第116話
宮殿の中庭へと出たシオンとランスロットは、剣戟の舞台を屋根へと移していった。赤と青の剣閃が外壁や床にいくつもの傷を残し、そこから白い湯気が上がる。耳をつんざく金属音は絶えず鳴り響き、“天使化”によって増幅された斥力は衝撃波となって周囲を小刻みに震わせた。
宮殿の屋根に立ったシオンは、一度ランスロットから大きく距離を取る。呼吸を整えつつ、刀を握り直すが――不意に、月夜の空に“異様な巨影”を見つけ、吃驚した。
「“ケルビム”!?」
シオンの目に映ったのは、ラグナ・ロイウの都市から遠く離れた場所――夜空と海の境である水平線を裂くように進行する一隻の大型空中戦艦だった。智天使の名を冠し、騎士団最強の空中戦艦“セラフィム”に次ぐ装備を有した船である。騎士団が保有する空中戦艦が何故こんな所に――その疑問を確認するべく、シオンはランスロットを睨んだ。
「どうしてここに“ケルビム”がいる!? ヴァルターも十字軍に付いたのか!?」
空中戦艦を動かすことができる人間は大陸でも数えるほどしかいない。複雑な操舵機構を魔術によってのみ制御可能なため、騎士団の中でも、ヴァルターやリリアンといった限られた騎士のみが扱える。ゆえに、自ずとそのどちらかが十字軍に付いたと考えるのが自然だが――
「まさか。あの気難しい偏屈ジジイを十字軍に受け入れるつもりなど毛頭ない」
ランスロットは鼻を鳴らして嘲笑した。
それを聞いて、シオンはまた別の説が思い浮かび、ハッとする。
「もしかして空中戦艦を動かしているのは、アンタたちと同じ時期に枢機卿に転向したパーシヴァル・リスティスか? ヴァルターの弟子だったあいつなら、空中戦艦を動かせる」
「パーシヴァルも十字軍にいることは否定しないが、今あれを動かしているのはあいつではない」
「じゃあ誰だ? 空中戦艦を動かせる人間なんて、数えるほどしかいないだろう?」
「聞かれてそれを素直に答えると思うのか? 呆れたな」
やれやれと肩を竦めるランスロット――シオンがそれに苛立ち、歯を剥いた。
その直後だった。“ケルビム”が、その白銀の船体の側面をラグナ・ロイウにゆっくりと向ける。
そして、船体の側面からいくつもの砲身が顔を出し、ラグナ・ロイウに向かって無数の砲弾が放たれた。闇夜を切り裂く火球の群れは都市のありとあらゆる場所に着弾し、一帯を爆炎に包み込んでいく。
それが号令であったかのように、今度は“ケルビム”の船体から六隻の小型空中戦艦“ケルビム・ドローン”が放たれた。女王バチの命を受けて果敢に飛びだす働きバチの如く、ドローンがラグナ・ロイウの都市部へ向かって飛んでいく。
「何をするつもりだ!? どうして“ケルビム”が街を攻撃している!?」
暴挙ともいえる突然の出来事に、シオンが怒気を放った。
対するランスロットはいたって平然としていて、智天使からの裁きを、特段何も感じていない顔で眺めていた。
「時間切れだ」
「時間切れ?」
「ラグナ・ロイウ総督、イザベラ・アルボーニの十字軍への非協力的な行動による任務の遅延影響が教皇庁への叛逆と見なされた。現時刻を以て、ラグナ・ロイウは粛清対象となった」
淡々と説明するランスロットに、シオンが目を剥いた。
「粛清!?」
「この街を地図から消す。残念なことになったよ。お前たちが余計なことをしなければ、この街は明日も大陸有数の観光地として変わらぬ日常を送れたかもしれなかった」
さもこの凶行が正当であるかのような口ぶりに、シオンは怒りに身を震わせた。
「何でそんなことを?」
「猊下のご命令だ。総督が渋るようなら、街ごと消してしまえというな。度重なる不祥事や事件を起こすこの街の面倒を、猊下はもう見切れないとのご判断だ」
「身勝手な。だからってここを更地にするのか?」
シオンの激昂に、ランスロットは少しだけ目を細めた。だがそれも、憐憫や哀れみといった類の振る舞いであり、決して心の底から悲しんでいるという感じではなかった。
「そうだな、同情はする。だが、今回の作戦は十字軍のプレゼンスを示すことも兼ねている。いわば、大陸諸国へ我々の決意と力を知らしめるための、見せしめ、あるいは生贄と言ってもいい」
「こんなやり方、大陸諸国が認めるわけが――」
「もはや今の時代、騎士団のやり方では生ぬるい。大陸諸国が個々に軍事力を増強している今となっては、それ以上の力を以って抑えつけるしか大陸の平和を維持できない状況にまで切迫している」
諭すようなランスロットの口調だったが、シオンは狂犬の如く目尻を吊り上げ、唸った。
「武力制圧を繰り返して、教皇主導の軍事帝国でも造り上げるつもりか?」
「何を今更なことを。この大陸は太古から、教会という絶対的な権威の下に築かれた強大な“帝国”だ。我々十字軍は、かつての秩序と均衡の保たれた平和を取り戻すため、黙示録の一節を再現することも厭わない」
悍ましいとさえ思えるほどに抑揚の欠いた声で言うランスロットに、シオンは悲嘆し、顔を顰めた。
「どうかしている……!」
「昔から個を優先して動くお前には到底理解できまい」
そんな弟弟子を見て、兄弟子は力なく、かつ不敵に笑う。
そして、長剣を構え直した。
「さて、お喋りはここまでだ。そろそろケリをつけようじゃないか、黒騎士シオン」
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