第233話

 ガラハッドの二本の長剣が、シオンの刀と、アルバートの長剣をそれぞれ受け止める。駐車場内に甲高い金属音と衝撃波が響き渡り、床、壁、天井の至る箇所に小さな亀裂を残した。


 シオンとアルバートは、ガラハッドを挟み込むように攻撃した。近接戦を得意とする議席持ちの騎士二人だが、ガラハッドは表情を一切変えることなく、淡々と強襲する刃をいなした。激しい剣戟の音に混じるのは、シオンとアルバートの荒い息遣い――ガラハッドは呼吸をまったく乱すことなく、悉く二人を返り討ちにした。


 しかし、ガラハッドからの攻撃はいずれも二人に致命傷を負わせることはなかった。二本の長剣で弾いた際に生まれる体の重心の乱れ――その隙を付き、ガラハッドは蹴りや柄でシオンとアルバートに打撃を入れるだけだった。手を抜かれていることは、自明だった。


「こうも露骨に“殺す気はない”という戦い方をされると、さすがにプライドに傷がつくな」


 ガラハッドに横っ腹を蹴られ、床を転がったアルバートが体勢を立て直しながら言った。

 同じくその隣で刀を杖にして立ち上がろうとしていたシオンが、血の混じった唾液を吐き捨てながら同意する。


「だが、それはそれで好都合だ。あっちが本気でやらなくても、こっちは全力でやれるんだからな」


 その言葉を合図に、シオンとアルバートは“帰天”を使い、“天使化”した。

 赤い光と青い光が駐車場内を眩く照らした直後、目にも止まらぬ速さで二人はガラハッドに肉薄した。音速を越えた移動による衝撃音――それが鳴った時には、すでに二つの刃はガラハッドの胴体を挟み込むように迫っていた。


 だが、シオンとアルバートの刃は虚しくかち合った。赤い光と青い光の衝突に、駐車場全体が激しく震える。すでにガラハッドの姿はそこにはなかった。

 どこに消えたのかと、二人は驚きに目を大きく見開くが――


「シオン!」


 アルバートの声にシオンが反応した時、すでに彼の右腕は胴体から切り離され、宙を舞っていた。続けて、ガラハッドの二本目の長剣が、死角からシオンに迫る。刀で防ごうにも、それは切り飛ばされた右腕に握られたままだ。

 シオンはやむを得ず左手をガラハッドに向けて広げる。直後、ガラハッドの長剣の切っ先が、シオンの左掌を深々と貫いた。そのままシオンの左手は血飛沫を上げながら鍔まで到達する。

 そして、シオンはガラハッドの長剣を左手でがっちりと握り込んだ。それから間髪入れず、再生した右腕を引き、ガラハッドに打ち込もうと拳を突き出す。


 しかし、ガラハッドのもう一本の長剣がシオンの首元を貫く方が速かった。首元の神経を分断され、シオンの身体は糸を切られた人形のように力を失う。

 ガラハッドは、シオンの首元に長剣を貫いたまま、それを床に刺し込んで固定した。


 “天使化”した騎士であっても、脳と体を繋ぐ首元の神経を剣によって分断されては、欠損した手足を再生したところで体を動かすことができない。こうなってしまっては、いかに“帰天”を使える騎士であっても、自力ではどうにもできない状況だ。


 刹那、アルバートがガラハッドの背後から強襲する。すかさず、ガラハッドが残ったもう一本の長剣を盾に、アルバートの攻撃を防いだ。


 その一撃は、ガラハッドの長剣を彼の手から弾き飛ばした。

 これで、ガラハッドには身を護るための武器がなくなった。好機と、アルバートは追撃の一太刀を振り被る。


 転瞬、ガラハッドは、未だに宙を舞うシオンの右腕から、刀を奪い取った。

 辛くも僅差で、アルバートの一撃は刀によって受け止められてしまう。


 アルバートが悔しさに表情を歪めた僅かな隙――ガラハッドのつま先が、アルバートの顎下にクリーンヒットする。この時の脳の揺れが、アルバートの“天使化”を強制的に解除させてしまった。

 さらに、ガラハッドはアルバートの側頭部に回し蹴りを一発見舞う。アルバートの身体は、駐車場に停めてあった一台の車に頭から衝突した。アルバートの身体は、数秒、拉げた車に張り付き、その後音を立てて床に落ちた。


 アルバートがダメージのせいでそこから動けない状態になると、ガラハッドは今度、床に磔にされたままのシオンに近づいた。


 シオンは歯を食いしばり、弱々しい力で“天使化”を維持していた。

 だが、


「お前たちの負けだ」


 ガラハッドがシオンの首元から長剣を引き抜くと――最後の力を絞るように傷を再生させたのち、“天使化”は解除された。


 シオンとアルバートは、文字通り死なない程度にまで痛めつけられ、もはや立ち上がることすらままならなかった。


 そうして駐車場が静かになり、ガラハッドが一人踵を返す。

 その後ろで、アルバートが長剣を杖に立ち上がった。


「ガラハッド卿……!」

「ひとつ、教えておく」


 アルバートが声をかけると、不意にガラハッドがそう口を開いた。


「ガイウスはこの都市を日の出と共に沈めるつもりだ。命が惜しければ、お前たちも早くここを出ろ」


 シオンとアルバートは動かない体のまま、驚愕の表情になる。


「まさか、街の天井を破壊するつもりですか!? そんなことをすれば、この街の吸血鬼たちは――」

「日に焼かれて死ぬだろうな。もっとも、瓦礫に埋もれて人間や亜人も死ぬことになるだろうが」

「何のためにそんなことを――」

「巻き込まれてお前たちに死なれると、王女が言うことを聞かなくなる。最悪、戴冠式への出席を放棄される事態もあるだろう。だが、俺たちが直接お前たちに救いの手を差し伸べることもしたくはない。王女のことは諦めて、いったんここからの脱出に専念しろ」


 ガラハッドはそう助言を言い残し、歩みを再開した。

 そこへ、


「ガラハッド!」


 シオンが、震える足で立ち上がり、呼び止めた。


「ガイウスは、俺を殺したがっていたんじゃないのか? 少なくとも、ラグナ・ロイウで俺がランスロットたちと交戦した時までは、あいつは俺の死に拘っていたはずだ。それが、どうして、興ざめしたように無関心になった?」

「一番の理由は王女との取引だ。お前を含めた騎士たちの命と身分を引き換えに、王女は自ら我々に協力することを選んだ」

「そんなことは知っている! だが、それだけが理由とは思えない! どうして急に、そんな簡単に俺の命を諦めたんだ!」

「あの男の優先順位の話だ。俺も詳しくは知らない」


 ガラハッドの声色は、訊かれても困る、という感じだった。

 意外な答えに、シオンは困惑気味に眉根を寄せる。


「優先順位……?」

「そもそもとして、あいつが弟子であるお前を裏切り、執拗に追い詰めたのは、“お前を見ることで思い出す顔”に意趣返しをしたかったからだ」

「……“リディア”のことか? なんでガイウスは“リディア”を――」

「平たく言えば、“それ”よりも遥かに強い憎しみを募らせる相手が他にいる、それだけだ」

「……誰の事だ?」


 呆然と質問したシオンだったが、ガラハッドは答えなかった。


「ガラハッド卿!」


 次に、アルバートが声を張り上げる。


「何故、我々にそのようなことを教えるのですか?」

「アルバート。何故、ヒトは争うと思う?」


 唐突な質問に、アルバートは眉間に皺を寄せる。


「昔、お前が俺の弟子だった時に問いかけた質問だ」


 かつての師が、当時を彷彿させるような口調でそう言った。アルバートは意識をはっきりさせ、それから、口を動かした。


「――奪うためと、護るため」


 ガラハッドは次に、シオンを見た。


「シオン」


 突然話の向き先が変わり、今度はシオンが呆ける。


「この一連の争いは、お前たちがどう足掻いても、“ガイウスの勝ち”にしかならない」

「だからって――」

「十字軍が勝とうが、騎士団が勝とうが――ログレスが勝とうが、ガリアが勝とうが、その結末だけは覆らない」


 “ガイウスの勝ち”――その言葉と、その後に続いたガラハッドの言葉に、シオンとアルバートは揃って怪訝になった。誰が勝っても“ガイウスの勝ち”にしかならない――二人は、まるで何かのなぞかけをされたように、固まった。


「だから俺たち四騎士は、ガイウスにオッズを貼り、賭けることにした。お前が王女にやったようにな」


 暗に、諦めろと、諭すようなガラハッドの口調だった。

 しかし、


「そう言われたところで、素直に諦めると思うか?」


 シオンは刀を拾い、再度“天使化”した。

 アルバートも同様に長剣を構え、“天使化”したのち、ガラハッドに対峙する。


「――残念だ」


 ガラハッドは軽く目を瞑ったあと、そう呟いた。


 そして、彼もまた“帰天”を使い、“天使化”する。


 ガラハッドの頭上に現れたのは、二重になった茨の光輪――それ自体は、“天使化”状態の騎士から発せられる異常な電磁波によって磁場と電場が乱れ、騎士の頭上に収束した光子と大気中の塵が刺々しい輪を模ったものだ。

 本来的にその輪は一つしか現れないのだが、ガラハッドの“天使化”は違った。

 あまりにも特異かつ強力な電磁波が発せられるがため、彼の光輪は歪に重なった二重の光輪となっているのだ。


 かつて最強の騎士と謳われた男が、その姿を今まさに顕現し、シオンとアルバートに再び剣の切っ先を向けた。

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