第188話

「末席脳筋トリオが! 死んで後悔するな!」


 レティシアが怒号を上げ、双剣を手に駆け出した。

 ヴィンセントが二丁拳銃の銃口をレティシアへ向ける。


「そんなカリカリしなさんな。そろそろ血圧が気になってくる年頃だろ、レティシア?」

「昔からお前のチャラチャラした振る舞いにはうんざりしていたところだ! ここでボコボコにしてやる!」


 疾風の如く、レティシアがヴィンセントへと肉薄する。双剣の刃が風を斬り裂きながら、ヴィンセントの胴体へと迫った。


「まったく、脳筋はどっちだか。顔に小皺が増えるぜぇ、オバサン」


 直後、ヴィンセントが拳銃の引き金を引いた。銃火が迸るが――それは従来の拳銃のそれとは大きく異なっていた。まるで電線がショートを起こしたかのような激しい光が起き、目が眩むほどであった。


 銃口から放たれた弾丸は、音速を遥かに超える驚異的な速度でレティシアを襲った。

 ヴィンセントの拳銃は火薬を利用したものではなく、魔術による電磁気力の操作によって弾丸を射出する構造だ。かつてシオンが戦ったガリア公国の准将――ガストン・ギルマンがシオンを瀕死の重傷に追い込んだ時に使ったレールガンと同じ原理である。そこから放たれる弾丸の速度は狙撃用のライフル弾すらも凌駕し、通常の弾丸であれば目視で避けることができる騎士の動体視力を以てしても視認できないほどだ。


 レティシアは弾丸を双剣で弾き飛ばすが、すぐにまた追撃の弾丸が放たれた。堪らず、レティシアは体を捻り、ヴィンセントから距離を取る。

 レティシアは、ヴィンセントの視線と指の動き、銃口の向きで弾丸の軌道を予測して躱していたが、その常軌を逸脱した弾速に圧倒されていた。弾丸を弾いた双剣も悉く折られ、両者の間でくるくると宙に舞う。


「頂くぜぇ!」


 刹那、ヴィンセントが、折れた双剣の刃に自身の拳銃を打ち付けた。すると、空になった弾倉に、瞬く間に新たな銃弾が埋め込まれた。魔術によって、刃の金属から新たな銃弾を生成したのだ。


 その時に生まれた微かな隙に――レティシアが再度ヴィンセントへ突撃した。地面に双剣の柄を擦りつけ、双剣に新たな刃を生成する。


「死ね!」


 レティシアが、気迫の籠った一声と共に目にも止まらぬ速さで双剣を×の字に振り下ろす。だが、またもやヴィンセントの連射によって間合を離された。そして再び双剣が折られ、弾丸の肥やしにされてしまう。


「相性いいみたいだなぁ、俺たちぃ!」

「ほざけ!」


 ヴィンセントが揶揄って、レティシアは額に青筋を浮かばせた。

 両者の戦いは、時間をかければかけるほどに一方的なものとなっていった。弾丸を避けるために激しく動き回る必要のあるレティシアに対し、ヴィンセントはほぼその場から動いていない。レティシアが双剣で弾丸を防ぐたびに新たな弾丸の材料をヴィンセントに提供することになり――互いの戦闘スタイルの組み合わせが、まるでじゃんけんのような相性ゲームとなり、レティシアを劣勢にしていた。


 次第にレティシアは息を切らすようになり、ついに弾丸を捌ききれず、肩に一発撃ち込まれてしまう。


 レティシアが苦悶の表情を浮かべて後ろに大きくよろけた時、ヴィンセントがここぞとばかりに駆け出した。

 そして、レティシアの首に足を引っかけ、そのまま仰向けに押し倒す。胸元に乗って身動きを封じた上で、銃口を額に突きつけた。


「ほい、俺の勝ちー」


 レティシアが、自身の胸の上で勝ち誇るヴィンセントを睨みつけた。


「貴様……!」

「おっとぉ、暴れんなよ。ま、お互い目指すところは一緒なんだ。このまま仲良りといこうや」


 へらへらと笑うヴィンセントに、精一杯の抵抗とばかりにレティシアが唾を吐きかけた。







「待て! メイリン、話を聞け!」


 セドリックが後ろに大きく飛び退きながら言った。直後、先ほどまで彼が立っていた場所から激しい土煙の柱が上がる。

 メイリンの踵落としが、手榴弾の如く地面を穿ったのだ。


「難しい話は嫌いだ! このままお前たちをボコボコにして黙らせた方が早い!」


 セドリックの制止も聞かず、メイリンはうきうきとした表情で拳と蹴りを何度も繰り出した。


「後悔するなよ!」


 それまで紙一重の所で攻撃を躱していたセドリックだが、ついに堪忍袋の緒が切れ、大剣を振り被る。

 そして、肉薄してきたメイリンに向かって、力の限り振り下ろした。


「うおおおっ!?」


 しかし、メイリンはそれを真剣白刃取りの要領で受け止める。転瞬、メイリンはその小柄な体をドリルの如く勢いよく回転させ、大剣ごとセドリックを地面に叩きつけた。


「調子に、乗るな!」


 すぐさま立ち上がったセドリックが、大剣を手放してメイリンに拳を突き出す。それに合わせて、メイリンも拳を真正面から打ち付けた。

 その体格差は大人と子供どころか、巨人と小人である。


「そういえば、お前とは腕相撲の決着、まだついてなかったな! この喧嘩に勝った方を勝ち越しにしよう!」


 拳同士を打ち付けた状態で力比べをしている時にメイリンが言って、


「勝手にしろ!」


 セドリックが呆れた様子で叫んだ。


 直後、二人は同時に後ろに飛び退いて距離を取る。


「この、怪力娘が!」


 セドリックは大剣を再び手に取り、地面を斬りつけた。

 大剣が叩きつけられた箇所から延びたのは、大蛇のように蠢き走る岩の棘だった。岩の棘は凄まじい速さでメイリンへと迫り、彼女の小柄な体を飲み込もうとするが――


「そんな小細工、ウチには効かんぞ!」


 メイリンが地を蹴り、上に高く飛んだ。そのまま右腕を振り被り、落下の勢いに合わせて拳を地面に叩きつける。

 爆弾が破裂したような轟音と振動が起き、岩の棘が一瞬にして吹き飛ばされた。

 同時に立ち込めるのは激しい土煙――突如として、メイリンがその中から姿を現し、セドリックの太い腕に絡みついた。


「腕取ったぞ!」


 そして、メイリンは全身を使ってセドリックの腕を力任せに折ろうとする。セドリックは咄嗟に無抵抗になり、地へ伏した。


「ま、待て! メイリン! 参った!」


 その上に、メイリンが乗る。


「何だ、つまらん!」







「レティシアとセドリックは負けた! それでもまだ続ける気か!?」


 互いに“天使化”した状態で戦うシオンとアルバート――赤い光と青い光の衝突によって生み出される轟音の狭間にて、シオンが叫んだ。


 しかし、アルバートは一切耳を貸さなかった。

 こうなれば、どちらかが動かなくなるまで戦うしかない。


 シオンの刀とアルバートの長剣がかち合うたびに、周囲に強烈な衝撃波が生まれた。赤と青の軌跡が、戦場と化した大公園を荒々しく彩る。


 攻めの戦いに特化したシオンと、守りの戦いに特化したアルバートの勝負は、図らずとも互いの長所を打ち消し合い、想像以上に長引いた。


 わが身を顧みない勢いで強襲するシオンの猛攻を、アルバートが堅実な剣捌きで確実にいなす――人智を越えた速度で繰り広げられる二人の騎士の戦いでは、そんな応酬が繰り広げられていた。


 そして、結末は突然に訪れた。


 シオンが放った渾身の横一閃、それをアルバートはいなし切れず、長剣を弾き飛ばされてしまった。アルバートの身体も後ろに大きく吹き飛び、背中を地面に激しく打ち付けてしまう。


 そこへすかさずシオンが急襲した。

 仰向けに倒れたアルバートの胸を足の裏で踏みつけ、刀を地面に突き刺す。刀の刃はアルバートの顔のすぐ横を走り――アルバートは驚きに目を見開いた。


「……初めてアンタに勝った」


 息を切らしながら、シオン自身も信じられないといった様子で静かに言った。

 そして――


「……これ以上足掻くのは、自分たちの品位を無駄に下げるだけか」


 ついにアルバートは観念し、“天使化”を解いた。

 それを確認したシオンもまた“天使化”を解き、アルバートの上から退いた。


「もうこれ以上、俺たちで争う必要はない。むしろ今は、お互いに協力するべきだ」


 シオンは、そう言ってアルバートに手を差し伸べた。

 アルバートはそれに一瞬戸惑い、視線をシオンから外す。


「……思うところは、未だに多々ある。だがそれでも、事の優先順位を鑑みれば、君の言う通りなのかもしれないな」


 だが、大きな深呼吸を一つした後で、すぐにシオンの手を取った。

 アルバートが立ち上がったところで、レティシアとセドリックも解放される。

 直後、レティシアがアルバートへ詰め寄った。


「アルバート、貴様正気か! 私たちが相手にしようとしているのは、あのガイウス・ヴァレンタインだぞ! まして奴は今、騎士団以上の軍事力を持つ十字軍なるものを率いている! そんな切迫した事態だと言うのに、こんないい加減な奴らに状況打開の鍵を握られてたまるものか!」


 怒号混じりに喚くレティシアを見ながら、ヴィンセントが小さく鼻を鳴らした。


「いい加減もなにも、そのシオンとステラ王女こそが鍵そのものなんだって」

「そんなことはわかっている! だから余計な場所へふらつかず、我々の管理下に大人しく入れと言っているんだ!」


 レティシアの主張を聞いて、今度はメイリンが前に出た。


「レティシア、総長が言っていたぞ! 騎士団は図体がデカすぎて動くと目立つ! 教皇庁に睨まれている以上、下手に動けばまた大陸中に余計な敵を作ってしまう! だから身軽なシオンたちに任せた方がいいってな!」


 レティシアは露骨に顔を歪めた。


「メイリン、貴様はいちいち声がでかくてうるさい! 黙ってろ!」

「レティシア、お前も相当だ。少し落ち着け」


 完全に頭に血を昇らせていたレティシアを宥めたのはセドリックだ。レティシアはセドリックに肩を掴まれ、悔しそうに歯噛みする。

 そうやって少し静かになったところで、今度はアルバートが口を開いた。


「正直に言えば、私の考えは今もレティシア卿の意見に寄っている。だがシオンの言う通り、騎士団がまとまらない状態で立ち向かえるほど、教皇は甘い相手ではない。それに――」


 アルバートはシオンの周辺を見渡した。そこには、ユリウス、プリシラ、ヴィンセント、メイリンが立っていた。


「いつの間にか、私たちよりもシオンの方が多くの味方を付けたようだ。これ以上何か言っても、異端的に排除されるのは私たちの方だ」


 アルバートが、レティシアとセドリックの方を振り返る。


「レティシア卿、セドリック卿、ここは我々が引きましょう」


 アルバートの提言に、セドリックは力なく笑った。


「この一件の主導権はお前に預けている。お前がそう言うのなら、俺はこれ以上何も言わん。レティシア、お前は?」


 レティシアは依然として納得していない顔をしていたが、


「どいつもこいつも……」


 小さく悪態を吐いたあとは、それきり大人しくなった。レティシアも、一定の理解はしてくれたようだった。


 議席Ⅴ番、Ⅵ番、Ⅶ番との敵対関係がここでようやく解消され、シオンたちの間に安堵の空気が流れる。

 そこへ――


「――さて、これで本当の本当に騎士団分裂戦争が終結したところで、さっさと本題に入らせてもらいましょうかねぇ」


 ヴィンセントがそう切り出した。

 シオンが眉根を寄せる。


「本題?」

「シオン、ステラ王女は俺が手配した通りもう大統領と会ってんだろ? ガリアからログレスを取り戻すための援助要請、うまくいきそうか?」

「わからない。今は大統領府にいるとは思うが、俺たちが騒ぎを起こしたせいでどうなったかは――」


 そんな時だった。

 突如として、快晴の空に不穏な轟音が鳴り響く。


 シオンたち全員が同時に空を見上げたその瞬間、彼らに巨大な影が覆いかぶさった。

 それは――


「“セラフィム”!? どうしてここに!?」


 空中戦艦“セラフィム”が、今まさにシオンたちの上空を通り過ぎようとしていたのである。


「空中戦艦は今、騎士団の権限で動かすことができない。諸々の権利はすべて十字軍に移管されたはずだ」

「ということは――」


 アルバートとシオンがそんなやり取りをしていた時、ふと大統領府の方からこちらに向かって駆け寄ってくる人影があった。

 それは、エレオノーラだった。


「シオン!」


 エレオノーラは今にも泣き出しそうな表情で、シオンを見つけるなり、まるで救いを求めるかの如く彼の胸に飛び込んだ。


「エレオノーラ? お前、ステラのところに行っていたんじゃ――」

「ステラが教皇に連れていかれた!」


 エレオノーラの口から放たれた衝撃の一言に、その場の全員が驚きに固まる。

 シオンはエレオノーラの両肩を掴んだ。


「どういうことだ!?」

「大統領府には実は教皇もいて、イグナーツ卿とリリアンっていう女騎士がステラを守ろうとしたんだけど、でも、二人ともやられちゃって――」


 見ると、エレオノーラの身体には負傷者を抱き上げたような血痕がいくつも付いていた。それはあたかも彼女の言葉を裏付けているかのようで、シオンたちを無意識に戦慄させた。


 何故なら、あの議席Ⅱ番にして副総長であるイグナーツと、その補佐である議席Ⅲ番のリリアンを同時に相手取り、打ち倒す者がいるということだからだ。


 咄嗟にシオンの脳裏に浮かんだのは教皇――ガイウスだったが、あの男であってもイグナーツとリリアンを同時に相手取るのはやや無謀だ。ましてガイウスの性格上、そんなリスクを負ってまで自ら戦うとは考えにくい。


 となれば、いったい誰が――


 そう思った矢先のことだった。


 不意に、周囲の空気が張り詰める。

 原因は、アルバートたちが一斉に警戒心と殺気を最大限にまで引き上げたからだ。


 シオンはその理由を明らかにするため、彼らの視線の先を追う。

 そこには、一人の男が立っていた。


「ガラハッド・ペリノア……!」

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