第209話
ヴァーニィが退席したあと、シオンたちは彼の手下に促され、半強制的にレストランを出た。雑に返却された手荷物を受け取り、今はエレベーターの到着を待っている。
「これからどうする?」
「出ていけって言われちまったが、大人しく言うことをきくわけにもいかんしなぁ」
シオンとヴィンセントがそんな会話をしている間に、エレベーターの扉が開いた。四人が乗り込むと、かごが地上へ向かって昇降路の中を緩やかに上がっていった。
シオンたちの他に、乗客はいない。
「カーミラ・カルンスタインと、ローランド・デクスターもこの建物の中にいるようです」
不意にリリアンが呟いた。どうやら、ヴァーニィとの話が終わってからずっと施設内の電波を読み取り、この建物の様子を調べていたようだ。
ヴィンセントが、頼りなさそうに顔を顰める。
「だからどうしたってんだぁ?」
「二人を救出してみるのはいかがでしょうか?」
「なんでまた?」
「カーミラ・カルンスタインを我々の協力者として引き込みたいです」
リリアンの提案に、ヴィンセントはますます胡乱げになった。
「協力者になってくれたところで役に立つんか? 三貴族とはいえ、あの豚にあっさり拉致られちまったんだぞ? そもそもの話、何でカーミラはあの豚野郎に取っ掴まってたんだよ? 婚約者なんだろ?」
「そういった諸々の疑問を解消するためにも、カーミラ・カルンスタインの協力は必要不可欠であると思料いたします」
次に、シオンが口を開いた。
「さっさとヘンリー・ヴァーニィを締め上げてステラの居場所を聞き出すのはどうだ? この面子ならいけるだろ」
「よい案ですが、それをやるにしても、まずはカーミラ・カルンスタインの救出が先です。何の後ろ盾もなく、この国で三貴族と真っ向から衝突するのは得策ではありません。些細な荒事であれば、楽に揉み消せる力を持つ権力者が欲しいというのが本意であります」
「ならいっそ、カーミラ・カルンスタインの救出を口実に、ヘンリー・ヴァーニィを叩くのは? 拷問なり何なりしてステラの居場所を吐かせ、救出したカーミラに事後処理を頼めば一石二鳥だ」
「仰る通り、それが一番効率がよさそうですね。わたくしもその案に賛同いたします」
過激なことを口走る二人を前に、ヴィンセントとエレオノーラは揃って苦虫を嚙み潰したような顔になった。
「ちょいとばかりプランが脳筋すぎやしませんかねぇ……」
「リリアンって大人しそうなタイプだと思ったんだけど、ポーカーフェイスのままとんでもないこと言い出すね……」
シオンとリリアンの作戦を採決に、四人は早速行動に移した。
まずは地上へ向かって昇っていたエレベーターを適当な階に止める。止まったのは地下三階だった。三階はフロア丸ごとがカジノになっており、先ほどのレストラン同様、多くの吸血鬼でごった返していた。
「ちょうどよいです。カーミラ・カルンスタインたちは、このフロアの奥に軟禁されています」
リリアンが、カジノのとある扉を見つめながら言った。そこには黒服姿の屈強な吸血鬼が二人立っており、いかにも厳重に入退場を制限しているようだった。
シオンたちは、すたすたと真っすぐにその扉へ向かった。黒服たちはすぐにそれに気付き、掌を見せるようにして制止を促した。
「お待ちを。ここから先は一般人の立ち入――」
刹那、シオンとヴィンセントが、黒服の顎下をアッパーで殴りつけた。黒服たちはそのまま意識を失い、ずるりと壁に背を預けながら倒れる。幸い、扉の位置が人目から死角になっていたおかげで、客や他のスタッフには気付かれないで済んだ。
その隙に、シオンたちは扉の奥へと進んだ。
扉の先には、カジノの煌びやかな内装とは打って変わり、無機質な廊下が延びていた。蛍光灯に照らされた、何の装飾もされていない真っ白な空間だった。
「カーミラたちはどこにいる?」
「恐らくこちらです」
リリアンの探知能力を頼りに、四人は廊下を早足で進んだ。
途中、吸血鬼の黒服たちと何度か出くわしたが、議席持ちの騎士三人と魔術師一人の前では大した障害にもならず、文字通り蹴散らすことで事なきを得た。
迷路のように入り組んだ廊下を三分ほど進んだ先の扉の前で、リリアンが足を止めた。
「ここです」
シオンが扉に手をかけたが、ドアノブは回らなかった。かなり固い鍵がかけられているようだ。
「退いて。アタシが開ける」
エレオノーラが名乗り出て、彼女は手早く懐から印章の刻まれた紙を一枚取り出した。それを鍵の周辺に貼り付け、魔術を使った。微かな青い光と共に、扉と壁の間でカチカチと小さな音が鳴る。鍵のシリンダーが外されているのだろう。
「これで開くはず」
エレオノーラが言って、シオンは改めてドアノブを掴んだ。
シオンは一度、リリアンたちの方を見遣る。リリアンが、いつでも行けると頷いた。
そして、シオンは扉を勢いよく開けた。
部屋の中は、無機質な廊下とは打って変わり、やけに豪奢な作りだった。高級ホテルのラウンジを彷彿とさせるような、しっかりとした造りだ。
カーミラとローランドは、部屋の中央にあるソファに座っていた。二人の他に、ヒトの気配は感じられない。
「貴方たちは……」
「お二人を助けに参りました」
弱々しい声で言ったローランドに、リリアンが答えた。
カーミラが怪訝な顔で立ち上がる。
「ここに来るまでに貴族の警備が何人もいたはずだ。それを突破してここに来たということは、やはり、普通の人間ではなかったか。ヴァーニィの言う通り、君たちは騎士だな?」
カーミラもすでにシオンたちの正体に気付いていた。だが、むしろ面倒な説明をする手間が省けたと、双方、割り切った表情をしている。
「はい。正体を隠して御身に接触したこと、先にお詫び申し上げます」
リリアンが軽く頭を下げて謝罪するも、カーミラはあっけらかんとしていた。
「いや、今となっては別にいいさ。むしろ好都合だ。私たちを助けに来てくれたのだろう? それが聖王教会の騎士であれば、心強い」
「恐縮です。その代わりと言っては何ですが、ひとつ条件がございます」
「なんだ?」
「我々がこの国に訪れた理由は、とある国の要人を探すためです。御身を救出した暁には、是非ともその件についてご協力いただきたく」
「そういうことか。まあ、いいだろう。ここから助け出してくれるのであれば、安いくらいだ。ちなみに、君たちが探している要人というのは、ログレス王国の王女のことか?」
カーミラの言葉に、シオンたちは驚愕した。
「知っているのか?」
「ああ。私たち三貴族の間で、一時期結構な話題になった。そんな大物がこの国に来るなんて、ここ何十年となかったからな」
「今どこにいる?」
「すまないが、そこまでは私も知らない。だが、心当たりはある。ここから助け出してくれたら、協力することを約束しよう」
そうして互いの利害が一致した時、不意にリリアンが周囲を気にし始めた。何かを察知したようだ。
「話の続きはここを出てからにしましょう。そろそろ気付かれそうです」
一同はすぐに部屋から出た。
シオンたちはカーミラの案内で、裏口の扉に近い非常用階段を使って地上へ出ることにした。
「ねえ、カーミラ様。あのヴァーニィって男は、どうして貴女たちを連れ去ったの?」
鉄骨が剥き出しの無骨な階段を駆け上がっていた時、ふとエレオノーラがカーミラに話しかけた。
「さあな。おおかた、私がいつまでも結婚を承諾しないことに痺れを切らしたのだろう。あいつの目的は、三貴族が持つ権力の掌握だ。私と結婚できないなら、監禁なり何なりして、カルンスタイン家の実権を無理やりにでも奪うつもりだったのかもしれない。もしかすると、君たちの存在も利用する腹積りなのかもな」
カーミラの見解を聞いたヴィンセントが、辟易した様子で息を吐いた。
「騎士の密入国をカーミラ様が手引きしたって感じかぁ? 三貴族の当主が騎士団を外患誘致した、なんてことを吹聴されたら、お互い堪ったもんじゃねえなぁ」
そんなやり取りをしている間に、シオンたちは地下一階にまでたどり着いた。そこはフロア全体が大きなエントランスになっており、ヴァーニィの趣味なのか、古城のようなシックな装いだった。中世時代の甲冑や槍、剣といった美術品が、壁の至る所に飾られている。カーミラによれば、ここから裏口の駐車場へと抜けられるそうだ。
シオンたちは早速、駐車場へと続く方へ足を向けた。
そんな時だった。エントランスの正面扉が、突き破られるかの如く、勢いよく開かれたのは。
「まったく、騎士っていうのは、やっぱり不遜で傲慢な生き物だな。こんな凶行に走るとは、愚かにもほどがある」
扉から出てきたのは、怒りで顔を小刻みに痙攣させたヴァーニィだった。その周りには、白スーツの双子を含め、十人は超える手下を従えている。
ヴァーニィは豚のような鼻息を吐きながら、カーミラを睨んだ。
「カーミラ、君もいったい何をしている? 三貴族の当主ともあろうものが、騎士と結託しているなんて」
「そういうお前こそ何様のつもりだ、ヴァーニィ? 私の城で好き勝手したばかりか、何の断りもなくカルンスタイン家の領地にこんな娯楽施設まで作っていたとはな」
ヴァーニィが悪びれた様子もなく鼻を鳴らした。
「僕は君の夫になる男だ。妻の所有物くらい、好きに使わせてくれよ」
「話にならんな、この肉団子が」
カーミラが悪態をつき、ヴァーニィに向かって一歩足を踏み出した。またいつぞやのように、蹴り飛ばすつもりなのだろう。
だが――
「カーミラ!」
突然、カーミラがその場で蹲った。顔を酷く歪ませ、胸を両手で強く押さえ付けている。
その傍らに、慌ててローランドが付いた。ローランドは懐から何かの薬を取り出した後、急いでカーミラに飲ませた。
その光景を見たヴァーニィが、愉快そうに笑った。
「知っているよ、カーミラ。君、人間の血を全然飲んでいないそうじゃないか。そのせいで大分体が弱っているって。今飲んだ薬も治療するための物ではなく、ただ症状を和らげるための頓服薬だろ? まったく、馬鹿なことをする」
カーミラが、怒りと軽蔑を孕んだ双眸でヴァーニィを睨んだ。
直後、ヴァーニィの部下たちが横に広がり、一斉に拳銃を構えた。
「さあ、無駄な抵抗はよして、大人しくまた部屋に戻ってもらおうか。騎士の諸君も、今ならまだ許してあげよう」
すでに勝ちを確信した顔でヴァーニィが言った。手下たちも同様の反応で――双子に至っては、すでに興味を失ったように欠伸をしている有様だ。
そんな状況の中、リリアンが静かに前に出る。
「シオン様、ヴィンセント様、エレオノーラ様。カーミラ様たちを連れて裏口の駐車場からお逃げください。ここの吸血鬼たちは、わたくしが片付けます」
淡々と、あたかもそれが当然であるかのように言い放ったリリアン――途端、ヴァーニィの顔が、再び憤怒で歪んだ。
「片付ける? 片付けるだって? しかも僕らのことを吸血鬼と言ったね!? 人間風情が、貴族である僕たちに向かって随分と舐めた口をきいてくれたな!」
どうやら、先のリリアンの発言で自尊心を酷く傷つけられたらしい。顔を真っ赤に染め上げ、子供が駄々をこねるように鼻息を荒くした。
「ここはリリアンに任せて、俺たちは先にここを出るぞ」
その隙に、シオンが裏口の駐車場へと続く扉に一同を率いて駆け出した。
ヴァーニィが双子を見遣る。
「ソドム、ゴモラ! お前たちはカーミラを追え! 残りはこの世間知らずのクソガキだ! 痛い目を見せてやれ!」
ヴァーニィの叫びを合図に、手下たちが一斉に拳銃の引き金を引いた。
容赦なく放たれる弾丸――そのすべてが、正確にリリアンを捉えていた。
しかし――
「……なるほど。騎士が化け物と言われる理由は、よーくわかった」
そのどれもがリリアンに到達することなく、空中で静止した。リリアンが発した電磁気力の障壁によって、彼女へ到達する一メートル手前の場所で止まっている。暫く虚しい回転音を出したあとで、羽虫が力尽きるようにパラパラと落ちていった。
リリアンが、挑発するように首を少し傾け、手招きをして見せる。
「――ぶっ殺せ!」
吸血鬼たちがリリアンへ襲い掛かった。
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