真柴グレン蔵と布団圧縮袋
いざこざはあった。多少ならずともあった。
しかしこの国の国民は、なんだかんだと言って従順だ。
真柴グレン蔵は、『脱・ヘルメット法』施行開始直後から休まずして布団圧縮袋とヘルメットの下取り政策や、厚生省主導の国家認定布団圧縮袋の全世帯配布に取り掛かった。
政府のキャンペーンは上手い具合に国全体に浸透し、一人、また一人とヘルメットを脱ぎ始める。
ヘルメットを脱いだと言っても、布団圧縮袋をかぶることの抵抗は当然ある。
しかし隣人が布団圧縮袋をかぶりはじめた。
では、自分も恥じることはあるまい。本当は嫌だが、仕方ない。
そして一人が布団圧縮袋をかぶりじめる。
一人、二人、四人、八人……。
アイドルが、球界のヒーローが、アニメの主人公が、布団圧縮袋をかぶって公共の電波に現れる。
そして……。
真柴グレン蔵は、総理官邸の窓から高笑いしつつ現在の国の姿を見通した。
「いいぞ、いいぞ!」
あの忌々しい『常識』が塗り替えられていく。
真柴グレン蔵が、まさにこの世の春を謳歌していたその時だった。
「真柴総理、至急お耳に入れたいことが!」
官房長官が転がり込むようにして執務室のドアを開け放った。
自身の10年に渡る努力が世界を変えたことに対して実に良い気分に浸っていた真柴総理は、舌打ちしたい気分で官房長官を迎え入れる。
「なんだね官房長官、君は本当に小心者で困るな」
官房長官にしてこの肝の小ささである。
この国は、やはり自分のような選ばれた存在が導いてやらねば……今やこの国のトップは、自分なのだから。
真柴総理は、決意を新たにした。
「これをご覧ください」
官房長官はタブレットの画面を真柴総理に見せる。
「……! これは……」
タブレットに表示されているのは、世界的に有名な動画サイトだ。
投稿された動画には、過激なファッションに身を包んだ若者たちが露店を開いている様子が映っていた。
真柴総理は口の中に苦いものを感じる。
–––––彼らは、この10年でこの国から急激に姿を消したヘルメットをかぶっていたのだ。
「今ならヘルメットが激安手に入る! 布団圧縮袋をかぶっている異常者の君! 今すぐチェケラ!」
手書きの値札には、信じられないくらい低い値段が書かれていた。
これは、明らかに税関を通っていない違法素材ヘルメットだ。
「このような若者が、今全国各地で発生しているのです」
タブレットをぎゅっと持つ官房長官の手には汗がにじんでいた。
「……所轄は何をしている。何故こいつらを取り締まらない」
「そっ、それがどうも組織的な犯罪のようでして……逮捕しようとしても煙を撒くようにして逃げられてしまいまして」
真柴総理は本当に舌打ちした。官房長官はひっとちいさく悲鳴をあげて、タブレットで身を守った。
「……まるでテロだな」
「……その、テロリストのリーダー的存在まではどうにか突き止めたのです」
震える手つきでタブレットを操作する官房長官に、真柴総理はイライラが募った。今すぐあのタブレットを奪いとって、ついでに布団圧縮袋も破り去って、頭をはたいてやりたい気持ちだった。
「……こ、こここいつです」
タブレットには解像度の低い写真に、簡単なプロフィールが載せられていた。
名前は……。
「トトロキモア・茜……」
真柴総理はその名前に身に覚えがあった。
確か10年前、世に『脱・ヘルメット法』が生まれた頃に、当時金星党党首の真柴の元には山のような意見書や手紙が届いた。
ほとんど目を通さず灰にしたが、気まぐれで何通か拾って暇つぶしに読んだことがある。
その中に、中学生の手紙があった。
「『脱・ヘルメット法』は絶対おかしいです。『常識』を考えてください。トトロキモア・茜」
鼻をかんでまるめて捨てた手紙だった。
真柴総理は、タブレットの中に映る茜を凝視する。
あの、あのときのクソガキか!
真柴総理は、タブレットを二つに叩き割って官房長官に向かって放り投げた。
「ひぃ!」
「なぁーーにが『常識』だーー!」
真柴総理は叫んだ。それを聞きつけて、SPが、秘書が、与党の議員がどんどん集まってくる。
その場の全員が、荒れ狂う真柴総理を真っ青な顔で見ていた。
真柴総理は官房長官を踏みつけ、彼らに告げた。
「国中のヘルメット激安テロをするバカ者共をどんな手を使ってでも引っ捕らえろ! 官房機密費もどんどん使え! 私が許す!!」
「そ、そんなぁ……」
「特にリーダーのトトロキモア・茜は絶対に捕まえて私の所に連れてこい! バカ共を拷問してでも口を割らせろ! この私直々に裁きを下してくれるわ!!」
布団圧縮袋をかぶった配下たちは互いに顔を見合わせている。
しかし真柴総理がごりごりと指を鳴らすと、蜘蛛の子散らすように飛び出していった。
真柴総理はぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返しながらにじんだ汗を拭く。
「『常識』、などと……」
足元には官房長官が転がったままで、時々唸り声も聞こえてきたが蹴りを入れて黙らせる。
「絶対に……絶対に……」
その後、国費を湯水のように使った作戦は功を奏し、ヘルメット激安テロを実行する若者たちは次々と逮捕・教育施設への送還がなされた。
しかし、彼らは絶対にリーダー・トトロキモア・茜の情報について口を割ることはなかった。
同志たちが、次々た布団圧縮袋の刑を執行されているという情報は、茜の耳にも届いていた。
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