第二章 血の国より
第199話
日没からすでに十時間は過ぎていた。今は午前二時を回ったところで、この国でなければ、駅構内はすでに当日の業務を終了し、閑散とした状態になるはずの時刻だ。
しかし、ここは違った。薄暗い照明を頼りに、大勢の人間と少しばかりの亜人が構内に大きな奔流を作り出していた。その賑わいは、冬の終わりの夜風をサウナのような熱気に変えるほどであった。
「捧げ銃!」
五番のプラットフォームに、女の悲鳴のようなブレーキ音を上げて汽車が停まった。先の号令は、それに伴って発せられたものだ。
赤を差し色にした黒い軍服姿の男たちが、とある車両の出入り口に隊列を成して立ち並んでいる。車両の搭乗口が空いた瞬間、その全員が、手の小銃を身体の正面に高く掲げた。
車両から降りたアルバートは、整然と並ぶ武装した吸血鬼たちを見て、表情を引き締めた。軍帽の下にあるのは、蝋のように青白い顔と、鮮血のような赤い瞳だ。恐らく、その全員の唇を剥いた先には、肉食獣よりも鋭い牙が並んでいるのだろう。
後に続いて降りたレティシアとセドリックも、プラットフォームに漂う血生臭い緊張感に、警戒心を最大限に引き上げた。
「ようこそ、ダキア公国へ。騎士の皆さまのご来訪、心より歓迎いたします」
そう言って三人の前に立った燕尾服姿の初老の男は、慇懃無礼に深々と一礼をして見せた。この男の肌もまた青白く、目は不気味に赤かった。
「わたくし、今宵の案内役を務めさせていただきます、ヴァン・ジョルジェと申します。どうか、お見知り置きを」
アルバートたちは騎士の正装である白の戦闘衣装――そのケープマントのフードを取り、素顔を露わにした。吸血鬼たちの視線が、一斉に集まる。
「聖王騎士団議席Ⅶ番、アルバート・クラウスです」
「同じくⅤ番、レティシア・ヴィリエ」
「Ⅵ番、セドリック・ウォーカーだ」
三人がそれぞれ名乗り、初老の吸血鬼――ジョルジェは満足そうに微笑んだ。唇の微かな隙間から覗いたのは、その老いた容姿には似合わない、鋭い二本の犬歯だった。
「夜分遅く、汽車に揺られての長旅、さぞお疲れのことでしょう。しかし誠に勝手ながら、我が主――オルト・アルカードが皆様を歓待するべく、ささやかながら宴の用意をしております。どうか、ご出席のほど、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、我々のような教会関係者に入国の許可を出して頂けたこと、大変感謝しております。そのお気遣い、有難く承る所存です」
アルバートが表情を変えずに快諾すると、ジョルジェは不敵な笑みを見せながら再度腰を深々と折った。
「恐縮でございます。お車をご用意しておりますので、どうぞ、わたくしの後に続いてくださいませ。ご案内いたします」
ジョルジェが歩き出し、アルバートたちはその後ろに付いた。そうして三人は、駅の外へと続く、両脇を吸血鬼たちで固められた道を進んだ。
「ああ、大事なことをお伝えし忘れておりました」
不意に、ジョルジェが足を止めて振り返った。
「ご存じかと思いますが、この国には人間でも亜人でもないヒトの種族が存在しております。その種族は他のヒト族の血を生の糧とするため、無知なる者どもから吸血鬼などという卑俗な呼ばれ方をされることがあります。が、決して本人らを前にその呼び名を使わぬよう、ご配慮のほどよろしくお願いいたします。貴族――そうお呼びください」
ジョルジェから向けられた鋭い視線を受け、アルバートは小さく頷いた。
「ええ、承知しております」
その返答に、ジョルジェを始めとし、周りの吸血鬼たちがどこか優越感に浸ったような目の輝きを見せた。
それに気付いたレティシアが、癪に障ると露骨に口元を歪める。
「仮にこいつら全員と今ここでやり合うことになった場合、私たち三人に勝算はあると思うか?」
愚痴をこぼすかのように、そんな物騒なことをアルバートとセドリックに小声で訊いた。
セドリックは肩を竦め、鼻を鳴らす。
「どうだろうな。一人ひとりが一般騎士と同等の強さだったとすれば、なかなか厳しい。数が多すぎる。まあ、アルバートが“帰天”を使えることを考慮すれば、そうでもないかもしれないが」
「いずれにせよ、我々も無事では済まないでしょう。まして、夜は彼らの真価が発揮される時間帯です。荒事は避けるよう、慎重にことを進めましょう」
誡めるように言ったアルバートに、レティシアはつまらんと言わんばかりに舌打ちをした。その後で、何かに気付いたようにハッと顔を上げる。
「そういえば、リリアンたちはどうなった?」
「給水のために停車したふたつ前の駅でコンテナごと降ろした。今頃は俺たちとは別ルートで国内を回っているはずだ」
セドリックの説明にアルバートが頷く。
「あちらはシオンたちに任せましょう。私たちは正面から――騎士団としてこの国の政府関係者に探りを入れるアプローチでステラ王女を捜索します。今回の訪問、建前上は教会とダキア公国の関係回復を目的にしています。相手の捉え方次第では、私たちの行いは不誠実なものと認識されてしまう。くれぐれも言動、行動には細心の注意を」
そんな小声のやり取りが、果たして吸血鬼たちの耳に入っていたのかどうか――駅舎を出て正面に付けられた送迎用の高級車の扉が開けられた際、ジョルジェは冷ややかな視線を三人の騎士に向けていた。
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