第224話
シオンたちが案内されたのは、都市中央部にあるアルカードの官邸だった。そこのとある会議室で待たされてすでに一時間が経過し――ソファに座り続けているのもそろそろ飽きてきたという頃に、ふと扉が開かれた。
入ってきたのは、アルカードだ。市警の隊員を二人引き連れ、少しだけ疲れた様子で上座のソファに腰を掛けた。
「さて――」
短い溜め息のあとで足を組み、シオンたちを軽く見渡す。
「早速だが、諸君がこの国に来た目的を話してもらおうか。先に言っておくが、お仲間と思しき騎士たちはもうここにはいない。俺に叱られて、どこかへ行ってしまったよ」
妙に淡々とした口調でそう言った。
リリアンが、シオン、ヴィンセントと視線で会話をする。今更自分たちの真の目的を隠しても意味がないことを無言の中で確認し、その後、徐に口を開いた。
「我々はこの国に匿われているログレス王国の王女――ステラ様の身柄を保護するために赴きました。その査証というわけではございませんが、カーミラ・カルンスタイン様より書状を預かっております。閣下と何かあった場合にはこれをお渡しするようにと」
リリアンの言葉を合図にシオンが自身の懐に手を入れると、市警の隊員が即座に反応した。しかし、アルカードが軽く手を挙げ、すぐにその殺気を治めさせる。
シオンは、無駄に警戒されないよう、ゆっくりと書状を取り出した。
隊員の一人がそれを受け取り、アルカードへ手渡す。
アルカードは雑に封を切り、斜め読みを始めた。
「確かに、これはカーミラの筆跡だ」
それから十秒ほど沈黙し、書状の文章に目を走らせる。
鼻を鳴らしたあとで、書状から視線を外した。
「なるほど。予想通り、教会の内ゲバが原因か。あのアルバート・クラウスとかいう議席持ちの騎士も回りくどいことをせず、正直に言えばよかったものを」
小馬鹿にした様子で言うアルカードに、シオンが顔を顰めた。
「アルバートたちに何をした?」
「さっき言った通りだ。俺を騙していたことに対して懲らしめたら、どこかへ逃げた。もっとも、“天使化”で反撃を受けて俺も一時死にかけたがな」
冗談めかしてアルカードが肩を竦めた。
リリアンが少しだけ顔色を悪くして、姿勢を正した。
「その節はご迷惑をおかけしました」
「まあいいさ。本人たちに頭を下げてもらえれば、その件はどうとでも許してやる。問題は――」
そこまで言って、アルカードは表情を改めた。すっ、とその赤い双眸が細められ、冷たい気迫が宿る。
「教会のいざこざを俺の国に持ち込んでくれた落とし前を、どうつけてくれるかだ」
その語気には、明確な敵意が含まれていた。
吸血鬼の長から放たれる強烈なプレッシャーに、室内の空気が一気に張り詰める。
そんな緊張を、ヴィンセントが破った。
「閣下、誤解がないよう、最初に言わせてくれぃ。少なくとも俺たちは閣下と敵対するつもりは一切ない。王女を保護次第、すぐにでもこの国から出ていくつもりなんで」
「当然だ。そうしてもらわないと困る。だからこそ、どう決着を付けるつもりでいるのかを訊いている。この街は広い。恐らく、王女はまだこの街にいるはずだ。だが、見つけて終わりではないのだろう。歴代最強の騎士と謳われた男、ガラハッド・ペリノアが護衛に付いていると聞くが?」
何故、ガラハッドの事まで知っているのか――シオンたちはその疑問を同時に抱いた。
リリアンが怪訝に訊く。
「何故、それをご存じで? わたくしたちが彼と交戦した現場をご覧になっていたのでしょうか?」
「こいつから聞き出した」
アルカードが合図すると、会議室の扉が乱暴に開かれた。
そこから入ってきたのは、市警隊員に両脇、両腕を拘束された、老齢の吸血鬼だった。口内の歯はすべて抜き取られ、身体の至る所に殴られた痕がある。拷問を受けた後であることは、誰の目から見ても明らかだった。
「ヴァン・ジョルジェ――ほんの少し前まで俺の優秀な右腕だったが、その実、とんだ蝙蝠野郎だった。こいつが内通者となって、教会とやり取りをしていたらしい」
アルカードが、落ちた羽虫を見るような視線でジョルジェを見遣る。
「閣下……どうか、ご慈悲を……」
ジョルジェが、蚊の鳴くような声量で命乞いをした。
しかし、アルカードはそれを無視してシオンたちに向き直った。
「どうやら、教会――いや、正確には教皇庁か。あいつらは、ただ王女をこの国に匿うためだけに潜伏しているようではないみたいだ」
シオンが眉間に皺を寄せる。
「どういう意味だ?」
「王女を匿うことに加え、この国の“ある地点”――そこを教会に明け渡すことを条件に、十字軍なる武装勢力の軍事力をそこのクズに貸すつもりだったらしい」
「“ある地点”?」
「何てことはない、ただの広大な平野だ。南の海のすぐ近く――ヴァーニィの領地の一部だな。何を目的に占領するつもりなのかまでは、こいつも知らなかったようだが」
言って、アルカードは再度ジョルジェに視線を戻した。それから徐にソファから立ち上がり、ジョルジェの前に立つ。
「さて、ジョルジェ。海外勢力――あまつさえ教会の力を借りて俺に謀反を起こそうなどと、よくもまあ馬鹿なことを考えたものだ」
しゃがみ、ジョルジェの顔を覗き込んで小さく笑う。吸血鬼特有の鋭利な犬歯が、室内の照明に照らされて不気味に光った。
「か、閣下……どうか、ご慈悲を……」
「俺に慈悲を求められてもな。せっかくだ、神にでも祈ったらどうだ。お前の命はあと数秒の予定だが、もしかすると助かるかもしれないぞ」
「か、閣下! おまちくださ――」
ジョルジェの目が絶望に見開かれた瞬間、アルカードの右足がサーベルの如く蹴り上げられた。ジョルジェの身体は心臓から頭部にかけ、左右に両断されるように穿たれた。
突然の惨劇に、エレオノーラが顔を背けて小さな悲鳴を上げる。
そんな些事には構わず、アルカードは再度上座のソファに腰を下ろした。
「さて、諸君。落とし前の付け方について何も妙案が思い浮かばないというのであれば、俺から提案がある」
突然の話に、シオンたちは揃って訝しんだ。
「俺が関知していないところで教会勢力が好き勝手していることは、どうにも許せない。諸君然り、お仲間然り、教皇庁の連中然り、だ。そこでだ、王女の捜索に俺も手を貸そう。ただし、まずはアルバート・クラウスたちをここに呼び戻せ。そして、俺に謝罪させろ。それが然るべき筋というものだ。ガラハッド・ペリノアからどう王女を奪還するかは、その後でゆっくりと考えようじゃないか」
不意な支援の提言に、シオンたちは一瞬固まる。
リリアンが口を開き、その沈黙を破った。
「つまり――閣下としては、一刻も早く我々をこの国から追い出したい。わたくしたちに協力いただけるのは、あくまで早期解決を図って、ということですね?」
「そうだ。さっさと用事を済ませて帰ってくれ」
アルカードは短い溜め息を吐いたあと、ソファから勢いよく立ち上がった。
「話は以上だ。そうと決まれば、さっさとお仲間を探しに行け。俺の目が届かないところで、くれぐれも面倒事は起こすなよ」
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