「最初と最後を同じ台詞で終わらせる」をお題にした小説
「先輩、これから僕とホテルに行きませんか」
僕、
腰にまで伸びる長く美しい黒髪と、同色の瞳を持つ、学校でも評判の美人の先輩は、僕達自称文芸部が勝手に使っているこの旧校舎の空き教室の机の上に座り、読んでいた本をぱたんと閉じて膝の上に乗せてから、僕の言葉に応えた。
「日下部後輩、もうそれは端的に、この私と性交渉をしたいと正直に言った方が良かったのではないかね……?」
特徴的な、少し古くさいというか、変に大人ぶった口調で、小首を傾げながら聞いてくる。何をしてても絵になる人だよなぁという思考を脳裏で巡らせながら、僕はしかし、翔子先輩の言を否定した。
「いや、違いますよ。なんかこの間友達が男同士でラブホに行ったらしくて」
「ほう。その話詳しく」
「言われなくてもこれからするつもりですが。先輩が想像しているようなことは起きませんよ」
「ほう。私が何を想像していたと言うのかね。言うてみい。言うてみい」
僕は先輩の言葉を努めて無視しつつ、友達から聞かされたことを語る。
「まあ、男子高校生にありがちな興味本位での見物だったらしいです。でも、なんかずいぶんデカいとこで、中にプールとかあって、結構楽しかったみたいなこと聞いて。僕も誰か誘って行ってみようかなって」
「そんな話題の映画を見に行こうくらいの軽いノリで先輩の女子にホテル行こうって誘える男は多分、この地球上を探しても君くらいだぞ。炎柱でも無理だぞ」
「いや、先輩ならいけるかな……って」
「私学校一の美女と名高い女だぞ!?それこそ柱みたいなものなんだが!?」
「翔子先輩あの漫画好きなんですね」
「ああ。連載当時からずっと応援していた。最終回では泣き過ぎて漫画雑誌をダメにした」
「まあ、それはそれとして。行ってくれないんですか?」
「人が必死に話を逸らそうとしていたのに!」
そうだったのか。気付かなかった。いや、あの漫画の話をしたい気持ちは僕も山々だが、そんなことよりラブホテルだ。
「全く。君というヤツは全く。というかどんな理由であれ、そんなところに女子を連れ込もうとする時点で下心を警戒するだろう……」
「先輩とそういうことしたいならこの場で押し倒してますよ。ここ誰も来ないし」
「それは逆説的に君が私に性的魅力を感じたことが無いと言っているようなものでは?」
先輩は何故か残念そうな顔をしている。そんな顔も美人だ。夕日が赤く頬を染めているのが邪魔くさいと思える程、彼女の美しさは単体で完成されている。
「そうは言ってないじゃないですか。押し倒してるとは言っても、僕だって犯罪者になりたくないですから」
「日下部後輩。君本当に人間味が薄いよな」
「良く言われます。料理は薄味が好きなのでそれで良いと思ってます」
「君文芸部なのに日本語が正しく使えてなくないか?」
「言葉は生き物ですよ。意味が変わらないことなんてありません。変わってなかったら僕の古典の成績は2になってませんよ」
しかし、いつもはきはきしていて、返答もハッキリしている翔子先輩が、こうも答えを濁すのは珍しい。そんな一面が知れたことに嬉しくなる。
「ま、まあ兎に角だな、以後そういったことをみだりに言わないように」
「僕は本気です」
「言葉の綾だ!わかってるしわかってくれないか!?」
「翔子先輩、らしくないですよ。こんなに返答をはぐらかすなんて」
核心を突かれて、翔子先輩はうっ、と呻き、体を小さく跳ねさせた。それだけの動きで髪がさらさらと太股の上を流れる。夜空が動いたようだった。綺麗だ。
「だ、だって……」
「だって?」
僕がオウム返しに言うと、先輩は更に言い淀んだ。これはあまりこちらから何かを言うべきではないなと気付き、僕も黙る。やがて、たっぷり30秒ほどかけて、翔子先輩は口を開いた。
「日下部後輩には、もうちょっとロマンチックな感じでホテルに誘ってほしかった……」
この言葉に、僕が大いに驚いたのは言うまでもない。あの誰にも靡かないと言われた御堂筋翔子が、この様子では僕に好意を抱いているようではないか。正直めっちゃ嬉しい。しかし、
「出来の悪いSNSの漫画みたいな展開ですね」
「余計な一言だな全く!!私もそう思うよ!!!」
「でも、まあ、わかりました。もうちょっと真剣に、ロマンチックに言い直します」
僕は深呼吸して、先程とは違い、真っ直ぐに翔子先輩の目を見ながら、言った。
「先輩、これから僕とホテルに行きませんか」
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