第三章 宵闇の動乱

第222話

 地下都市ランヴァニアには、地上のターミナルビルから降下して入ることになる。全長三百メートルは超えるだろう長大かつ巨大なエレベーターが地下の都市部に向かって無数に伸びており、それを利用するのだ。太古に建てられた方尖柱を彷彿とさせるそのビジュアルはまさに圧巻の一言で、文字通り、この地下街を覆う鋼の空を支える大黒柱にもなっていた。


「しっかし、とんでもない街だなぁ。電気代とかどうやりくりしてんだろうなぁ」


 降下中、エレベーターの窓から覗いたその景色に、シオンたちは終始圧倒された。日が昇ることのない街であるにもかかわらず、街の景観は非常に煌びやかで、派手だった。中世期頃の古風な街並みでありつつ、至る所にネオンの発光が眩く点在しているのだ。


 テーマパークさながらの絵に描いたような歓楽街――先のヴィンセントの発言も、街に降り立ち、実際にそれを目の当たりにしてのことだった。


「大都市が丸ごと地下に存在するとはな。話に聞いてはいたが、実際目にするとさすがに驚いた。人通りも思っていた以上に多い」


 地下のターミナルビルの入り口付近にて、目の前で忙しなく行き交う人々を見ながら、シオンが言った。

 その隣のエレオノーラが、息を呑んだ様子で頷いた。


「何か、地下にあること以外は、普通な大都市って感じだね。“太陽のない街”なんて呼ばれているから、どれだけ陰気な場所なんだろうって思ったけど……」


 この光景を目にするまで、てっきり彼女は、ゾンビのような住民が行き交っている場所だと想像していたらしい。移動中何度も、嫌だな嫌だなと、愚痴のようにシオンたちに不満を漏らしていたのだ。


「見た限りでは、貴族と庶民の関係も良好のようです。身分制度がある国とは思えないほどに」


 リリアンが街のとある一角を見て、ぽつりと言った。

 そこにはオープンテラスのレストランがあり、華やかな衣装に身を包んだ男女の吸血鬼――貴族が、赤いワインの入ったグラスを軽快に鳴らしていた。そのすぐ隣のテーブルでは、人間の男二人とライカンスロープの女二人、さらに貴族の男を一人交え、賑やかに食事を楽しんでいる。


 どこを見渡しても、カーミラたちの領地よりも貴族と庶民の距離が近いような光景が見受けられた。


「カーミラたちの領土では吸血鬼と庶民が衝突していたが――確かにここは、同じ国とは思えないほどに穏やかで、種族間の関係が良さそうに見える」

「まあ、あっちはヴァーニィ家とのいざこざもあったからなぁ。カーミラ様んとこも、今後はこんな感じで平和になるんじゃねえかぁ?」


 シオンとヴィンセントがそんな会話をしていた傍らで、不意にエレオノーラはリリアンを見遣った。


「それはそれとして――これからどうするの? ステラを探すにしても、この街にいるってこと以外の手掛かりはないんだよね? この街、滅茶苦茶広いよ」

「まずはアルバート様たちと合流します。恐らく、彼らもこの街にいると思われますので」


 シオンもリリアンに向き直った。


「俺たちが入国して二日後の夕刊に、議席持ちの騎士たちが特使として派遣されたことが書かれていたんだったか」

「はい。わたくしたちがヴァーニィ家と交戦している間に、アルバート様たちはこの街に案内され、会談を進めていたようです」


 ヴィンセントが怪訝に眉を顰める。


「今日でこの国に入って十一日目だよな。あいつら、まだこの街にいるのかぁ? 会談なんて、もうとっくに終わってるんじゃねえの?」

「すでに去っているのであれば、その情報も何かしら報道されているものと思われます。カーミラ様の話では、騎士がこの国に来たという件は、国民から非常に強い関心を寄せているようですから」


 芳しくない表情で、エレオノーラが身体の前で両腕を組む。


「でも、結局合流するにはアルバートたちの居場所を知っていないと駄目だよね? 怪しまれないように不要な接触を避けるため、あっちと連絡取る手段も敢えて持ってないんでしょ?」

「アルバート様たちとの接触が必要となった場合は、わたくしたちの方からコンタクトを取る手はずになっております」

「だから、それをどうやって?」

「こういう時は、ヒトが多く集まる場所で情報収集をするに限ります」


 ノープランであるとのリリアンの回答に、ヴィンセントががっくりと肩を落とした。


「行き当たりばったりじゃねえか。しかも、聞き込みなんてしたら、逆に怪しまれねえか?」


 呆れた顔で言うヴィンセントだったが――それを否定したのはシオンだった。


「多分、やり過ぎなければ大丈夫だろう。さっきリリアンが言っていたカーミラの話では、今ここでのあいつらは国民から注目されている存在だ。物珍しさに騎士がどこにいるのか訊いても、ただの噂好きくらいにしか思われないんじゃないか」


 うーん、まあ、と、ヴィンセントが納得半分で押し黙る。

 エレオノーラが息を吐きながら、軽く上を仰いだ。


「ヒトの集まる場所か……。なんか、こんな歓楽街だと、ヒトが集まる場所しかなさそうで、どこに行けばいいか逆に決められないね」

「会談と言えば、高級ホテルだろ。俺らの宿探しも兼ねて、まずはどっか適当なところに入ろうぜ」


 ヴィンセントのその提案に、リリアンも同意した。


「わたくしも賛成です。ホテルに入れば、わたくしの探知能力でアルバート様たちがいるかどうかを確認できます。あわよくば、その過程でステラ様も見つけることができるかもしれません」


 確かに、と、エレオノーラが表情を明るくして軽く指を鳴らす。


「ここに来たときはどうなることかと思ったけど、なんだか幸先良さそうだね」


 そうして一行は手頃なタクシーを見つけて乗り込み、宿泊先を探すことにした。







「――やはり、俺の知らないところで教会関係者が潜り込んでいたか。よりにもよって教皇と枢機卿、果ては、あのログレス王国の王女までこの街にいるという話じゃないか」


 貴公子――この言葉を忠実に体現したかのような美貌を、その青年は持ち合わせていた。オルト・アルカード――ダキア公国を治める、若き君主だ。ウェーブのかかった黒い長髪の隙間から覗く真紅の双眸が、不快そうに細められ、晩餐室のある一点が捉えられる。


「お前たちの本当の目的は、“これ”なんだろう? 時間稼ぎが露骨すぎたな。だらだらと何日も会談を長引かせ過ぎだ。よくもまあ、この俺を出し抜くようなことをしてくれた」


 手の書類を放り投げ、アルカードは漆黒のスーツの着崩れを軽く両手で整えたあと、歩き出した。床に散乱した飲食物や、食器、椅子、テーブルの破片を優雅な所作で避けながら、“蹲る三人の騎士”の前に立つ。


「さて、議席持ちの騎士諸君。この落とし前、どうつけてくれようか」


 アルバート、レティシア、セドリックを見下ろし、嫌悪に歪めた口から二本の鋭い犬歯を覗かせた。


 アルバートが、“帰天”を発動させる。

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