズドア』の訓練、上手くいったでしょう?」

「絶対嘘だろ……」

本日何度目になるのかため息をついたタイキは、そのまま元の掃除用具売り場へと向かおうとし。

「ねぇ、おなかすいた」

「……っと、もうこんな時間か」

そう言われてふと時計を見ると、時刻は既に正午を回っていた。

「そろそろお昼ご飯」

「おう、そうだな」

「ワタシ、先月学校で食べたあれが食べたい。あの、モシャモシャした紙が付いてたやつ」

「おう、案内してやるから自分の金で好きに食ってこい」

壁に掲示された店舗案内を見ると、某ファストフードチェーン店が最上階の片隅に入居しているようだった。

「でも、お金ない」

「残念だなそりゃ。ああ、先に言っておくが俺はおごらねぇぞ。なんせ臨時収入があったもんで、さっきの買い物の続きをしなくちゃいけねぇからな。ってなわけで、腹減ったなら霞でもたらふく食ってこい」

そう言ってクルリと背を向けると、制服の裾が掴まれた。

「おなかすいた」

「おう」

「おなかすいた」

「そうか」

「おなかすいた」

「……何度言われようが、俺には大事な買い物があんだよ! おごったら買う金が無くなるから断固拒否だ! さっきのラムネでも好きなだけ食ってろ!」

「……じゃあ、もしお金が余ったら買ってくれる?」

「ああ、約束してやる。……が、俺の頭は暗算で3桁の足し算が出来ねぇほど悪くはないんでな! せいぜい数十円程度しか余らねぇ計算だ、残念だったな!」

「……」

そのままとぼとぼと背後を付いてくるクロエを無視し、元の掃除用具売り場へと向かう。

買うものを買ったら彼女を振り払って帰宅しようと心に決めて、10分ほど前に立ち寄った陳列棚へと歩いていく。

そして、洗剤コーナーのとある棚に伸ばしたタイキの手が止まった。

「んなっ……」

残り数点だった人気の洗剤類は、買おうとしていた3種類のうち2つが既に売り切れていた。

……背後のネクロマンサーのお遊びに付き合っているうちに。

「お金、余った?」

そんなタイキの内心をよそに、彼女は小首をかしげた。

「さっき、お金が余ったら買ってくれるって約束してくれた」

震える手で残った1つを手に取る。

脳内で暗算をすると、ちょうど500円近く余る計算だった。

具体的には、ファストフードチェーンでジャンクフードが2つ買えるほどには。

「……。分かった、分かった! 約束通りハンバーガーだろうが何だろうが買ってやる!」

隠そうともせず大きな舌打ちと共に、手にした1つの洗剤と共にレジへと向かう。

「が、これは貸しだ! 利子は付けねぇでやるから、後で絶対に返せよ!」

半ば叫びながら背後の彼女に視線を向けると、いつの間に調達したのかそのファストフードチェーンのチラシを一心不乱に眺めているところだった。



「……あー、人生を無駄にしたってのよ……」

マソラはげっそりした顔で、学校からの帰路をのそのそと歩いていた。

結局補習の時間中は予習復習の大切さを復唱させられ、勉強道具への感謝を捧げるために文房具を1時間見つめ続けさせられ、気が付けば予定を大幅に過ぎていた。

1時間の昼食休憩を挟んだ後、補習の午後の部もあると言い渡されたものの、無断でバックれる事にした。

「でも、このまま帰るとあのヤクザがうるさいし……そうだ」

近くのゲームセンターへと向かい、しばらく時間を潰そう。そう思った。



『わたし、黒闇くろやみとばり! どこにでもいる中学2年生! ある日突然、道端で倒れてる謎のコウモリを見つけたの。そのコウモリのモリたんが言うには、太陽の世界の魔法使いがわたしたちの世界を侵略しようと……』

女児向け玩具コーナーにて、販促の映像を食い入るように見つめるクロエを、タイキは舌打ち交じりに見守っていた。

結局ハンバーガーだけでは足りず、セットメニューのフライドポテトまでおごるはめになり、タイキの財布は一文無し状態にまで追い込まれていた。

そんな事は知ってか知らずか、彼女はいつもの無表情ながら、うっすら目を輝かせて画面の中の少女を見つめる。

『わたしと一緒に世界に夜を取り戻そう! ほら、この卒塔婆ストゥーバロッドで今日からあなたも死霊使いになれるよ!』

「なりたい……」

「……もうなってるじゃねぇか」

また最初からループし始める動画を前に、相手は今しがた紹介されていた玩具を手に取る。

「『セントラル』内ではこんなの見た事なかったから、新鮮」

「……そうか、そりゃ良かったな。んで、良かったところで帰んぞ」

その視線は明らかに「これ欲しいオーラ」に満ち溢れているように見えた。

「……こいつに金を渡しちゃいけねぇ、いやそもそもこいつを野放しにしちゃいけねぇ、か」

タイキには、あの灰色ネコの苦労がどこか分かった気がした。

お値段が4ケタ超えの何とかロッドとタイキの顔をクロエが交互に見始めた辺りで、ふと辺りにアナウンスが鳴り響いた。

『この後14時半から、当店屋上でテラレンジャーのちびっこヒーローショーが始まります。お子様連れのお客様は是非ともお越しください』

瞬間、何とかロッドへの興味を失ったクロエの目が輝いた……ような気がした。

「見に行きたい」

「おう、そうか。じゃあ行くか「ちびっこ」ショーに」

わざと「ちびっこ」を強めに発音してやったものの、彼女が気付く様子は一切なかった。



いつものゲームセンターに足を踏み入れたマソラは、聞き慣れた騒音の中たたずんでいた。

「さ、今日の午前中を無駄にしたストレスを存分に発散、っと」

今日は何をしようかと首を捻り、パチンと指を鳴らす。

つかつかと歩み寄っていく先に置かれていた筐体は、最近流行りの3D格闘ゲーム、『流転する世界インフィニティストリーム』。

「とは言うものの、対戦相手いないとやる気にならないのよねー。お金払ってまでCOM相手にするのも嫌だし」

そうつぶやいて誰かいないかと辺りを見回すと、ふと対面の筐体にいそいそと座る人影が1つ。

誰だろうとその方向に視線を向けると、そこにいたのは。

「や、やあ、奇遇だね! 僕も今からこれで遊んでみようと思って! もし良ければ対戦お願いできないかな?」

先ほど学校前で出会った、見知らぬ小柄な少年。

「別にいいけど、まさかアンタとまた会うなんて思わなかったってのよ」

「そ、そうだね! 僕もまさかキミがこのインサニティ何とかが好きだなんて思わなかったよ!」

「……『流転する世界インフィニティストリーム』。もしかして、あたしを追いかけてきたわけじゃないでしょうね?」

「ぼ、僕もこの店の常連なんだ。会うのは偶然、そう偶然だよ!」

「……んー、アンタ初めて見る顔だけど?」

ズイと顔を近づけて相手を覗き込むと、彼は慌てたように顔を背けた。

「……あー、別に大会とかは出ないから、キミが見覚えないのも仕方ないかもね! ……ところで参考までに聞いておくけど、キミは週にどのくらい来てるのかな?」

「んー、最近は週8くらい?」

「1日2回の日っ!? ……って、それよりも!」

ぶんぶんと頭を振った相手は、ふと思い出したように手を叩いた。

「ほ、ほら、次のお客さんが来る前に、とりあえず一戦始めよう!」

「ま、それもそうね」

自席に戻ったマソラが1枚の硬貨を投入すると、ちょうど相手も同じ事をしたのか、画面上にはタイトル画面が表示された。

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