第254話

 フィーラムの中央区画には、かつて富裕層の住民が多く住んでいた。それゆえに、当該区画には、宮殿と見紛うほどの豪邸が景観を埋め尽くさんばかりに数多く建ち並んでいる。

 そして、街全体がブロッセルとなってしまった今となっては、そこは高級娼館――ひいては、ガリア軍中将、チャルムス・グラスが管理する風俗街になり果てていた。


「おい! 誰か!」


 とある豪邸内にある寝室――チャルムスが扉を開け、全裸で姿を現した。その容姿は、今年で三十五歳を過ぎるというのに、顔つきが非常に幼く、水風船を彷彿とさせる肥満体型で、非常に醜かった。体表には常に脂混じりの汗を纏い、全身の体毛を見るからに不快に湿らせていた。


「僕が呼んだら五秒以内に来いっていつも言っているだろ! なんでさっさと部屋に入ってこないんだ! 頭悪いのか、お前たち!」


 チャルムスは、寝室の扉の両脇に立つ護衛の兵士たちを睨みつけ、そのうちの一人の脛を蹴り飛ばした。

 兵士は慣れているのか、特に動じた様子もなく、ただ背筋を伸ばして敬礼を返すだけだった。


「申し訳ございません!」

「次、遅れたら死刑だからな! 死刑! わかったか!」

「はっ!」


 馬鹿正直な兵士の対応に、チャルムスは鼻を鳴らし、嘆息した。


「まあいいや。それよりも、これだ!」


 怒気を込め、不意に寝室内部に向かって人差し指を立てる。

 その先にいたのは、年端もいかない一人の少女だった。成人どころか、まだ十五歳も満たしていないように見える。少女は、一糸まとわぬ姿で天蓋付きのベッドの上に座り込み、困惑の表情を浮かべていた。


 兵士は、少女を一瞥したあとで、不思議そうに首を傾げた。

 それを見たチャルムスは、さらに顔を赤くして口角泡を飛ばす。


「なんだよ、この貧相な体は! 全然僕の好みじゃない! もっと発育のいい女を用意しろよ! 前戯がまったく楽しくない! 胸も尻も固くて最悪だ!」


 チャルムスからのクレームに、兵士は狼狽えながら顔を顰めた。


「しかし、チャルムス様がご所望される年齢層でとなると、あれくらいの肉付きが精一杯かと。発育のいい体となると、それなりに年齢が上――」


 兵士が理解を求めようと説明を始めたが、突然、銃声によって遮られた。

 チャルムスが、拳銃で兵士の顔を撃ち抜いたのだ。


「誰が口答えしろって言った! いいからさっさと新しい女を連れて来いよ! 誰のおかげでお前たちがストレス発散できていると思っているんだ!」


 倒れこんだ兵士の死体を、チャルムスは息巻きながら何度も蹴った。近くでその光景を見ていたもう一人の兵士が、顔を青ざめさせ、後退りした。

 その足音に気付いたチャルムスが、鼻息を荒げ、振り返る。


「なんだよ! 何か文句あるのか! お前も死刑にしちゃうぞ!」

「い、いいえ、とんでもございません……」


 申し訳なさそうに兵士が敬礼を返すと、チャルムスは、また兵士の脛を執拗に蹴った。


 誰の目から見ても、ありえないほどに幼稚で理不尽な振る舞い――それを、寝室のベッドに座る少女が、憐れむような、蔑むような目で見遣っていた。


 そんな少女の視線に、チャルムスはすかさず気づいた。


「なんだ、お前? 何見てるんだよ!」


 チャルムスは、寝室に戻って乱暴に扉を閉めると、ずかずかと少女のいるベッドに迫った。怯える少女には構わず、彼はそのまま一発、少女の顔面に拳を叩き込んだ。


「どいつもこいつも! 僕を見下した顔で見やがって! お前も僕を無能って言うのか! おい!」


 それから馬乗りになり、両手で何度も少女を叩いた。少女は泣いて謝ったが、チャルムスは手を止めるどころか、一層激しい暴力を振るった。少女の体の至る箇所に噛みつき、まるで自分の所有物だと言わんばかりに、執拗に歯形と血の痕を残していく。やがて少女が抵抗の意思を見せなくなると、そのまま数十分に渡って犯し続けた。


「どうだ、思い知ったか。クソガキめ。僕を怒らせるからこうなるんだ」


 痛々しい姿で動かなくなった少女を前に、チャルムスは何かを成し遂げたような顔で吐き捨てた。最後に少女の腹を踏みつぶし、徐にベッドを下りる。それから葉巻を咥え、全裸のまま、ソファの上で小休憩に入った。


 寝室の電話がけたたましい音を上げたのは、そんな時だった。

 チャルムスが、耳を劈く音に顔を歪めた矢先、部屋の扉が慌ただしく何度も叩かれた。


「チャルムス様!」

「なんだよ! 今忙しいから後にしろよ!」

「そちらはガリア大公――お父上からのお電話です! 至急、お繋ぎせよと!」


 扉越しに兵士からの言伝を聞き、チャルムスは舌打ちしたあとで受話器を手に取った。


「もしもし、パパ? 何か用?」

『おお、チャルムス。そっちの様子はどうだ? 元気でやっているか?』


 父親の声を聞きながら、チャルムスは葉巻を一息吹かした。


「兵士たちが使えなくて困ってるよ。どうしてこんな役立たずばかり寄越したのさ。もっと優秀な奴らをちょうだいよ!」

『それでもガリア軍きっての精鋭部隊を集めたんだがなぁ。今度、また違う部隊を付けてやろう』

「なるべく早く頼むよ。今いる奴ら、全員死刑にしちゃうね」


 受話器の向こうで、ガリア大公が小さく笑った。


『まあまあ。兵士なりに頑張っているんだ。勘弁してあげなさい。それはそれとして――身の回りにはくれぐれも気をつけてな。ちょっとでもおかしいと思ったら、すぐパパに言うんだぞ』


 ガリア大公が神妙な声になり、チャルムスは怪訝に眉を顰めた。


「急にどうしたの? 少し前に言われた通り、もうとっくに避難は終えているよ?」

『避難したのは知っている。だが、どうやらすでにステラ王女とログレス軍の一部が王都に侵入しているようなのだ』

「ふーん。それで?」

『詳細は不明だが、王都の郊外に身を潜めているとの見解が強い。くれぐれも用心してくれ』


 それを聞いて、チャルムスは肩を竦めた。


「ログレス軍なんて雑魚でしょ。こっちは中隊率いて避難しているんだ。心配ないよ」

『そうか? それならいいんだが』

「パパは心配性だなぁ」

『心配もする。手口は不明だが、空中戦艦を一隻墜とされたからな。念のために連絡したんだ。気を悪くしないでくれ』

「大丈夫だよ。仮にログレス軍が来たって、僕が指揮を執ればなんてことないさ」

『さすがはわしの息子だ。頼りにしているぞ』


 チャルムスは短くなった葉巻の火を消し、新しい物をまた咥えた。


「何だったら、今からでも都心部に戻って僕が軍の指揮を執ろうか? そっちの方がパパも安心するでしょ?」


 しかし、受話器の向こうからは、ガリア大公の狼狽の声が上がった。


『え、あ、い、いいや、それは駄目だ。か、可愛いお前を危険な戦場に送りたくないからな』

「だから心配いらないって」


 自信満々に話すチャルムスに対し、ガリア大公はどこか引き気味に咳払いした。


『と、とにかく、戴冠式が終わるまで、お前は郊外でいい子にしているんだぞ。わかったな?』

「はーい」


 それを最後に、受話器が置かれた。


「まったく、パパも素直に僕の力を頼りにすればいいのに。そう思わないか?」


 そう言って、チャルムスは、ベッドの上で微動だにしない少女を見遣った。


「それにしても、ステラ王女か。写真で見た顔はまあまあだが、体が貧相なのがな……」


 そう言いながら、ベッドに戻り、少女に跨る。

 直後、不意に何か思いついた顔で、勢いよく寝室から飛び出た。


 寝室の前では、先ほど殺害された兵士の死体の後始末がされているところだった。チャルムスはそんなことなどいざ知らず、カーペットの血糊を掃除する兵士たちに向かって、何やら得意げな顔を見せた。


「おい、全軍に通達しろ。ステラ王女を見かけても殺すなって。捕まえて、僕の専属奴隷にする。大国の王女を屈服させるんだ。いい見せしめになるだろ?」


 すると、兵士たちは数秒顔を見合わせ、固まった。そんな沈黙のあと、間もなく、姿勢を正してチャルムスに向き直った。


「さ、さすがにそれは難しいのでは? 亜人ならともかく、人間を奴隷化することは我が国でも認められていません。ガリア大公がなんと仰るか――」


 そう進言した兵士の頭から、血飛沫が飛び散った。


「なんでパパの言うことを聞かなきゃならないんだよ! 僕の命令だぞ!」


 チャルムスが、硝煙の上がった拳銃を子供の玩具のように振り回しながら、その場で激しい地団駄を踏んだ。


「ああ、もう、気分が悪い! イライラする! もういいよ! おい、さっさと新しい女を――」


 兵士に何かの指示を言いかけた時、突然、チャルムスの視界は暗転した。







 時刻はすでに午後四時を回っており、西の空が赤く染まりかけていた。

 フィーラムの外れにある廃校舎の地下室は、かつては物置として利用された部屋だったらしい。今となっては、扉と換気口、それに天井の真ん中にランプが一つ吊るされているだけで、他に何もない。


 いや――部屋の中央には、意識を失った全裸の男が一人、椅子に縛り付けられていた。布で目隠しをされ、口には工業用の粘着テープが巻かれている。


 そして、そのすぐ隣には、全身黒ずくめの戦闘衣装をまとったシオンが、静かに佇んでいた。


 そんな異様な光景のなか――不意に、地下室の金属扉が重い音を立てて開かれた。


 微かな陽光を背景に入室したのは、ユリウスとプリシラ、それにブラウンだ。三人とも、シオンと同じ黒ずくめの戦闘衣装を着込んでいる。何も知らない者が彼らの姿を見れば、すぐさま軍の特殊部隊を連想したことだろう。


 そんな物々しい雰囲気のなか、プリシラとユリウスがシオンに近づいた。


「フィーラムに駐在していたガリア軍の兵士たちは、別室で待機中のログレス軍に引き渡しました。生け捕りにできたのは、二百七人中、十二人だけです。残念ながら、残りは交戦中に死なせてしまいました。言い訳にしかなりませんが、外に情報を漏らすわけにもいかなかったので……」

「生き残りをどうするかは兵士たちに任せた。煮るなり焼くなり好きにしろとだけ伝えて、俺たちはこっちに戻った」


 二人の報告を聞いて、シオンは一言だけ、そうか、と返した。


 そんな時、ふと椅子に縛り付けられた全裸の男が、ピクリと動いた。やがて、自身の状況を確かめるかのように、もぞもぞと悶える。気色の悪いサナギを彷彿とさせる動きを見せたあとで、全裸の男――チャルムス・グラスは、塞がれた口で、んーんー、と何かを喚き始めた。


 そこへ、シオンがユリウスに目で指示を出す。

 ユリウスは、チャルムスの口に巻かれた業務用の粘着テープを乱暴に剥がした。業務用であるがために強力な粘着力だったせいで、チャルムスの唇の皮はごっそりとテープに持っていかれた。


「痛い! おい、誰だ! こんなことする奴は! 僕が誰だかわかっているのか!」

「ガリア大公カミーユ・グラスの長男、ログレス王国代理統治におけるガリア軍特別編成師団の最高指揮官、チャルムス・グラス」


 開口一番早々に騒いだチャルムスに、シオンが確認の意味を込めて回答した。

 チャルムスは、自分の正体を知りつつ拘束していることに驚いたようで、口をぽかんと開けた。


「し、知っているなら今すぐ僕を自由にしろ! ていうか、何なんだ、お前たちは! ここはどこだ! 何も見えないぞ!」


 チャルムスは肥え太った体を必死になって揺らし、椅子から降りようとする。


「僕にこんなことして、ただで済むと思うなよ! パパに言いつけてやるからな! おい、聞いて――」


 刹那、チャルムスの口に何かが勢いよく突っ込まれた。


「今、お前が咥えたのは拳銃だ。静かにしろ」


 シオンが、チャルムスの口に拳銃を無理やりねじ込んだのだ。そのせいで、チャルムスは上下の前歯をすべて折り、自身の歯茎から流れ出る夥しい量の血に咽返った。


「ステラをここに」


 シオンが言うと、プリシラは静かに頷いた。


 それから五分の間に、ステラが地下室に入ってきた。エレオノーラとプリシラに支えられながら、まるでヒトの気配を感じさせない足取りで、徐にチャルムスの前に立つ。


「こいつがチャルムス・グラスだ。あとはお前の好きにするといい」


 シオンが、チャルムスの口から拳銃を引き抜いた。それから、ステラに小さな拳銃を一丁、手渡す。


 ステラはそれを無言で受け取り、引き金に指を添えた。


「引き金を引けないなら、俺に指示を出してくれても構わない。苦痛を与えたいなら、代わりに俺たちで拷問する」


 シオンの提案に、ステラは無言だった。


「どうする?」


 しかし、一向にステラは答えなかった。

 そんな彼女に代わり、呼吸を整えたチャルムスが慌ただしく口を動かす。


「おい! さっきステラって言ったな! そこにいるのはステラ王女か! お前、今に見てろよ! パパに言って――」


 また喚き散らし始めたチャルムスだったが、ユリウスに裏拳で鼻先を殴られ、情けない声を上げながら黙った。

 暫く、室内にはチャルムスの小さな悪態と荒い息遣いだけが響き渡っていたが、不意に――


「――なんで、こんなことをしたんですか?」


 ステラが、そうチャルムスに問いかけた。


 チャルムスは何を問われているのか理解できていない顔で、間抜けに口を開けていた。

 すかさず、シオンがチャルムスの左耳を掴み、そのまま引き千切った。


「痛い! 痛い!」

「あまり時間がない。さっさと質問に答えろ」

「痛い! 痛いよぉ! パパ! ママ! 助――」


 チャルムスが急に黙ったのは、その脂肪で弛んだ喉を、突如として伸びた手に締め上げられたからだ。シオンは、チャルムスの首を左手で持ち上げながら、耳のない穴に顔を近づけた。


「俺が首を放したら、すぐに質問に答えろ。さもなければ、次は眼球をえぐり取る」


 無機質で抑揚の欠いたシオンの声に、チャルムスは血の気を失わせた。シオンが手を放すと、チャルムスは泣きじゃくりつつも静かになった。


「な、なんだよぉ……何を答えればいいんだよぉ……」

「なんで女の子たちに酷いことをしたんですか?」


 ステラが再度問うも、チャルムスは何も心当たりがないように呆けるだけだった。


「ひ、酷いことって……?」

「王都の少女を集めて、フィーラムを街ごとブロッセルにした理由を訊いている」


 シオンの要約を聞いて、チャルムスはさらに困惑した様子になった。


「な、なんでって……」


 それから、わずかな間、黙り込む。おそらくは、必死になって頭を働かせているのだろう。ようやく何か考えがまとまったのか、興奮気味に椅子から前のめりになり、口を動かした。


「へ、兵士たちだってストレスが溜まるだろ! だから、ストレス発散の場を作ってあげないと可愛そうじゃないか!」


 その回答を聞いて、ステラは眉一つ動かさなかった。


「僕は最高指揮官だ! 部下たちのメンタルケアだって僕の仕事なんだ! それに、パパが何かの実験で材料になる人間がたくさん欲しいって言っていたから、ついでに赤ちゃんをいっぱい産ませたら、褒められると思ったんだ!」


 チャルムスはまだ何かを話したそうにしていたが、ユリウスがそれを無理やり止めた。チャルムスの髪の毛を鷲掴み、後ろに首を反らして黙らせる。


「もうやめとけよ。何訊いたって、てめぇが納得する回答は何一つ返ってこねぇよ。ただただ、不快になるだけだ」


 ユリウスの言葉には誰もが頷いた。その後に続いた静寂が、これ以上はそれこそ時間の無駄だと、暗にステラを諭していた。


 だが――


「目隠しを取ってあげてください」


 不意に、ステラがそう指示を出した。


「え……な、なんで……?」


 目隠しを取られたチャルムスは、眼前の光景を見て早々、戦慄に声を震わせた。

 ステラが、拳銃の銃口をチャルムスの額に突き付けていた。


「ぼ、僕がなにしたんだよ! ねえ! なんで銃を向けてるんだよ!」


 ステラは無言のまま、何も答えない。


「ぼ、僕を殺したら、ぱ、パパが許さないぞ! お前だって殺されるんだからな!」


 シオンたちも、黙ってそれを見ていた。


「おい! 聞いているのか! おい!」


 血の混じった唾がステラにかかるも、彼女は置物のように、銃を構える体勢を崩さなかった。


「お、お願いだ! 助けて! 何でもするから!」


 やがてチャルムスの命乞いが始まるが、その光景に何も変化はない。


「お願いだ!」


 ついには、チャルムスは失禁して床を濡らした。ガタガタと体を震わし、眼前の死にひたすら恐怖する。


「死にたくな――」


 そして、銃声が一発鳴った。


「……外したか」


 だが、弾丸はチャルムスの横を通り抜け、地下室の壁に当たった。

 ステラの撃った弾丸は、チャルムスを殺さなかった。


 ユリウスが後頭部を掻きながら嘆息する。


「おい、誰か照準合わせてやれよ。もう一回――」


 直後、ステラがその場に崩れ、へたり込んだ。拳銃は音を立てて床に落ち、彼女の手から離れる。


「こいつを今ここで殺しても……何も変わらない……」


 震える声で、ステラが絞り出すように言った。


「メリッサたちに起きたことがなくなるわけでもない……国が取り戻せるわけでもない……!」


 感情を押し殺すように声を上げつつ、両目を酷く滲ませた。


「何も、意味がない……!」


 ステラは嗚咽しながら天井を仰ぎ、顔を両手で覆う。


「私、間違っていますか……? メリッサたちが苦しんでいるのに、こいつを殺せないの、おかしいですか……?」


 息を乱しながら、ステラはさらに続けた。


「殺したいほど憎いのに、今ここで殺したら駄目だって思うのは、おかしいですか!?」


 まるで、神に問いかけているような有様だった。

 そんなステラの傍に、シオンが立つ。


「……正直、お前の手が“復讐”で汚れなくて、ほっとしている」


 シオンの言葉を聞いたステラが、咽び泣きながら、静かな悲鳴を上げた。シオンは、優しくステラを両腕で抱え上げると、


「二人とも、このままステラを部屋の外に出してやってくれ」


 エレオノーラとブラウンにそう言った。

 それからシオンは、ブラウンにステラを引き渡した。


「……貴方たちはどうする?」


 ステラを受け取ったブラウンが、シオンを見ながら、どことなく慄いた表情でそう訊いた。

 エレオノーラとブラウンが、ステラを連れて地下室の外に出たあと、扉が閉まる間際――


「ステラは王になる覚悟を改めて示した。俺たちは、それに報いる」


 シオンが、静かにそう答えた。


 そうして、地下室に残ったのは、シオン、ユリウス、プリシラ、そして、チャルムスだけになった。


「ね、ねえ、もういいだろ! 今なら許してやるから! 早く僕を――」


 チャルムスが何か言いかけた時、突然、座っていた椅子が粉々に砕かれ、彼の体が宙に浮いた。


「な、なんだこれ――」


 次に、チャルムスの喉が、縄で縛られたハムのようになる。そうやって、あたかもチャルムスが磔刑のような全身十字体勢になったのは、ユリウスの鋼糸によるものだった。


 苦悶で息を詰まらせるチャルムスの前に、シオンが静かに立つ。


「紛争下における一般人への性暴力は戦争犯罪だ。そして、聖王教の教会法では、戦争犯罪の主犯は厳しく罰せられることが定められている。俺たちは今、騎士を辞めさせられている身分だが――まあこの際だ、細かいことはいいだろ」


 そう言って、シオンは肩を竦めた。


「騎士の特権を行使する。これより、略式で異端審問を始める。被告人はチャルムス・グラス。罪状は紛争下における民間人への性暴力、および人権侵害。証拠は充分。判決は死刑。刑の執行方法は――ユリウス卿に任せる。被害者の少女たちと、ステラ王女殿下の感情を充分に汲み取った適切な処刑方法になることを求める」


 淡々と、これから便所の掃除を始めるかのような口ぶりで、シオンが言った。

 処刑執行人に任命されたユリウスが、煙草に火を点けながら鋼糸をチャルムスの周辺に漂わせた。


「んじゃ、肉だるまにしてからの五感喪失、最後は木に縛り付けて獣の餌にする刑で」


 それを合図に、鋼糸が次々とチャルムスの体に侵入していった。


「喜べ、寄り道しないでちゃんとあの世に行けるよう、懺悔の時間はたっぷりと与えてやる。すぐ死ねると思うなよ」


 ユリウスが、魔術で鋼糸に電気を流した。

 チャルムスの絶叫は、それから何時間にも渡って続いた。

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