幕間 お前、いい奴だな!

第181話

 本来であれば、昨日の二十一時には首都ゼーレベルグに到着していたはずだった。


「ついてないですね。落石で一時通行止めなんて」


 ステラたちを乗せた首都行きの汽車は、あと数駅というところで足止めを食らうことになった。どうやら線路上に落石があったらしく、その撤去に一晩費やすことになったと駅員から臨時のアナウンスがあった。おかげで汽車は最寄りの小さな田舎の駅に停車し、ステラたちを含めた乗客は車両の中で一夜を過ごすことになった。


 そうして時刻は午前七時を回り、寒気の中で朝日が眩く大地を照らした頃だ。


 ステラとエレオノーラは、駅のホームにあった売店で、皆の朝食を品定めしているところだった。売店では、サンドイッチやホットドッグ、さらにはアイスクリーム、果ては食材や雑貨まで幅広い商品が売られていた。


「もうすぐ動くみたいだし、いいんじゃない? それに、思いがけずこんな品揃えのいい売店にも出会えたんだし」


 エレオノーラがワインのボトルを手に取りながら言った。


「そうですね、特別急いでいるわけでもないですし。ところで、エレオノーラさんはどれ食べます? シオンさんたち、サンドイッチとホットドッグ、どっち食べたいと思いますか?」


 ステラがそう訊いた時、ちょうどエレオノーラはワインを一本買ったところだった。


「好きなの選んで。アタシはアンタが買ったやつ適当に食べるから。シオンたちも何買っても文句は言わないでしょ」


 それだけを言い残して、ご機嫌な様子で車両の中へと戻っていった。どうやら、いいワインを偶然見つけ、衝動買いしたようだった。

 そんなエレオノーラの背中を、ステラが呆れた顔で見遣る。


「……こんな朝っぱらから、お酒飲まないでくださいよ」


 苦言をぼそりと言い残して、ステラは改めて売店の方へ向き直った。それからステラは、適当にサンドイッチとホットドッグを人数分、セットで買った。

 代金を払って商品の入った紙袋を受け取り、これで用は済んだが――ふと、アイスクリームが並べられているショーケースが目に留まる。


 ステラは生唾を飲み込んだ。


「……エレオノーラさんもお酒買ってたし、私もたまにはこれくらい」


 そして、二段重ねのアイスを追加で購入した。朝から甘いものを買う贅沢に若干の背徳感を覚えつつ、ステラは目を輝かせた。店員からアイスを受け取り、今すぐにでもかぶりつきたい思いを抑えながら、まずは車両の中へ戻ることにした。


 温まった車両の中でアイスを食べる数秒後の自身の姿を想像すると、ステラは顔のニヤつきを止められなかった。


 と、そんな時――


「……な、なんですか?」


 踵を返した視線の先に、小さな人影がポツンと立っていた。


 ステラの目の前にいるのは、一人の少女だ。身長はステラよりも頭一つ分小さく、十二歳前後に見える。艶のある黒く長い直毛の髪をサイドで一本にまとめているのが特徴的だった。服装もこの大陸ではあまり見かけないもので、体のラインがはっきりとわかる、横に深いスリットの入った衣装だ。恐らくは、大陸の遥か東に存在する、セリカという大国の民族衣装を基にした服だろう。昔、学校で世界史の勉強をした時にこんな感じの服を見たことがあると、ステラは思い出した。


 その少女は、妙な表情でステラをじっと見ていた。目と眉は凛々しくキリっとしているが、口は間抜けに半開きの状態である。そこから覗く八重歯がチャーミングで、何かのマスコットのような愛嬌があった。


 両者は数秒そのまま固まっていたが、


「うまそうだな、それ!」


 突然、少女が声を出した。

 ステラは驚きつつ、少女がアイスのことを言っているのだと、理解する。


 そして、少女はまた無言になり――アイスからじっと視線を離さなかった。

 その圧に、ステラは堪らず根負けしてしまう。


「……た、食べます?」


 思わず、アイスを差し出してしまった。


「いいのか!?」


 少女が、妙な顔のまま確認してくる。

 ステラが黙って頷くと、


「お前、いい奴だな!」


 少女はアイスを受け取り――文字通り、一瞬のうちに食べてしまった。小柄な身体からは想像もできない早食いに、ステラは終始目を丸くさせた。


「うまかった!」

「そ、それはよかったです……」


 少女がアイスを食べ終えると、ステラはそれからじわじわと後悔の念に駆られた。欲しいとも言われていないのにどうして譲ってしまったのだろうと、遅れてやってきた虚無感に落胆してしまう。

 そんな思いに苛まれながら、ステラはとぼとぼとシオンたちのいる車両へと歩みを進めようとした。

 だが、不意に少女がステラの腕を掴んできた。


「お礼だ! ウチもお前に買ってやる!」

「……え?」


 呆けるステラに構わず、少女はぐいぐいと売店の方へ引っ張っていった。おおよそ、このような小さな女の子から発せられるとは思えない力に、ステラは焦ってたたらを踏む。


「い、いや、それだと私があげた意味が――」

「遠慮するな! こう見えてお金はたくさんある!」


 抵抗する間もなく、ステラは少女に連れられて、再度売店の前に立った。


「おっちゃん! ここにあるアイス全部くれ!」


 そして、少女はがま口財布からお金を出し、元気よく店員にオーダーを出した。

 店員が慣れた手つきでコーンの上に次々とアイスを積み重ねていき――どうやってバランスを保っているのか、最終的に十三段重ねのアイスが出来上がった。


 少女は店員からアイスを受け取ると、すかさずステラに差し出した。


「食べろ!」

「ど、どうも……」


 ステラが勢いに流されるままアイスを受け取ると、少女は、例の何とも言えない顔のまま、うんうんと満足そうに頷いた。


 こんなに大量のアイス、果たして食べきることができるのだろうかとステラが困惑していた時――


「メイリンさん!」


 駅の改札の方から、そんな女性の声が、少女に向かってかけられた。

 声の起こった方を見ると、小奇麗な白いロングコートに身を包んだ女性が一人、長いブロンドヘアを靡かせながら小走りで近づいていた。歳はそれなりに重ねているようで四十歳前後のように見えるが、顔立ちはかなり整っており、“大人な美人”という表現がそのまま当てはまった。


 女性は少女――メイリンの傍らに立つと、胸に手を当てながら肩で息をした。


「ひ、一人で勝手に移動しないでください……! 離れてもらっては困ります……!」

「悪かった、姐さん!」


 女性はメイリンに“姐さん”と呼ばれたが、どう見ても姉妹には見えなかった。

 ステラがそのことに若干訝しがっていると、


「その、“あねさん”って呼ぶのもいい加減やめてくれませんか……」

「本当の名前を言えないから仕方がない、姐さん!」

「いや、だから――もう、いいです……」


 メイリンと“姐さん”はそんなやり取りをして、最後は“姐さん”が諦める形で終わった。

 不意に、“姐さん”がステラの事を申し訳なさそうな顔で見る。


「あの、このかたが何かご迷惑をおかけしませんでした?」


 姉妹ではないが、どうやらこの“姐さん”がメイリンの保護者的な立場にいるようだと、ステラは察した。

 ステラは手に持ったアイスを軽く掲げながら苦笑する。


「あ、いえ。むしろ、何かご馳走になっちゃって……」


 するとメイリンが少し胸を張って、得意げになった。


「溶ける前に食べるんだぞ!」

「は、はあ……」


 そして、メイリンと“姐さん”は一礼したあとでステラのもとを離れ、駅の改札の方へと姿を消した。


「何だったんだろ……」


 突然の嵐のような出来事――しかしその疑問は解決することはないだろうと、ステラは困惑を胸中に残ししつつ、車両へと戻っていった。


 車両に入ってシオンたちのいる座席へ戻ると、


「ステラ、どうしたん? 何か呆然としてるけど」

「え、あ、いや――」

「ていうか、何、そのアイスタワー?」

「……何なんでしょうね」


 エレオノーラを始めとした面々に、怪訝な顔をされた。

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