第236話

 シオンとガラハッドが床を蹴ったのは同時だった。瞬時に揃って“帰天”を使い、“天使化”状態になる。


 刹那、シオンが横一閃に刀を振った。赤黒い稲妻を纏った刃が、ガラハッドの身体を両断するべく、音を置き去りに走る。

 それをガラハッドは上に跳躍して躱した。あわせて、身体を捻りながら両手の長剣を風車のように振り回す。

 二本の長剣がシオンに迫るが、シオンは身を屈めてそれを避けた。続けて、ガラハッドに渾身の蹴りを一発見舞う。


「立っているのもやっとな身体で、よく動く」


 瀕死の身体で暴れるシオンを見たガラハッドが、呆れ半分、感嘆半分で呟いた。

 シオンの蹴りを受けたガラハッドは、難なく空中で受け身を取り、着地した。

 そこへすかさず、シオンが追撃する。


 だが――


「さすがに無謀だ。一人で俺に勝てないことは、わかり切っていただろう」


 そう言ったガラハッドの姿は、すでにシオンの視界から消えていた。

 驚いたシオンが慌てて周囲に視線を走らせるが、突如として彼の頭上にガラハッドの踵落としが叩き込まれた。


 地を振るわせるほどの威力を持った衝撃――シオンは顔面から体を床に打ち付け、同時に“天使化”も解除された。


 勝負はついたと、ガラハッドが長剣を鞘に納めて踵を返す。

 しかし、シオンは震える腕を地に立て、幽鬼のような足取りでふらふらと立ち上がった。


「……アンタに勝てなくても、何も問題はない」


 シオンがその台詞を言ったか、まだ言えていなかったか――その一瞬の間に、ガラハッドが突然、ステラの方に向かって走り出した。ガラハッドはそのままステラの脇を通り過ぎ、彼女の後方に向かって直進する。


 そして、ターミナル内にあった仕切りの壁に向かって腕を伸ばし、貫いた。そこから力任せに引かれた腕に掴まれて出てきたのは、アルバートだった。


「雑な作戦だ」


 ガラハッドは、アルバートの首を片手で掴み上げたまま、彼の身体を床に叩きつける。あまりにも不意な出来事にアルバートは一切反応することができず、“帰天”を使う暇も与えられなかった。


「シオンを囮にお前が王女を確保するつもりだったようだが、さすがに俺を舐め過ぎだ」


 ガラハッドは、床で蹲るかつての弟子のアルバートを見下ろしながら、“天使化”を解除した。

 そして、徐に歩み出し、その後ろにステラが続いた。


「待て……!」


 すぐにシオンが二人の背中を追いかける。

 だが、一歩足を踏み出した瞬間、シオンの身体は骨を抜かれたように床に伏してしまった。


「ガラハッド……! ステラ……!」


 もはや声を絞り出すこともままならない体で、まるで命乞いをするように、シオンは手を伸ばした。


「ステ――」


 そんな時、床に這いつくばるシオンに、ふと一つの人影が落ちた。

 ガラハッドが戻ってきたのかと、シオンは歯を食いしばりながら見上げる。


 そこには、朝日を背に受けて、一人の男が立っていた。


「シオン……落ち着け……」


 その男の姿を確認したアルバートが、すかさずシオンに向けてそう言った。


「今は、耐えろ……!」


 始め、シオンの表情は驚きだった。

 だがそれは次第に、感情を失うように引いていき、最後には憤怒の形相に変貌した。


「お前と顔を合わせるのは、聖王祭以来か」


 ガイウスが、シオンの目の前に立っていた。


 直後、死に体同然だったシオンの身体から、赤黒い稲妻と光が球電の如く発せられる。

 シオンは、獣の断末魔のような雄叫びを上げながら、ガイウスへ急襲した。


 しかし、シオンが何かしらの攻撃をする前に、彼の身体は空中で宙吊りの状態になって静止した。ガイウスの眼前で首吊り死体のように静かになったシオン――そんな彼の身体には、無数の光の剣が打ち込まれていた。リリアンが使うものと同種の攻撃であり、ガイウスが瞬時に作り出したものだった。


「ガイウス、何故ここに――」


 ガラハッドのその言葉を、ガイウスは軽く右手を挙げて制止した。

 それからガイウスは、アルバートを見遣った。


「王女が欲しければ、ここで騎士団に預けておく」


 突然の申し出に、アルバートは両目を眼窩から飛び出さんばかりの勢いで見開いた。それはステラも同じで、彼女もまた言葉を失って固まった。


「何を……!」

「戴冠式の開催を、ガリアには条件付きで承諾させた」

「条件?」

「“儀礼以外の場で、教会勢力は戴冠式に一切係わらない”――この約束を担保にした」


 それを聞いたアルバートは、その意味を咀嚼するように数秒黙り込む。そして、ハッと気づいたようになり――先にガイウスが口を動かした。


「つまり、私たち教皇庁と十字軍、お前たち騎士団は、戴冠式の場に王女を直接連れていくことが許されない状況になった」

「ログレス王国の戴冠式開催の場は、教会法で例外なく王都の聖堂と定められている。だが、王都はガリアに実効支配されている状況だ。ステラ王女がそんな場所に一人で訪れることなどできるはずもない。そんな状況でどうやって――」

「自国の軍隊を使い、戴冠式が開催される聖堂まで送り届けるしかないな」


 独り言で状況を整理するアルバートに、ガイウスが結論を言い放った。

 アルバートはガイウスをきつく睨んだ。


「それでは実質、戴冠の儀をステラ王女が受けられないではありませんか! ログレス王国の軍隊はすでにその力を失いつつあります! まして相手はあの軍事大国ガリアです! 王都で戦闘が起きれば、まず勝てる見込みはない! いったい、貴方は何のために――」

「私の一番の目的は、聖女を目の前に連れてくることだ。お前たちもそれくらいの事は察していただろう」


 ガイウスはそう言いながら、シオンの身体を貫く光の剣を消した。シオンが音を立てて床に落ち、そこにアルバートと、この状況に耐え兼ねたステラが駆け寄った。

 アルバートは、シオンを庇うようにガイウスの前に立つ。


「つまり、戴冠式の場に聖女を呼びつけることさえできれば、ステラ王女が女王になろうがなるまいが、猊下にとっては何ら影響がないと?」

「そうだ。それと、これは余談だが――騎士団は私を罷免するために、女王の権力を利用するつもりらしいな。だが果たして、今となってはそんなことが本当にできるのか、甚だ疑問だ。戴冠式開催までの舞台を整えた立役者の私を失脚させることに、どれだけの国が違和感を抱くだろうな。大国であるログレスを快く思わない小国も少なくない。下手をすれば、ログレス王国は大陸から孤立することになる」


 アルバートは何も言えず、黙り込んだ。

 その間に、ガイウスは踵を返す。


「伝えたいことは伝えた。――パーシヴァル」


 ガイウスに呼ばれ、パーシヴァルがどこからともなく姿を現す。

 そして、シオン、アルバート、ステラの三人を包み込むように、突如として黒くて巨大な箱が現れた。


「これから地下都市ランヴァニアに砲撃を始める。悪いけど、砲撃が終わるまで王女と一緒に暫くその中にいてほしい」


 パーシヴァルが、三人が入っている黒い箱に向かって言った。


「――さあ、ここでの仕事も大詰めだ」

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