「家族」をお題にした小説
今日は皆に、俺の小さい頃あった不思議な話をしようと思う。
まあ何分、自分でも本当にそんなことがあったのか曖昧なくらいだから、矛盾だとかぼんやりした部分があっても怒らないで欲しい。
前置きはこのくらいで。アレは確か小学校5年生の頃だったはずだ。うん。2年生だったのは、また別の話だもんな。
休日だったと思う。俺は存分に寝て、昼頃に起きた。季節は曖昧だ。仮に冬だったら、ホットカーペットが暖かすぎて、背中が乾燥して痒かっただろう。
まあとりあえず顔を洗って歯を磨こうとするわけだ。俺は布団から起き上がって、テレビの横を通り過ぎ――――――この頃にはもう買い換えたバカデカいヤツだった――――――祖父の代から受け継ぎ、もう築40年にもなるこの家の、もう歪んで固くなってしまった引き戸を、力を込めて開け放った。
扉を出て向かいの壁には、大きな鏡がある。部屋から出てすぐにあるものだから、大体毎日、これで自分の姿を無意識に確認していた。
その日の俺の姿に、俺は強く違和感を抱いた。俺はこんな顔だっただろうか?切れ長の目は母親からの遺伝で、厚めの唇と日本人にしては高い鼻は、父からの遺伝。その記憶は確かにあるが、どうにも、それを自分の顔と認識出来なかった。勘違いしないでほしいが、俺は別に自分の顔に不満を持ったことはないから、思った以上に不細工でがっかりしたとかそういう理由ではない。
まあ、でも。こうして自分の顔にくっついているのがこれなんだからそうだろうと納得して、俺は歯を磨き、腹が減ったから何か食べ物は無いかと聞くべく、リビングに入った。
見慣れたこたつだった(夏でも冬でも、横着してこたつを置いてある家だった)。精神病院に行く直前に叔母が買った洋風の机と椅子が来たのは高校生の頃だったから、この頃は間違い無く、リビングにあるのはこたつだったはずだ。
そのこたつに集まる家族の中に、一番見慣れているはずの母の顔がなかった。俺はどこにいるのだろうと思って、一番リビングのテレビ(スペースの都合上、リビングのテレビは俺と両親の部屋にあるものより小さい)に近い場所に座っている祖母に聞いた。
「ママは?」
「そこにいるよ?」
何言ってるの、という雰囲気を滲ませながら、祖母は向かいに座っている人物を指さした。
そこには、見知らぬ人物が座っていた。
いや、いいや……この人は俺の母だ。俺によく似た切れ長の目と、太って丸っこい顔は見慣れたものだろう?何故そんなことを思ったんだろう。
だって、だってそこは――――――兄さんがいつも座っている場所じゃないか。
優しい兄。自分によく似た兄。その記憶が、脳裏を過ぎる。しかし、脳の別の場所がそれを否定する。
俺は一人っ子だった。生まれてこの方、兄弟がいたことなんてない。母も、もう二度と子供を産みたくない。だって痛かったもん。と何度も言っていたではないか。
俺の頭には2つの記憶が、その時確かにあった。しかし、兄がいた方の記憶は、家族と話せば話す程、年月が経てば経つ程薄れていった。
そうして、結局。20歳になった今、俺の中に違和感は無く、兄がいた記憶も無くなっている。
だが、こうしてたまに、その時の違和感を思い出す。夢と現実の境が曖昧になっていただけ、というのが一番説得力があって納得出来る解釈だとは思うが、完全にそうだと思ってしまうと、俺の記憶の中に、優しい笑みだけがある兄が、可哀想になってしまうから。
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