幕間 師の想い

第241話

「総長はこちらの案に乗った。我々は予定通り、戴冠式の準備を進める」


 教皇専用の執務室にて、ガイウスが電話の受話器を置いた。自席の背もたれに深く座り直し、机を挟んだ目の前の四人に目を向ける。


 四人のうちの一人、パーシヴァルがガイウスと目が合い、肩を竦めた。


「騎士団とは一時休戦か。ガリア大公、また顔を真っ赤にするかもね」


 次に、ランスロットが口を開く。


「猊下、聖女はいかがいたしますか?」

「騎士団本部にいるのであれば、それでいい。居場所さえはっきりしていれば、この先どうとでもなる。ステラ王女に名指しで呼ばれた以上、戴冠式が開催されるまでは安易に身を隠すこともできないだろう」


 そう答えたガイウスが、ふとトリスタンに視線を送った。

 トリスタンはどこか悩ましげに、かつ伏し目がちに静かにしていた。


「どうした、トリスタン。何か、不服そうだな」


 ガイウスに声をかけられ、トリスタンはハッとして面を上げる。


「いいえ、そのようなことは――」

「私が“復讐”に目が眩み、目的を見失うのではないか――そう、言いたげだな」


 ズバリその通りだったようで、トリスタンは微かに狼狽した。

 ガイウスは、それを少しだけ楽しそうに見て、鼻を鳴らした。


「安心しろ。何がどうあっても、それだけは断じてない。己の欲求を優先し、大義へと続く道を踏み外すことだけはありえない。“復讐”は、あくまで原動力であり、ささやかな報酬だ」


 トリスタンは、自身の不信感を悟られ、諭され――最終的には赦されたのだろうと、安堵に息を吐いた。小さく目礼し、ガイウスに非礼を詫びる。


「ガイウス、ひとつ、教えてほしい」

 室内の緊張の糸が緩んだ矢先、今度は、ガラハッドがそう切り出した。


「なんだ?」

「お前は結局のところ、シオンをどう思っている?」


 スッ、とガイウスの目が細められる。


「ダキア公国であいつと戦った時に聞かれた。何故、ガイウスは今になって俺の死に拘らなくなったのか、と」


 しかし、ガイウスはガラハッドを見たまま、瞬き一つしなかった。


「ガイウス、お前はシオンをどうするつもりでこの計画を推し進めていた?」


 それでも容赦なく質問を続けるガラハッド――堪らず、といった様子で、ランスロットがガラハッドの肩を掴んだ。


「ガラハッド、口を慎め。いくらお前でも、無礼が過ぎ――」

「可愛い愛弟子、息子のような存在――昔は、そう思っていた」


 重々しく、それでいて明瞭な口調でガイウスは答えた。

 ガイウス以外の四人の顔が顰められ――そこから最初に表情を変えたのは、パーシヴァルだった。パーシヴァルは、何かを察したように、ニヤリと口元を歪めた。


「でも、“リディア”の一件で、可愛さ余って憎さ百倍に?」

「正確に言えば、生きているあいつを目の当たりにすることが怖かった。この一言に尽きる」


 それを聞いたガラハッドが、眉間にさらに深い皺を寄せた。


「それが、どうして今はシオンの死に拘らなくなった?」


 即答しないガイウスに代わって、パーシヴァルが口を動かす。ついでに、悪戯を思いついたような顔で、意地の悪い微笑を浮かばせた。


「もしかして、単純に同情しちゃった? 君自身が弟子である彼を陥れたのに。これまた随分と身勝手な師匠だね」


 嘲笑するパーシヴァルの言い方に、今度こそランスロットが焦った。


「パーシヴァル!」


 ランスロットは今にも殴りかかりそうな剣幕でパーシヴァルに詰め寄った。


 しかし――


「――かもしれないな」


 当のガイウスは、自嘲気味に笑みをこぼし、否定はしなかった。

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