第228話

「ここもあまり長くはもたなさそうだ。スラムにも市警隊が入りこんでいる」


 街中で起きた騒動から逃れるため、スラムの廃屋に身を潜めたシオンたち――しかし、すでに市警隊はスラムにも捜査の手を伸ばしている状況だった。割れたガラス窓を覗き込みながら、レティシアが舌打ちをしてそう言った。


「だったら、何があったのかさっさと話してくれよ。あの騒ぎ、いったい何だったんだぁ?」


 同じく窓の外を警戒するヴィンセントが口を尖らせた。さもお前たちのせいで迷惑を被っていると言わんばかりの態度に、レティシアがこめかみに力を入れる。

 アルバートは、そんなレティシアを宥めた後で、一同に向き直った。


「“開国計画”を推し進めている連中の仕業だ。奴らは国家元首のオルト・アルカードを暗殺し、このダキア公国の実権を握ろうとしている」


 アルバートの回答に、シオンが小首を傾げた。


「“開国計画”? この国、別に今も鎖国はしていないだろ。今も多少なりの外交をしているらしいし、特定の宗教に入信していなければ、一般人も入国はできると聞いているが」

「奴らの言う開国とは、宗教を認めることだ。つまりこの大陸においては、聖王教会の受け入れを意味している」


 やけに限定的な意味合いだと、リリアンも頭に疑問符を浮かべた。


「何故、そのようなことを?」

「単純に時世の流れらしい。近年は鉄道技術の発達に伴い、国民が諸外国に出る機会も増えた。海外から出戻りして刺激を受けた国民が徐々に数を増やし、閉鎖的なこの国の体制に不満が持たれるようになった。国全体が宗教に係わることを禁止しているせいで、思うように諸外国との交流ができないことに、世論が動き始めているとのことだ。この大陸のほとんどの国が国教に聖王教を定めているからな」


 今度はエレオノーラが訝しげになる。


「諸外国に出る機会も増えたって……吸血鬼たちがそんな簡単に海外に出られるの? 日光の問題とかあるはずだけど」

「海外に出たのは主に人間や亜人たちの話だ」


 シオンが、少しだけ気付きを得たようにハッとする。


「なら、その開国計画というのを推し進めているのは、反吸血鬼の思想を持つ人間や亜人なのか? カルンスタイン家領地で、そういう反体制派の人間や亜人たちの暴動を見た」

「それが、そんな単純な話でもないらしい」

「というのは?」

「シオンが今言った通り、反体制派の人間や亜人たちが開国計画を主導しているのは間違いではない。だが、その後援に一部の貴族も係わっているというのが実情だ」


 ヴィンセントが眉根を寄せ、声を上げた。


「貴族が? 宗教を認めたら、特権階級にいる貴族の立場が悪くならねえか? 教会が介入しやすくなんぜ。貴族――もとい吸血鬼たちは、教会が嫌いだから宗教を禁止しているってことらしいが?」

「後援者となっている貴族たちは、開国計画に便乗し、オルト・アルカードの失脚を目論んでいる。それと、今ヴィンセントが言ったように、このまま開国を推し進めてしまえば貴族にはデメリットしかない。そこで奴らは、開国に伴う教会勢力介入の防止を口実に、貴族の権力をさらに強めることを企んでいる。だが、そう言っている一方で――」

「一方で?」

「奴らは、その教会勢力――教皇庁、及び十字軍の力を借りていることがわかった」


 宗教を認め、他国からの影響度が強くなれば、この地で特権階級として存在する貴族たちの優位性が脅かされる。そればかりか、教会勢力をこの国に呼び込みやすくなるため、貴族による支配体制すらも危ぶまれることだろう。支配体制維持のために貴族の立場を今以上に強め、教会勢力を牽制する――ここまでは理解できるが、そのために、その教会勢力である教皇庁と十字軍の力を借りるとは、聞いただけではただの矛盾でしかなかった。


 シオン、エレオノーラ、リリアン、ヴィンセントが揃って呆けた顔になるが――すぐに、リリアンが何かに気付いたように意識を呼び戻した。


「もしや、ヴァン・ジョルジェという貴族の老人が係わっていた件でしょうか? オルト・アルカードと会話した際に、その老人が十字軍の力を借りて謀反を起こす計画をしていたと、聞き及んでいます」


 それにはセドリックが頷いた。


「そうだ。そして、今アルバートが話した内容は、ヴァン・ジョルジェの孫娘と、その婚約者から聞かされたものだ。ちなみに二人とも吸血鬼だ」


 次にヴィンセントが口を開く。


「そいつらは何でお前らにそんなこと話したんだぁ?」

「その二人から、オルト・アルカード暗殺の実行役に誘われた。ステラ王女の居場所を交換条件にな。だが、教皇庁と十字軍を後ろ盾にしている以上、立場的に俺たちは敵だ。そんな奴らに手を貸すわけにはいかない。そこで俺たちは、その場にいた吸血鬼たち全員を相手取り、王女の居場所を力づくで吐かせる方針に切り替えた。だが……」

「だが?」

「奴ら、協力が得られないというのなら、俺たちをオルト・アルカード暗殺の実行犯に仕立て上げると脅してきた。そんなことになれば、いよいよ俺たちはこの国で活動することができなくなる」

「で、実際、そうなっちまったと」


 アルバートが頷いた。


「だが同時に、チャンスでもあると考えた。オルト・アルカードの暗殺計画を事前に本人に知らせることができれば、彼からの信用を再び取り戻せることができるのではとな」


 シオンは合点がいったように小さく息を吐いた。


「なるほど。それで、アンタらはオルト・アルカードのところに向かって行ったわけか。しかし、間に合わなかったと」

「不甲斐ない話だ。敵に、いいように振り回されてしまっている」


 アルバートの話を聞き終わり、ヴィンセントが、何だかなぁ、と難しい顔になる。


「その吸血鬼たち、なりふり構ってない感じだなぁ。仮にアルバートたちが首を縦に振っていたら、今度は教皇庁との関係が悪化したんじゃないのかぁ? 教皇が直々に姫様を匿っているのに、その居場所を勝手に俺らに伝えたら、それこそガラハッドに皆殺しにされそうなもんだけどな」

「もしかすると、教皇庁との内通者であったヴァン・ジョルジェの素性がオルト・アルカードにバレて消されたことで、焦っていたのかもしれないな」


 シオンの見解にはアルバートも同意した。


「それもあるだろう。だが、そんな二枚舌を使ってまでオルト・アルカードの失脚を目論むのには、それだけではない並々ならぬ執念を感じた。言葉の端々にどこか私怨染みたものがあったからな。以上が、この騒動が起きた経緯だ」


 一区切りついたところで、すかさずエレオノーラが口を開く。


「それで、結局アタシたちはこれからどうするの? 何だかもう、ステラを探すなんて悠長なこと言っていられない感じがするけど」


 もはや、この街全体が敵となってしまっている状況だ。エレオノーラの言葉に、全員が、確かに、と無言で同意する。

 次に、リリアンが動いた。


「まずは、次の二つについて行動しましょう。一つは、オルト・アルカードの安否確認です。先の爆発で彼が本当に暗殺されたのか、その事実確認をしておくべきでしょう。もう一つは、この街からの脱出経路の確保です。この地下都市から出るには、各所にある巨大な支柱――ターミナルビルを利用する必要があります。ですが、恐らくすでに検問が設置されている状況でしょう。そこを突破し、地上へ戻る手段を考えなければなりません」


 レティシアが眉間に深い皺を残してリリアンを見遣った。


「前者はともかく、後者は何も妙案が思い浮かばないな。何かいい案あるか?」

「三貴族の一人、カーミラ・カルンスタインの力を借りましょう。アルバート様たちがオルト・アルカードと交渉中、わたくしたちは彼女からの信頼と恩義を得ることができました。彼女と連絡を取り、どうにかここから脱出する手引きを得たいところです」


 なるほど、とレティシアが納得する。

 次に、シオンがリリアンに訊いた。


「ステラはどうする?」

「オルト・アルカードの安否確認ののち、作戦継続可否を判断いたします。もし彼が生きていれば、味方に付けることでステラ様の捜索を続けることができるかもしれません。すでに暗殺されていた場合は、この街での捜索は仕切り直しです」

「それしかないか」


 リリアンが、シオンとアルバートを正面に見据える。


「チームを二つに分けます。アルバート様、シオン様。お二人は、オルト・アルカードの安否確認に向かってください。すでに死亡していた場合は、速やかにわたくしに合流願います」

「生きていた場合は?」

「オルト・アルカードに我々の身の潔白を証明したのち、彼から引き続きステラ様捜索の協力を得られないかを打診願います。了承いただけた場合は、そのまま氏の護衛に付き、わたくしにご連絡を。了承いただけなかった場合は、氏との交渉を放棄し、わたくしに合流願います」


 シオンとアルバートが頷くのを確認し、リリアンは残りのメンバーに向き直る。


「残りの方々は、わたくしと共に脱出経路の確保にご協力いただきます。エレオノーラ様はシオン様と主従契約を結んでおられますが、今回は緊急度が高いものとして、特例的にわたくしが主人代行を務めさせていただきます。シオン様、エレオノーラ様、よろしいですね?」


 始めから拒否権はないと、リリアンは強い口調で言った。

 シオンは始めからそう言われると理解した顔で、エレオノーラはどこか不安げな面持ちで、それぞれ頷いた。


「ああ」

「ちゃ、ちゃんとアタシのこと守ってよ、リリアン!?」


 方針が固まったところで、各々が次の準備に取り掛かった。

 その中で、


「ところでリリアン、君にはどうやって連絡を付ければいい?」


 不意にアルバートがリリアンに質問した。


「常時周辺の音を探知いたしますので、わたくしの名前を大声で叫んでいただければこちらから接触いたします」

「大丈夫か? 常にアンテナを張っているとなると、身体に相当な負荷がかかるのでは?」

「状況が状況です。致し方ありません」


 仕事熱心だなと、アルバートは最後に揶揄うように言った。

 そして、


「それでは皆様、参りましょうか」


 リリアンの一声を合図に、シオンたちは廃屋から駆け出した。

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