秘境の秘密

口一 二三四

秘境の秘密

 宇宙からの信号を拾い研究していた学者達は、意味不明な羅列の中に言語らしきものを発見した。

 一見すると不規則で乱雑とした記号でしかないそれは、しかし一か所の違いも無く繰り返し地球へと送られているようだった。

 学者達は発信元を見つけるためその信号を辿った。

 大概はここでどこかの国が打ち上げた人工衛星に行き着いたり、破棄されたデブリの一つに辿り着いたりするのだが、今回ばかりはそうではなかった。

 指し示す座標は遥か彼方。

 月を越え火星を越え土星を越え、太陽系から外されて久しい冥王星の向こうにこそ信号の出所があると学者達は突き止めた。

 それは地球外生命体がいるかも知れない発見であり、送られてきた言語を解明し読み解くことで歴史に名を残すチャンスでもあった。

 常々何か功績をと研究に明け暮れていた学者達は今がその時だと躍起になって解読を始めた。


 現存する過去の資料を使い照らし合わせ導き出す。

 地球で使用されている言語に落とし込んでの推察。

 数式を使い分解し何か見えてこないか答えを探す。


 それぞれがそれぞれのアプローチをする中で、一人の男はその信号に既視感を覚えていた。

 学者ではあったがまだまだ新参者で聞き役に回ることの多かった男は、どこでそれを見たのかと首を捻り三日三晩考えた。

 資料や地球言語や数式ではない。もっともっと堅苦しくない、日常的な場面。

 自らの思い出の中に探し求める何かがある気がしてアルバムのページをめくった。

 そこに挟まれた一枚を見つけ、懐かしむ気持ちと共に既視感の正体に気がついた。



 学者になる前は冒険家であり世界各地を回っていた男は、今の落ち着いた様子とは真逆の行動力で密林を進み、足を滑らせ川に落ちた。

 雨により濁流となっていた川で死を覚悟した男であったが、次に目が覚めた時広がっていたのは天国ではなくどこかの集落。

 運良く生きたまま穏やかな所まで流された男は、そこで釣りをしていた人々の助けられ介抱を受けていた。

 現代の文明圏から遠く離れ身を隠すよう暮らす彼ら。

 身なりと聞いたことの無い言語から未だ発見されていない少数民族ではないかと見当をつけた。

 彼らの存在を世に出せばきっと有名になれる。

 うまくいけば第一発見者としての功績で地位と名誉を得て、冒険家として大成できる。

 全身傷だらけで動けない男は、帰りたいという気持ちと共に当初そんな邪なことを考えていたが、言語がわからずとも気にかけてくれる女達。

 人種は違えど食料を分け与えてくれる男達。物珍しさから頻繁に顔を見に来る子供達の姿を見て、欲深さは傷の痛みと共に消え失せていた。

 ここは彼らの楽園。それを個人の欲のため明るみにするのは如何なものか。

 結局男は彼らを公表することはなかった。

 体が万全の状態となり帰れるようになった日、集落総出で見送りをしてくれた光景は男の人生でかけがえのないものとなっていた。



 集落で見聞きした言語。

 それが今回送られてきた宇宙からの信号に酷似していることに気がついた男は、何故だと思いながらも解読を始めた。

 集落に居座る上で必要最低限覚え、現在は忘れてしまった部分も多い言語を使い一つ一つ当てはめ読み進めていった。

 一ヶ月ほど経って解読作業はようやく終わり、男は信号の全貌を前に押し黙った。


「……『モウスグムカエニイク』」


 それは宇宙の彼方から同胞へ宛てた手紙だった。

 まだ確認されていない少数民族だと思っていた彼らは、実は地球に取り残されたどこかの星の住民で。

 近々故郷から迎えがやってくると、そこには記されていた。

 もしこれが真実だとしたら世紀の大発見だ。

 地球外生命体がいる証明ができる上に、文明圏の外側にひっそりと地球人以外の存在がいたことを発表できる。

 学者としてこれ以上の功績はない。間違いなく遠い遠い未来まで第一発見者として名を残せる。



 ……しかし結局、男が解読した信号を発表することはなかった。

 かつて自分を助けてくれた星違いの彼ら。

 恩を仇で返すような真似はしたくないという感情もあったが、なにより。

 集落の片隅で身動き一つ取れなかった男には、『帰れる』ことのありがたさがよくわかっていた。



 信号の答えは誰かが口を閉ざすことで解明はされず、その年の暮れ。

 とある密林で身を隠すように住んでいた何者か達は、仲間の船に乗り故郷への帰還を果たした。

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