第235話

 ガラハッドからの勧告を受けたリリアンたちは、オルト・アルカード同伴のもと、すぐに地上へ戻るための段取りを組み立て、実行に移した。

 まずはシオンとアルバートを回収しに、第三ターミナルの駐車場へ急いで戻る。


 シオンとアルバート、ガラハッドが争った駐車場の有様は、つい数十分前のものとは打って変わり、何かの自然災害に遭ったかのように荒れ果てていた。壁、床、天井には無数の斬撃の跡が残され、車を始めとしたありとあらゆるものがその原形を留めていない。


 そんな凄惨な光景のどこかに、二人はいるはず――だったが、


「シオンたちがいない!」


 エレオノーラが声を張り上げた通り、すでに二人の姿は駐車場から消えていた。

 姿を隠せるような場所もないことから、どこかに移動したことは間違いない。


 ヴィンセントがリリアンを見遣る。


「リリアン、お前さんの探知能力で二人の居場所わからねぇか?」


 言われるまでもなく、リリアンはすでに実行していた。

 瞑想するように目を瞑り、暫く静かに黙り込む。すぐに目を開けるが、その表情は芳しくなかった。


「――もうこの第三ターミナルにはいないようです」


 リリアンの言葉を聞いたエレオノーラが、焦燥と不安に顔を曇らせる。


「どこ行っちゃったの……!」


 ガラハッドの話を信じれば、シオンとアルバートは瀕死の状態ということだ。“帰天”を使って体を回復させたとしても、すぐにそう遠くまで動けるはずもない。

 となれば、素直に足を動かして今から周囲を探せば見つかるか――そんな判断が一行の中で採用されそうになった矢先、不意に、駐車場の入口から何者かの気配が漂った。


「誰だ?」


 セドリックが低い声を張り上げ、尋ねた。

 それに応じて、何者かが入口から入ってくる。

 気配の正体は、小奇麗な黒いスーツを身に纏った男の吸血鬼だった。吸血鬼は柔らかい物腰で一礼をして見せ、ゆっくりとリリアンたちのいる場所に近づいていく。


「騎士の皆さまですね。私はカーミラ様の遣いの者です」

「カーミラ様の?」


 リリアンが聞き返すと、吸血鬼は深く頷いた。


「いきなりで不躾となってしまいますが、シオン卿から言伝を預かっております。“一足先に地上に出る。今度こそガラハッドからステラを取り戻す”、とのことです」


 それを聞いた全員が、驚きと困惑に表情を歪めた。


「入れ違いになったか」


 そう悔しそうに呻るセドリックの隣で、レティシアが顔を顰めて舌打ちした。


「馬鹿どもが。ガラハッド相手では、もうどうにもならないことは、あの二人が一番よくわかっているだろうに」


 リリアンがアルカードに向き直る。


「伯爵。今すぐ、わたくしたちを地上へ送っていただけますでしょうか?」

「この第三ターミナルのエレベーターを使えばすぐだ。好きに使――」


 その台詞の最後は、突如として起こった爆音と振動で遮られた。


「何だ!?」

「もう街への攻撃が始まったのか!?」


 立て続けに起きる爆発音――まさか、地上からの攻撃がもう始まったのかと、空気が一気に張り詰める。

 リリアンがすぐに意識を集中させ、街の状況を読み取ろうとした。そして、困惑気味に眉根を寄せる。


「……いいえ。これは、建物内部で起こった爆発です。この第三ターミナルの上階層、及び他のターミナルビルでも、同様の事象が起ったようです」


 思いがけない出来事に、全員が吃驚と混乱の顔を見合わせた。直後、先のリリアンの台詞を裏付けるように、ターミナルビル内の灯りがすべて消え、停電状態になった。すぐに非常灯に切り替わり、薄暗い灯りが周囲を包むようになる。


 立て続けに起きる非常事態に、全員が暫く固まった。

 するとそこへ、


「閣下!」


 ターミナルビルの設備員だろうか、作業服姿の男が一人、血相を変えて駆け寄ってきた。

 男はアルカードの前に立つと、呼吸を乱したまま口を動かす。


「緊急事態です! 全てのターミナルビルが、先ほどの爆発によって機能停止してしまいました!」

「機能停止? エレベーターが使えなくなったのか?」

「それだけではありません! 地上からの送電機能もすべて停止してしまいました! 地下からの地熱発電は無事のようですが、それだけでは都市機能全体の半分ほどしか電力を補えません!」

「まずいな……。まずは空調設備の確認を急げ。あれは確か、地上からの電力にほぼ頼っていた。非常系に切り替わっていなければ、すぐに街全体が酸欠状態になる」


 アルカードの指示を受け、男はすぐにどこかへ走り去っていった。

 その姿を見送ったアルカードに、今度はリリアンが話しかける。


「エレベーターが使えなくなったということは、地上へ戻る手段が物理的になくなったということでしょうか?」

「まだ非常用階段が残っている。爆発で道が塞がれていなければ、そこから地上へ行けるは――」

「非常用階段も僕が全部潰した。もう地上に戻る手段はないよ」


 刹那、これまでにいなかった誰かの声が、薄暗い駐車場内に響き渡った。

 騎士たちが、一斉に同じ場所に視線を馳せる。

 そこには、一人の男が忽然と姿を現し、立っていた。


「パーシヴァル!?」


 騎士たちが揃って驚きの声を上げるなか、アルカードが訝しげに眉を顰める。


「何者だ?」

「聖王教会の枢機卿であり、十字軍を率いる指揮官の一人です」

「ということは、我々の敵か」


 リリアンの回答に、アルカードは鋭い犬歯を剥き出しにして敵意を露わにした。

 そんな彼を嘲笑うかのように、パーシヴァルは軽い足取りで一行に近づいていく。


「あと三十分もしないでこの街に対して一斉砲撃を始める。そうなれば、君たちもただでは済まない」


 不用心に歩み寄ってくるパーシヴァルに、レティシアが双剣を引き抜いて片方の切っ先を突きつけた。


「わざわざ煽りに来たのか? 喧嘩を売っているのなら買ってやるが」


 女騎士の静かな剣幕に、パーシヴァルは足を止めて肩を竦める。


「いや、どちらかといえば、その逆だ。安全な場所を教えてあげようと思ってね」


 そう言って、右手の指をパチンと鳴らした。

 すると、リリアンたちが立つ場所のすぐ近くの床に、何かの絵図が一瞬で刻まれた。よく見るとそれは、この街を上から見た時の全体図だった。全体図には道路や建物の場所などが大雑把に記されており、とある一箇所にだけ、不自然に大きな×の印が付けられていた。その場所は、街のスラムの一角だ。


「そこに避難すれば、空中戦艦からの砲撃にも、瓦礫にも巻き込まれないで済む。君たちご一行は、僕が一仕事終えるまで、そこで大人しくしていてほしい。王女との取引を守るためだ、よろしく頼むよ」


 一方的に調子よく話を進めるパーシヴァルだったが、それを見ていたアルカードがいよいよ怒りに身を震わせる。


「貴様ら……いったい何を目的にこんなことをする? 街一つを武力行使で破壊するなど、到底、正気の沙汰とは思えん」


 訊かれて、パーシヴァルは一瞬、深く考え込むように表情を渋くする。

 その後すぐ、


「ただの嫌がらせ、の類かな」


 言いながら苦笑して、肩を竦めた。


 刹那、アルカードが目にも止まらぬ速さでパーシヴァルに肉薄した。

 アルカードは怒りに任せた拳を突き出し、それは容易くパーシヴァルの心臓部を貫く。しかし、その一瞬後には、パーシヴァルの身体は何事もなかったかのように元通りになり、アルカードの背後に回り込んでいた。


 それにアルカードが気付き、驚きに目を剥いた直後――彼の身体は床に激しく打ち付けられた。パーシヴァルの右足が、アルカードを脳天から踏みつけたのだ。


「悪いね、あまり詳しいことは言えないんだ。これでも、わかりやすく真面目に言葉を選んだつもりだ。赦してほしい」


 アルカードの頭を踏みつけたまま、パーシヴァルが申し訳なさそうな声色で言った。


「舐めた態度を――」


 激昂したアルカードが、床に両腕を立てて力任せに立ち上がろうとする。しかし、床から体が離れた直後、アルカードの頭部が爆発した。パーシヴァルの仕業であることは自明であり、それを証明するかのように、パーシヴァルは微笑していた。


 吸血鬼であれば死んではいないだろうが、再生するにも時間はかかる。アルカードは体を痙攣させながら、無言でのた打ち回った。


 パーシヴァルはそれを一瞥すらせず、


「あ、そうだ。シオンとアルバートのことだけど――」


 踵を返して間もなく、リリアンたちに振り返る。


「今は二人とも、ダッシュで地上に向かっている。カーミラ・カルンスタインの遣いの協力を得てエレベーターで昇っていたけど、爆発をギリギリのところで回避して今は非常用階段を駆け上がっている最中だ。懲りずにまたガラハッドに挑むつもりみたいだよ。よくもまあそんな無意味なことに命を賭けられるなと、いっそ感心するね」


 他人事のように言ったパーシヴァルを見て、セドリックが鼻を鳴らした。


「ガラハッドに勝つことが目的ではない。王女を取り戻せば――」

「そもそも、ガラハッドに挑む必要もないんだよなぁ」


 パーシヴァルは、さらに小馬鹿にしたような態度になった。


「ガイウスはガリア公国との交渉を終え、戴冠式を開催するための舞台を整えた。ガイウス的には、王女を十字軍の管理下で手元に置いて保護する意味が、実はもうほとんどないんだよ」


 その言葉の真意が汲み取れず、パーシヴァル以外の全員が怪訝に眉を顰めた。


「で、何が言いてえんだぁ?」


 ヴィンセントが訊いて、パーシヴァルは悪戯を思いついたような顔で笑った。


「“王女を返せ”って、ガイウスに直接言ってみたら? 存外、今ならあっさり返してくれるかもよ?」







「この街を焼き払うというのは、本当ですか? 今の爆発も、それの一貫ですか?」


 第三ターミナルの大型エレベーターの中――憔悴した顔で、ステラは隣に立つガラハッドに訊いた。つい先ほどに起きた爆発の影響で一度止まったエレベーターが、ちょうど今、また動き出したところだ。


「どうしてそんなことを?」


 無言を肯定と捉え、ステラはさらにそう尋ねた。

 ガラハッドは、正面の無機質な扉を見たまま、口を開いた。


「都合の悪いものは消す、それだけだ」

「吸血鬼たちが教会の脅威になると考えているんですか? すでに強力な軍事力――十字軍があったとしても」

「武力だけの話なら、ここまでする必要はなかった」

「どういう意味ですか?」


 意味の分からない回答に、ステラは首を傾げた。


「答えてください。この街を消すことで、貴方たちに何の得があるんですか?」

「この街を消すこと自体に意味はない。国家元首であるオルト・アルカードの動きを鈍らせることができれば、それでいい」

「そうすることで、何が起きるんですか?」

「事を起こすのは俺たちだ。オルト・アルカードが街の復興に国のリソースを割いている間にな」

「いったい何を――」


 ステラが言いかけた時、エレベーターが停止する。

 間もなく、ガコン、という大きな音を立て、正面の二重扉が大仰に開いた。


 地上では、すでに朝日が昇りかけていた。ターミナルビルの地上部分は一面ガラス張りとなっており、空の色が黒から青に移り変わっている様子が微かに見て取れた。


 二人は、静かにエレベーターから降りた。地上は不気味なほどに静かで、人の気配などまるでなかった。


 いや――


「シオンさん……!」


 ステラとガラハッドの前に、シオンが一人、立ち塞がっていた。

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