幕間 受肉

第256話

「シオンたちは数時間前にフィーラムを出たみたいだ。多分、日付が変わる前には騎士団の用意した簡易基地に到着するだろうね。ガリア軍にもまだ捕捉されていない。今のところは順調と言っていいかな」


 空中戦艦“セラフィム”は、ログレス王国王都――キャメロットを目指して、夜の雲海を航行していた。


 “セラフィム”の艦長室は、殺伐とした他の部屋の内装とは一線を画し、宮殿さながらの豪奢な造りだった。床一面に敷き詰められた赤い絨毯に、室内の天井に飾られた五つのシャンデリア――果ては、壁一面に飾られた巨大な宗教画は、これが戦艦と銘打っていることに、一種の傲慢ささえ覚える。


 室内中央のソファに腰かけるガイウスに、どこからともなく姿を現したパーシヴァルが話しかけた。

 ガイウスは、閉じていた両目を徐に開ける。


「ガリア軍の動向は?」

「ガリア大公がお冠だ。ガリアが独自開発していた空中戦艦を墜とされて間もなく、息子のチャルムス・グラスと連絡が取れなくなって、ひどく取り乱しているらしい。まあ、全部シオンたちがやったんだろうけどね」


 パーシヴァルは、ガイウスの対面のソファに足を組んで座った


「シオンたち、もうちょっとうまくやれなかったのかな。あんなことをしたら、ガリア軍が王都の兵力を上げるのはわかりきっていただろうに」


 やれやれと肩を竦めるパーシヴァルだったが、ガイウスは特に反応を示さなかった。

 その矢先、不意に艦長室の扉が外からノックされた。扉を開けて入室したのは、ランスロットとトリスタンだった。


 部屋に入ったトリスタンは、やや速足にガイウスに近づき、手元の資料を手渡した。


「猊下、メンゲルの死亡を確認しました。墜落した空中戦艦内部で、頭部を縦に両断された状態で見つかった模様です」


 その資料には、空中戦艦墜落に伴うガリア軍の調査記録が記されていた。

 ガイウスがそれを斜め読みしている間に、


「メンゲルも随分と勝手なことをしてくれた。こっちの許可が出るまで研究を止めろっていう僕の命令を無視するから、こんなことになるんだよ。あまつさえ、僕らに隠れてネフィリムを量産していたなんて」


 珍しく、パーシヴァルが蔑みの感情を剝き出しにしてぼやいた。普段、飄々として人を食ったような態度で振る舞うパーシヴァルが、殊更に特定の他者を批判したことに、ランスロットとトリスタンも少しだけ驚いた反応を見せる。


 その一方で、


「メンゲルが死んだことによる我々への影響は?」


 ガイウスが資料を脇に置いて訊いた。


「小さくはないけど、まあ、何とかなる。研究自体は、最悪、僕が引き継げばいい。骨子の部分は、すでにメンゲルが明らかにしているからね。正直、いいタイミングではあった。これ以上の“騎士の聖痕”の研究は、メンゲルの興味の範囲外になる」


 パーシヴァルの話を聞いたランスロットが片眉を上げた。


「とどのつまり、死人は蘇らないということか?」

「当然さ。魂を呼び戻したところで、結局、肉体は生物的な死を迎えているんだ。どれだけ生前に似せた肉体を作ったところで、それは親から生まれた生物ではない。魂を受け入れる器には到底なりえない。聖王も言っていたんだろ? この世のすべての魂と肉体は、唯一無二の組み合わせだって」


 大学教授のような手ぶり口ぶりでパーシヴァルが話す。


「でもまあ、一時的にではあるけど、死者の魂を仮初の肉体に無理やり入れることはできる。メンゲルが、グリンシュタットでやっていた実験がそれを証明した」

「そういえば、ガリアに戻ったメンゲルは、死んだ教会魔術師の魂を使ってネフィリムの実験を進めていたんだったか。その成果は?」


 ランスロットに訊かれて、パーシヴァルは肩を竦めた。


「何とも言えないね。ただまあ予想した通り、有象無象の魂を使うよりも、色々と感度はよかった。理屈はまだわからないけど、恐らく、生前に魔術をよく使っていた人間は、魂の強度がとても高いんだろう。言ってしまえば、地縛霊みたいなもんだね。魔術を行使するためのエネルギーにもなり切れず、意思を持って未練がましく現世に留まっている状態だ。それはそれで面白い話だったんだけど――」


 そこでパーシヴァルはいったん区切り、ソファから立ち上がった。


「それとは別に、もう一つ興味深い研究結果を得ることができた」


 一同の注目を浴びつつ、パーシヴァルは続ける。


「呼び戻したその教会魔術師の魂、驚くことに、受肉したあと、印章もなしに生前に得意としていた魔術を使うことができたんだ」

「――“印章は魂に刻まれるもの”」


 ぽつりと、独り言のように言ったガイウスに、パーシヴァルはにやりと口の端を歪めた。


「魔術師たちの間に伝わる格言だね。熟練の魔術師は、使い続けた印章が欠損あるいはなかったとしてもその魔術を行使できる、という事象に対する解だ。昔はただの根性論だとしか思っていなかったけど、メンゲルの研究結果を見るに、それは真理なのかもしれない」


 トリスタンが鼻を鳴らしつつも、納得したように頷いた。


「我々も、背中の皮を剝がされたところで、“騎士の聖痕”をそのままに再生することができるからな」

「その通り」


 ずばり、と、パーシヴァルがトリスタンを指さしながら笑う。


「で、その蘇生させた教会魔術師は、今はどうしている?」


 ランスロットが訊くと、パーシヴァルは少し難しい顔になった。まるで、宿題を終えていない子供が親にそのことを指摘されたような表情だった。


「自制が利かなくてね。テンション爆上がりで手に負えないから、電源切って大人しくしてもらっている。あのメンゲルでさえも、あっさり同意したくらいにはヤバかった」

「電源?」

「器にした肉体の劣化を少しでも抑えるために、強化人間の技術を使っているんだ。電源を切っている間は、手足一つ動かせない状態だ」

「手に負えない、か。お前がそういうのだから、かなりの戦闘力を有していそうだな」


 ランスロットの見解に、パーシヴァルは少し上を向いて何かを考えた。

 そのあとで、結論を得たように、


「“天使化”した騎士と同等――もしかしたら、シオンやアルバート程度なら、わりと軽く凌ぐ強さかもしれない。僕がメンゲルに研究の一時凍結を求めたのはそれが理由だ。あんなものが好き勝手に暴れ出したら、非常にまずい」


 真面目に表情を強張らせた。

 しかし、ランスロットはそれを信じられなかったようで、嗤笑気味に鼻を鳴らした。


「そんな馬鹿な話があるか。ちなみに、サンプルに使ったその教会魔術師は何者だ?」

「ガストン・ギルマン、教会魔術師の銘は“機械仕掛けの雷神”――去年、シオンが殺したガリア軍の将軍だ。何だったら、ランスロット、一戦交えてみるかい? 僕が言ったこと、嘘じゃないってすぐにわかるよ」

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