1-13


「……無事……ですわね?」

その言葉で、ふとタイキが目を開けると。

「……わたくしも、ヤキが回りましたわね」

「……お前……」

幼なじみの前に飛び出したタイキの眼前に、リンカが立ちはだかっていた。

「……全く、だから貧乏人と関わるとロクな事は無いと言ったではありませんか」

原初の者プライマル』の攻撃を、その背で受け止める形で。

「アンタっ……!」

マソラが手を伸ばすが、震える片手を上げて制した。

「わたくしの衣服にも一種の魔力繊維が織り込まれていますの。……良かったですわね。あなたがそのまま食らったら上半身が千切れていましたわよ?」

荒い息でつぶやく彼女の口からは、赤い血がポタポタとこぼれ落ちる。

見たところ、傷は貫通していないようだった。

だが。

「……やられましたわね」

震える声で、そう吐き出す。

「『原初の者プライマル』の狙いは最初からわたくしだけだと、分かっていましたのに」

「……っ!?」

「……『原初の者プライマル』は力の強いものを取り込んで、完全に復活する。そのための「エサ」として現時点で最適なのは……」

彼女の言葉を、クロエが引き継いだ。

「……くそっ!」

原初の者プライマル』の巨大な手によって掴まれているリンカの身体は、最初こそ抵抗する様子を見せていたものの、その動きは徐々に緩慢になっていく。

「……なるほど……わたくしの生命力を直接……。そして残った死体は下級の幽魔たちに喰わせると……。随分と効率的ですこと……」

「させ……るかっ!」

息を整えていたマソラが風を『原初の者プライマル』の腕へと叩きつけるが、弱々しい風圧はかすり傷さえ付けずにかき消えた。

そしてそれを意にも介さず、『原初の者プライマル』はただ立っていた。

「やめておきなさいな……。消耗しきったあなたじゃ……とても倒せませんわよ……」

「……トオル、緊急。すぐ戻ってきて」

クロエが片手を耳元に当てるが、インカムからはノイズ交じりの声が聞こえてきた。

『こっちも……っ! 群れが一気に活性化して、中心に近づけやすらしない!』

「……っ!」

リンカの顔色が、どんどん青ざめていく。

「くっ……どうすりゃいいってのよっ!」

そしてそれをどうする事も出来ずに、ただ見つめるしかなかった。

「……お逃げなさい」

荒い息を吐き出しながら、彼女は続ける。

「先ほど……間もなく『セントラル』からの援軍が到着すると……連絡がありましたの……。もう10分もせずに到着しますわ……。そう、わたくしが死んだ後に……」

何度も辺りを見回すが、解決策などどこにも見当たらなかった。

「それに……わたくしの命が尽きれば……炎の壁は消えますわ……。全力で走って逃げなさい……」

「……っ」

「あなたたち程度に構うよりも……わたくしを喰いつくす方が優先でしょう……から……」

「馬鹿言ってんじゃねぇ馬鹿お嬢様!!!」

思わず相手に掴みかかろうとするが、すんでのところで自制する。

「……いいからお逃げなさいな……。この命に代えても……わたくしの前ではもう絶対に……誰も死なせはしませんの……」

そこで改めて気づく。

彼女が力を求める理由、それは。

幽魔に復讐するためなどではなく、過去の自身やその周囲のような被害者を2度と出さないため。

彼女にとって自分たちとは仲間ではなく、絶対に守るべき存在。

だからきっと「仲間」を生贄にして力を与えるという、『原初の者プライマル』の誘惑にも乗らなかったのかもしれなかった。

「弱々しい一般人のヘブンズキャリア程度……このわたくしが守れないはずないでしょう……?」

顔に脂汗を滲ませながらも、それでも気丈に笑む。

「……っ」

1度生き返った者は、再度死んだらもう生き返る事は出来ない。

そして、リンカは『極寒業火ヒートクーラー』のギフトを持っている。

つまり、それが意味する事は。

「くそっ!!」

何か、何かないのか。

誰も死なずに『原初の者プライマル』に打ち勝つ、求めるハッピーエンドを掴み取る方法は。

『60』

その数字と共に見えたのは、リンカが『原初の者プライマル』に完全に喰い尽くされてその場に崩れ落ち、炎の壁も消滅した光景。

「……こんな時に……っ、いや……!」

先ほど、クロエもリンカも言っていた。

生き返った者がギフトを持たないという事はあり得ないと。

そして、この幻覚を見るようになった日は。

「……これに賭けるしかねぇ!」

片手で頭を押さえながら、目を凝らして『原初の者プライマル』を睨みつける。

そして、今までに見た幻覚をとっさに思い返す。

幼なじみに飛び掛かる幽魔や、彼女がペットボトルで滑って転ぶ光景、赤く染まった月などなど。

もしかするとこれは、未来が見えるギフトなのかもしれない。

だが、見た幻覚は実際には起こらなかった事も何度かあり、そのせいでさほど気にしてはいなかったが……。

「……待てよ」

実際に起こらなかった時は決まって、幻覚で見た光景が起きないように対処する行動を取っていたはずだった。

つまり。

、ってわけか……!」

『40』

見えたのは、先ほどと同じくリンカが喰われ切った光景。

このギフトを信じるなら、タイムリミットはあと40秒。



「マソラ!! 1発だけでいい! 全力で風ぶち込めるか!? 場所は今から指示する!」

「1回ね……死ぬ気でやってやろうじゃないってのよ!」

どこかふらつきながらも、立ち上がった幼なじみが叫び返す。

そしてそれを、どこか諦めたかのように唇を噛んでいたクロエが、驚きの表情で見つめていた。

『30』

顔だ、と叫ぶ自分をイメージしながら、『原初の者プライマル』に目を凝らす。

だが、見えるのは先ほどと同じ光景。

「……っ」

腕、と叫ぼうとしても幻覚は変わらない。

『23』

足を狙って体勢を崩せ、と喉元まで出かかっても何も変わらなかった。

「くっ……」

次第に頭痛が起こり始め、それは数字が浮かぶ度に強まっていく。

「どこだ、どこを狙えば……っ!」

マソラにどこを攻撃させようにも、見える未来は変わらない。

そしてその間にも、数字は減っていく。

『17』

既にリンカは口を開かず、土気色の顔で荒い呼吸を繰り返していた。

「させるか……っ!!」

もしやもう手遅れなのではないかという疑念が一瞬頭をよぎるが、周囲の炎の壁は勢いを弱めながらも未だ燃え続けている。

燃える。炎。

「……!」

一層酷くなる頭痛を無視し、その場所を口にしようとする。

『8』

「ねぇ、やばいんじゃないの、金持ち……っ! もうこうなったら適当な場所に撃っても――」

「あそこだ!!」

その場所を指さし、叫ぶ。

「肩の炎の楔に、思いっきり風を叩き込め!!」

その瞬間返答代わりに渾身の力で放たれた巨大な風の渦は、幻覚で見た通り楔に突き刺さった。

風であおられた炎が爆発的にその勢いを取り戻し、『原初の者プライマル』の肩を焼き尽くしていく!

苦悶の声と共に大きくのけぞる『原初の者プライマル』の手からリンカが解放され、その場に崩れ落ちる。

同時に、力を使い果たしたのか幼なじみもその場に前のめりに倒れた。

「よし、これで……っ」

リンカの元に駆け寄ろうとしたタイキは、より一層酷い頭痛と共にふと視界が暗くなるのを感じた。次いで、身体全体に強い衝撃。

「な……」

もしかするとこれが、何度か見聞きしたギフトの使い過ぎというものなのだろうかと、段々と回転を止めつつある頭で考える。

「くそが……ここまで来て……」

ゆっくりと狭まっていく視界の中で見えたのは、不安そうに手を差し出すクロエと。

周囲に広がる炎の壁が消滅していく光景。

「まさか……」

リンカは無事なのかと辺りを見回そうとするが、もう身体が動かなかった。

と。

「あそこだ!」

遠くの方から聞こえる、数人が駆けてくる足音。

途切れる寸前の意識の中、最後に聞こえたのは。

「少し早めの到着だけど、ちょうど良かったわねん。弟から話は聞いてるわよ。ま、よく頑張ったとは言ってあげようかしら。さ、後は本職に任せなさ――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る