1-7

「……んで、これからどうするんだよ」

喫茶店を後にした4人と1匹。

裏路地をしばらく歩き続けて大通りに出た辺りで、タイキはクロエを振り返った。

「どうにかして『原初の者プライマル』の痕跡を探す。それから封印して……」

「それが簡単に出来れば、苦労はしませんわね」

再度扇子を取り出して口元に当てたリンカが、大きくため息をついた。

「わたくし、無駄な時間は嫌いですの。しばらく別行動を取らせてもらいますわ」

言うなり、クルリと背を向ける。

「何か痕跡を見つけたら連絡しますので、それまでせいぜい見当違いの場所でも調べてなさいな。ま、最後の浄化作業だけしかやる事はないかもしれませんけどね」

「あ、おい」

そしてその場に残されたタイキたち。

「そんな単独行動とか協力プレイ嫌いってのは、自分が1番先にやられるパターンだってのよ」

「……ゲームの話じゃねぇんだぞ」

と。

「そうだ。少し、アナタたちと行きたい場所があった」

何かを思い出したかのように、突然クロエが立ち止まる。

「……少し、ワタシと遊んでもらう」

言いつつ振り返った彼女は、ニィ、と薄い笑みを浮かべた。

「お前っ……!」

「せいぜい、楽しませて?」

一体何をする気だとタイキが口にする前に、彼女はある方向を指した。



で。

「……」

やかましいまでのキラキラした機械音。続く何か銃のようなものを撃つ音。次いで、大当たりー! と叫ぶやたら甲高い女性声。

「……」

そんな爆音の中、タイキは呆けたように立ち尽くしていた。

眼前に広がる長方形の台を挟んだ場所に立つクロエが何かを口にするが、当然何も聞き取れず。

次の瞬間、スポン! という小気味のいい音と共に、台の手前側に設けられた穴に何か円盤状のものが滑り込んだ。

同時、台の上の電光掲示板の数字の片方がカウントを増やした。

「何やってるってのよもー! 接待プレイってわけ!?」

それから自身の隣で、周囲の爆音に負けないくらいの声量で幼なじみが叫ぶ。

「貸して! あんなちびっこに負けるなんて信じられない!」

「……おう」

手にしていたものを彼女に渡し、台に背を向ける。

それからふと頭上へと目を向けると、8―0と表示されたそのそばに書かれた言葉は『ゴーゴーエアホッケー』。

「……」

要するに、タイキたちは近くのゲームセンターに来ていた。



結局のところ、9―15で敗北を喫したクロエ――運動神経が無いのか止まっている円盤にさえ何度か空振りしていた――は、近くの自販機でタイキが買い与えた乳酸菌飲料にストローを差し込んでいた。

ある程度騒音も控えめになった休憩コーナーで、彼は頭を掻いた。

「……あー、で、そろそろ説明してもらおうか」

「何を?」

「俺たちをここに連れてきた目的に決まってるだろうが! 一体何を企んでやがる!」

叫ぶが、眼前の彼女はなおも首を傾げた。

「……? だから、少し一緒に遊んで欲しい、って」

「……そのままの意味っつーのは想定してねぇよ……」

舌打ちしながら、心の中でため息をつく。

いつの間にか幼なじみの姿も見えなくなっていたが、ある意味でここは彼女のホームグラウンドであるため大して気にも留めなかった。

「……」

そしてそれと同じく、あの小動物の姿も消えていた。

「んで、あのうさんくせぇネコ……トオルはどこ行ったんだよ」

「外で見張り中。何かあったらワタシに連絡が来る。だからアナタたちは気兼ねなくワタシと遊んで」

「……いい身分だなオイ」

つぶやいた言葉は、ふと流れてきた爆音にかき消された。



それから数時間の間、タイキは彼女の「あれ行きたい」「ジュースお代わり」「それ気になる」「やってみたい」「一緒にやって」「ジュースもっと」に振り回されていた。

「……あー、くそ」

休憩コーナーの長椅子に座り込み、大きくため息をつく。

下手をすると、昨日の件よりもよほど体力を使ったかもしれない。

財布の中身はほぼ限界に近く、真面目に絶食を考える残金だった。

「……」

ここでご機嫌を取っておけば『魂の棺桶』を奪うチャンスも出てくる、と自身に言い聞かせながら、再度大きく息を吐く。

「……ったく、本当に遊びまくるためだけかよ……」

流石に『原初の者プライマル』が見つからないため、その時間を持て余しているだけ……であると思いたかった。

ここにはいないリンカもトオル――後者については能力の方は疑わしかったが――も、この遊び惚けているネクロマンサーよりは真面目なはずだった。

だから、この状況に変化があったならばきっと何か連絡が来るはずで――

と。

「……ねぇ」

ふといつの間にか、目の前にその彼女が立っていた。

「……んだよ」

次は何に付き合わせる気だと思いながら顔を上げると、クロエから出てきた言葉は。

「……ありがと」

同時に、未開封のあの乳酸菌飲料が差し出された。

「……?」

頭の上に疑問符を浮かべたままのタイキの隣に、彼女は座った。

「ワタシ、外に出る機会はあまりなかったから、こういうのが珍しくて」

「……世間知らずはこっちってか」

口の中だけで小さくつぶやき、ふと学食での事を思い出す。

確か彼女はハンバーガーを……。

「色々と楽しかった。……だからこれ、お礼」

自身が3、4度は買ってやったものと同じ紙パック1つを、手の内で転がす。

「金はどうしたんだよ。確か、止められたクレカしか持ってなかったはずだろ」

「トオルからもらってきた」

「……そうかよ」

何か釈然としないものを感じながら、大きく伸びをした。

と。

「お、いたいた。ねぇ、お金無くなっちゃったから貸してくれない? 今、勝負のいいところだってのよ」

ふと顔を覗かせた幼なじみが、タイキへと手を突き出した。

「知るか。コイツにおごりまくって、もう所持金ねぇんだよ! そもそもお前に今までいくら踏み倒されたと思っていやがる!」

「ああもう! 今ならあのむかつくアイツをボコボコに出来るチャンスだってのよ! 知ってる? このゲーセンの常連でなおかつ……」

叫ぶ気力もなくなり、隠さずに舌打ちしたタイキは目を閉じて息を吐いた。


『20』


「……?」

ふとそんな数字が唐突に脳裏に焼き付き、彼は目を瞬かせた。

それから前方を見ると、マソラの身体が宙に舞っていた。

正確には、誰かがポイ捨てしたのか、転がっていたペットボトルにけつまずいた彼女が派手にひっくり返ろうとする瞬間。

「って、おい!」

思わず立ち上がり、叫んで手を伸ばす。

が、瞬きをすると、今しがた盛大に転ぼうとしていた彼女は、先ほどと変わらぬ位置で首を傾げていた。

「……何だってのよ? やっぱりあたしにお金貸してくれる気になったの?」

「それだけは金輪際ねぇけどよ……んだよ、今の」

「何だよって、何がよ」

一瞬のうちにマソラが体勢を立て直し場所を移動したのかと思ったが、それにしては隣のクロエも何も言わず、同じように不思議そうな顔でタイキを見つめている。

「……くそ、ストレスアンドストレスでついに幻覚でも見るようになっちまったか」

ふと、最近何度か似たような事が起こったような気がしたが、それを確かめる前に彼女は背を向けた。

「ったく、しょうがないわねー。どケチな幼なじみを持つと疲れるってのよ。こうなったらアイツとの決着は大佐式遠隔格闘術、通称DRDで……」

頭の後ろで手を組み、去っていこうとする彼女。

その足元に、先ほど幻覚の中で見たペットボトルが見えた。

「お、おい! 足元気を付けろよ、コケるぞ!」

去ろうとしていたマソラに、再度手を伸ばす。

「うん? ……っと、アブないわねー、誰よポイ捨てなんかしたのは」

その程度の良識はあったのか、今まさに踏もうとしていたペットボトルを掴み取った彼女は、それをそのままゴミ箱へと放り込んだ。

そして結局転ぶ事もなく、ぶつくさ言いながら休憩コーナーを出ていった。

「……何だ、今の……?」

首を捻って隣のクロエを見やるが、当然ながら答えなど出るはずもなかった。



それからさらに1時間ほど経った頃合いに、ゲームセンターを出る。

外は既に暗闇に包まれ、駅近くの繁華街のネオンがそれを照らしていた。

「やあ。気分転換は出来たかな?」

ふと、どこから現れたのか例の灰色ネコがクロエの肩に飛び乗った。

「とっても」

「それは良かったよ」

「……こっちは逆にとっても疲れたけどな……」

そんなタイキのうめきが聞こえなかったのか無視したのか、彼女は夜空を見上げた。

「トオル、状況は?」

「……全く、だね。今もリンカが探してくれてはいるけど、現状だと何も見つからずさ」

「そう」

短く吐き出したクロエは、駅方向へと向けていた歩みを左へと変えた。

「いったん帰る」

「……っていうかちびっことにゃんこは、どこに住んでるってのよ?」

そう言えば、今まで気にした事もなかった疑問。

「河川敷の段ボールハウスとかか」

適当につぶやくと、相手は歩みを止めた。

「……来る?」

「晩飯にたき火で焼いた川魚でもごちそうしてくれるのか」

ふと脳裏に浮かんだ光景は、サングラスを付けてタバコをくゆらせたクロエが、ぐるぐる巻きにしたトオルを先端に括りつけた釣竿を川に垂らしているというものだったが、それはともかく。

再度口にすると、ムッとしたようにある方向を指した。

「……マンション。駅から徒歩5分」



言われた通りの立地に、その建物はあった。

エレベーターホールを通り抜けつつ、聞いてみる。

「……お前、金無いんじゃなかったのか」

「別に、無いわけじゃない」

「ああ、あのにゃんこのお金ね」

彼女はそれには答えず、エレベーター脇のボタンを押した。

「1週間の短期契約。もうじき引き払う」

「……おう」

ホテルの方がいいんじゃねぇのとは口には出さなかった。

……。

7階でエレベーターを降りた先、クロエは702号室の扉に手をかけて鍵を取り出した。

「入って。ここがワタシの部屋。あとついでにトオルの」

短期間で引き払うとの言葉通り、殺風景な部屋だった。

備え付けの最低限の電化製品以外は、特に目ぼしいものは見当たらない。

強いて言うなら、部屋奥に無造作に積まれた数個のトランク類――何故か半分ほどは丁寧に並べられ、もう半分は雑然としているのみならず中身がはみ出していた――だけが異彩を放っている程度だった。

「……」

テーブルの上に2つあるコップを見つめてから、ふと室内を見回す。

ネコ用の飼育ケージでもあるのかと思っていたが、やはりそのようなものもエサ置き場も何も見つからない。

「……?」

どこか釈然としないものを感じながら、室内で立ち尽くす。

「ここ、お前とこのネコだけで住んでるのか?」

「そう。トオルと一緒。……そんな事より、おなかすいた。一緒に外食でも行く?」

乱雑に積まれたトランクの1つに手を伸ばした彼女は、タイキたちへと手を振った。

「汗かいたから、着替えてから行く。先に外で待ってて」

「おう」

言われるがままに、マソラとトオルが外へと消えていった。

それを追う形でタイキも背を向けて部屋を出ていこうとし、とあるものに目が留まった。

近くの衣装棚の上に無造作に置かれた、見覚えのある髑髏――

「……っ!」

とっさに手を伸ばし、クロエよりも数瞬早くそれを掴み取る。

「よし、これで……っ」

お前らとはおさらばだ、と続けようとして、髑髏が1つしかない事に気づいて舌打ちする。

そもそもこれは自身のものなのか、それとも幼なじみのものなのか。

それさえ分からず相手へと向き直ると、彼女は懐から別の髑髏を取り出していた。

「……残念。アナタのはこっち。あの彼女のも。……それはスペア」

「……信じると思うか」

「試してみる?」

薄い笑みを浮かべた彼女が、手にした1つの髑髏に力を込めようとし――

「……くそ!」

半ば叩きつけるように、掴んでいた未使用の『魂の棺桶』を元の場所に置き、両手を上げる。

「そう、それでいい」

それから彼女は、取り出した髑髏の内の片方をふと見つめ。

「……返して欲しい?」

そして。

そっと、どこか悲しそうに笑った。

「……?」

「これは、ワタシの仕事が終わり次第返す。そういう約束」

そしてすぐに表情を元に戻し、2つの髑髏を懐へとしまい込んだ。

「今回は見逃してあげる。次は無いから、気を付けて」

「……おう」

「着替える。出ていって」



今度こそ大人しく背を向け、マンションの廊下へと出る。

そこでは幼なじみと、近くの手すりの上に乗った灰色ネコが何かを話し込んでいた。

「……と、いうわけでね。ここから遠くないところに、クロエお勧めのお店があるんだ。僕も一緒に食べたけど、結構美味しかったよ」

「へー、そこってペット可なの?」

先ほどの彼女が一瞬だけ浮かべた、あの表情。

それが、何故かやたらとタイキの脳裏に張り付いて消えなかった。

「ま、まあ、そんな感じかな。今回は僕はパスするけど、キミたちも楽しんでくるといいよ。……あれ、タイキ君?」

「ふーん。……って、どうしたってのよ」

ふと、1人と1匹が同時にタイキの顔を覗き込んでいた。

「……ああ、悪い。飯どこ行くかは任せるから、好きにしてくれ」

ペナルティを与えるでも何でも、さらにこちらを脅すような言葉を吐くかと思っていたのに。

「……」

あの表情はまるで――

「あ、来たわねちびっこ。……って、何だってのよ、着替えたのに服同じじゃない」

「同じ服が3セットある。それよりも、早く向かいたい」

「じゃあ、少しの間別行動かな。いってらっしゃい。何かあればすぐに向かうさ」

「……」

タイキはやはり何かに引っかかりつつも、ちょうど出てきたクロエの後に続き、その場を後にした。

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