第一章 辺獄の黒騎士

第192話

 ガラハッドとの戦闘が終わり、今日でちょうど一週間だった。

 グリンシュタット共和国首都ゼーレベルグ――大統領府内にある大統領専用執務室の空気は、まるで牢獄内のように張り詰めていた。


 執務室中央の机には、大統領であるマティアス・フォーゲルが座っている。しかし、その表情は青ざめており、体は酷い悪寒を覚えているように小さく震えていた。


 そんな彼を取り囲むのは、三人の騎士である。


 フォーゲルの背後左右にはアルバートとユリウスが立ち、正面の机にはヴィンセントが大胆不敵に腰を掛けていた。

 アルバートたちは、フォーゲルを見下ろすように睨みつけた。


「んで、何で俺らを嵌めるようなことをしたんですかねぇ、大統領さん? 教皇も会談に出席するなんて、事前に知らされていなかったけど? 俺ら騎士団と教皇の仲が悪いってことを知っていて今回の話を俺に持ち掛けてきたってんなら、相当悪趣味だぜぇ」


 ヴィンセントが自身の拳銃をフォーゲルに突きつけた。


「は、嵌めるだなんてとんでもない! 貴方たち騎士団と教皇猊下の関係が悪化していることは認識していた! だが、まさかこれほどまでとは思っていなかった! それに――」

「それに?」

「猊下がここに来たのは会談の日の前日だった。急な来訪だった。私たちも当初は猊下を招くことを予定していなかったが、無下にすることもできず……」


 仕方がなかったんだと、フォーゲルは心底申し訳なさそうに肩を落とした。そこに一国を治める大統領の威厳は微塵もなく、三人の騎士に取り囲まれ、完全に畏縮してしまっていた。


 そんな姿を哀れに思ったのか、アルバートが憐憫の眼差しで溜め息を吐いた。


「大陸四大国の大統領といえど、教皇の前にはなすすべなく屈してしまうか……」


 ユリウスが舌打ちをした。


「ところで、なんでてめぇは王女をここに呼びつけたんだ? 教皇の来訪が急な話だったってんなら、始めから戴冠式の話をするために会談を開いたわけじゃねえだろ。しかも議席持ちのヴィンセントを連絡係にしてまで。会談の主導権を教皇に奪われていなけりゃ、王女や招待した小国のリーダーたちに何を話すつもりだった?」


 ユリウスに訊かれ、フォーゲルが口を開く。


「対ガリアの共同戦線の構築、及びそれに備えたログレス王国の主権回復への協力――ステラ王女が女王になるための援助の申し入れが主たる目的だった。あとは……」

「なに急に躊躇ってんだよ。さっきも言ったよな? 妙な気を起こしたら、この国の軍事基地で亜人を使った非人道的な人体実験が行われていたこと、大陸中に広めてやるって」

「わ、わかっている! その、貴方たち騎士には、少しばかり言い辛いことなのだ」

「言い辛い?」

「私の最終目標は、この国の完全な政教分離だ。対ガリアの施策も、ログレス王国との関係強化も、それに向けた準備に過ぎない。ステラ王女と各国のリーダーたちには、この計画に乗っていただきたいと打診するつもりでいた」


 ユリウスが煙草に火を点けながら眉根を寄せた。


「政教分離……つまり、グリンシュタットの政治に教会を係わらせないようにするってことか? それがさっきの二つとどう関連する?」

「グリンシュタットは大陸四大国の一角を担っているが、軍事面ではまだまだガリア公国に後れを取っている状態だ。今は教会の管理下にあるおかげで軍事的な侵略を受けずに済んでいるが、あの野心的な国がこのまま大人しくしているとは到底思えない。事実、二年ほど前に起きたガリアの亜人弾圧事件――教会があのような凶行を黙認したという事例もある以上、現状に甘えて呑気に胡坐をかいているわけにもいかないのだ」

「つまり、今は何となく教会が大陸を支配しているおかげで自国は侵略を受けずに済んでいるが、最近はそれも怪しくなってきた。だからこれを機に教会支配からの脱却を目指し、自立した国力を身に付けようと。そこにログレス王国やいくつかの小国も巻き込み、対ガリア公国への防衛力を強化する目論見だった。こういうことか?」


 ユリウスの整理を聞いて、フォーゲルは深く頷いた。


「ああ。だがまだこの構想は、私も含めて数人の政府関係者しか知らされていない。当然だが、教会に対しても水面下で検討を進めていることだった」


 ヴィンセントが、ふぅむ、といいながら自身の顎を軽く擦った。


「もしかすると、教皇はそのことに勘付いていた可能性もあるなぁ。直接この国に赴いたのは、ステラ王女の件とは別に、牽制の意味合いもあったかもねぇ。だとすれば、大統領さんには同情するよ」

「教皇も地獄耳だな。まあ、その数人の政府関係者の中に教会へリークした裏切り者がいるって考えるのが自然だろうが。意外に人望ねえのか、アンタ?」


 ユリウスの問いかけに、フォーゲルはそのまま言葉を詰まらせて黙り込んだ。

 それには構わず、今度はアルバートが口を開いた。


「しかし、少しばかり時期尚早では? 背景は納得できますが、何も今、この混沌とした大陸情勢のタイミングで動き出すことはないでしょう」

「政治が動き出す時はいつだって遅く、早すぎることはない。まして、グリンシュタットは大陸同盟締結に向けた立役者から、大陸四大国の中で唯一除外されてしまっている。もしこのまま大陸同盟が締結されてしまえば、我が国の立場は不本意ながら成り行きで弱くなってしまう。大国としての立場を誇示するためには、確固たる国力と存在感が必要なのだ」


 意気消沈といった顔で、フォーゲルは懺悔するかの如くそう言った。

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