第101話
抽選会の男子の部は、抽選番号が五十刻みで四つの会場に分けられた。第一会場から第四会場までが隣接するようにして、ラグナ・ロイウの中央広場に設けられている。そのうち、第四会場は亜人――主にライカンスロープだけで構成された会場だった。体力で競い合うとなると、人間とライカンスロープでは身体能力に圧倒的な差があるため、公平性を保つための配慮だろう。第四会場は、他の会場と比べて非常にパワフルで迫力があるため、観戦者の数も飛びぬけて多かった。
シオンたちはというと、四つの会場のうちの第三会場と呼ばれる場所で、ハンマーゲームの順番を待っていた。
ハンマーゲーム――縦に溝の入ったレール状の柱の中には重さ二キロほどのコマが填められており、その下にはシーソーのような土台が備え付けられている。シーソーの片方をハンマーで強く叩くと、もう片方がてこの原理で勢いよく上がり、柱の中のコマを上に飛ばす仕組みだ。柱には目盛りが刻まれており、最大飛距離の所で止まるようにコマの左右には返しの出っ張りが付けられている。また、レールの頂上には、何やら股を大きく開いた天使の仮装をしたセクシーな女性の看板が付けられており、コマを頂上まで飛ばすと、女性の絵の股の部分に突き刺さるように設計されている。若干、大衆の面前でやるのが憚られるセットだなと、シオンは顔を顰めながら思っていた。
「抽選番号一一二番、“デーモン・ジャック”! ここに来てハンマーゲームの暫定トップに躍り出たー!」
次にシオンの順番が回ってくるのだが、その前に、つい先ほど絡んできたチンピラの大男がハンマーを叩きつけたところだった。コマは柱の頂上まで到達しかけ、これまでの参加者の中で一番の飛距離を出している。
しかし、そんなことなどどうでもよさそうに、シオンは不意に隣のソーヤーを見た。
「今更なんだが、抽選番号の後に呼ばれる“デーモン・ジャック”とかってなんだ? あの男の芸名か何かか? チンピラなのに芸人だったのか?」
これまでのゲーム進行で、順番が回ると、参加者は必ず抽選番号と一緒に奇妙な名前を呼ばれていた。だが、到底、本名とは思えない名前に、シオンはそんな疑問を抱いていた。
真面目腐って質問するシオンを見て、ソーヤーは軽く吹き出しながら肩を竦める。
「この抽選会だけで使われるニックネームだよ。匿名参加が条件だから、抽選番号の札を受け取った時に適当な名前を登録して、抽選会中はその名前で呼ばれるんだ」
「俺はそんなの登録した覚えないぞ?」
「兄貴のは俺が代わりに登録しておいたぜ。スタッフの女の子たちの相手で忙しそうだったからな」
どこか嫌味ったらしく言ったソーヤーに、シオンは仮面の下で苦虫を嚙み潰したような顔になる。
「人聞きの悪いことを言うな。ちなみになんて――」
「さあ、それではどんどん行きましょう! 続いては抽選番号一一三番、“漆黒のイケメンナイト”です! どうぞ、前へ!」
そしてその顔は、すぐさま絶句の表情へと変わった。呼ばれた抽選番号は間違いなく、シオンのものである。
つまり、“漆黒のイケメンナイト”という珍名が、この抽選会でのシオンの呼び名であることを意味していた。
「……もっとマシな名前はなかったのか」
「え、かなり特徴捉えたいい感じのニックネームだと思ったんだけど」
一歩足を踏み出して、“漆黒のイケメンナイト”は自分です、と表明することが心の底から憚られた。シオンのそんな胸中などいざ知らず、ソーヤーはすっとぼけた顔で自身のネーミングセンスを疑っていない様子だ。
シオンは覚悟を決めたように深いため息を吐き、ハンマーゲームの遊技台へと近づいていく。司会者からハンマーを受け取り、衣装の腕を軽く捲った。
「言い寄る女は数知れず! 泣かした女も数知れず! かくてその冷たい仮面の下にある甘いマスクは誰に微笑むためのものなのか!」
シオンがハンマーを構えると、司会者がいきなりそんな口上を声高に叫びだした。
「その均整の取れた美しい肢体は、世の淑女だけではなく重りのコマも昇天させることができるのでしょうか! さあ、注目の一振りです!」
なんで話したこともない見ず知らずの人間にそんなことを言われなければならないんだ――そう、シオンは不快感に顔を険しくする。
そして、その思いを発散するかのようにして、ハンマーを大きく振り被り、叩き台に向かって振り下ろした。
爆弾でも落ちたかのような衝撃――直後、柱の中にあったコマは両脇から激しい火花を上げながら、一瞬のうちにして頂上へと到達し、貫通した。柱の頂上に備え付けられていたセクシーな看板は股の部分から真っ二つに割れ、見るも無残な姿になって地に落ちる。それから遅れて、柱から飛び出たコマが、ドスン、という重量感のある音を立てて降ってきた。
シオンのあまりにも人外的な力を目の当たりにした周囲が、一瞬にして静まり返る。
そんな異様な静寂を打ち破ったのは、司会者だった。司会者は冷や汗を顔に残したまま、両腕を大袈裟に広げてシオンを指し示す。
「な、なんということでしょう! この男、本当にコマを昇天させてしまったあああ! レーントップに付けてあった看板“ヘブンズガール”も絶頂ものだあああ!」
あの下品な看板に名前があったのか、と、シオンは無残な姿になって地面に倒れる看板――“ヘブンズガール”を渋い目つきで見遣った。
「記録としては測定不能! しかし、これは誰の目から見てもトップであることに違いないでしょう! これ以上の記録は残せないものと鑑みまして――」
司会者がシオンの右腕を掴み、勢いよく上に振り上げる。
「抽選会第一種目ハンマーゲーム――優勝者は、抽選番号一一三番、“漆黒のイケメンナイト”です!」
そこでようやく、会場が喧騒を取り戻した。至る所から歓声と拍手喝采が起こり、シオンを称える声がどこからともなく聞こえてくる。
「イケメンナイト様あああ!」
そんな黄色い歓声も至る場所から上がった。どうやら、この抽選会という僅かな間で、シオン――もとい、“漆黒のイケメンナイト”のファンクラブが出来上がっているようだ。抽選会を観戦していた観客のみならず、運営側の女性スタッフまで混ざっている始末である。
シオンとソーヤーが、思いがけない応援に狼狽えていると、
「おい、お前」
絡んできたチンピラの大男――通称“デーモン・ジャック”が、威圧的な様子で二人に迫ってきた。
「いったいどんなイカサマ使いやがった?」
「……げ、ゲーム上の不正は何もしていない」
「嘘つけ、顔逸らしてんじゃねえぞ! ライカンスロープだってああはならねえだろ!」
感情のままに、騎士の身体でハンマーを叩きつけたことに若干の後ろめたさを感じ、シオンは咄嗟に“デーモン・ジャック”から視線を外した。
今一つ歯切れの悪いシオンの態度に、“デーモン・ジャック”はぎりぎりと歯軋りをしたが、すぐに切り替えるように鼻を鳴らす。
「まあいい。次はアームレスリングだ。対戦カードを見たが、お前の相手はうちのチームメンバーだぜ」
すると、ぬっ、という感じで、“デーモン・ジャック”の背後から、彼をも上回る巨体が前に出てきた。身長は、三メートルはあるのではないかと思わせるほどに高く、ロングコート一枚の上半身は筋骨隆々としていた。顔には無数の穴の開いた白い仮面、ホッケーマスクを被っている。人間よりもオークの亜種と言われた方が納得するような容貌だ。
「通称“マッスル・ジェイソン”――俺たちは普段からジェイソンくんと呼んでいる」
“デーモン・ジャック”がそう紹介すると、“マッスル・ジェイソン”は白い息を仮面の穴から吐き出しながら胸を張った。
「ジェイソンくんはうちのチームの中じゃ腕力最強だ。お前のその細い腕なんて、握った瞬間に折れちまうかもな」
“マッスル・ジェイソン”はそれを誇示するかのように、腕の力こぶを強調するポーズを取った。確かに、丸太のような腕と形容できるほどに、逞しく立派な太い腕だった。
「ま、せいぜい気を付けろや。運がよかったら、模擬決闘で会おうぜ」
“デーモン・ジャック”と“マッスル・ジェイソン”は、そう言い残して踵を返した。シオンとソーヤーは、心底どうでもよさそうな顔で二人の背を見送る。
それから三十分と経たずして、次の種目であるアームレスリングの会場設営が整った。
アームレスリングには、ハンマーゲームの記録で上位となった数十人の参加者が選ばれた。その中からいくつかの対戦カードが組まれ、基本的には一勝すれば次の模擬決闘に勝ち進める仕組みになっている。
アームレスリングを行う台は空の酒樽で、会場に点在している。どうやら、一斉にゲームを始める手筈のようだ。
「それでは続いての競技、アームレスリングに参りましょう! ハンマーゲームを勝ち残った参加者の皆さまは、指定された酒樽へ移動をお願いします!」
司会者の案内を受け、シオンは酒樽へと付いた。すると、その傍らの地面に、何の前触れもなく巨大な鉈が突き立てられる。見ると、“マッスル・ジェイソン”が息を荒げながらシオンに顔を近づけてきた。
「オマエノウデ、ヒネリオッタアト、ナタデ、キリオトス。オマエ、カタウデニ、スル」
「わかった」
片言でよくわからない追加ルールを告げた“マッスル・ジェイソン”だが、シオンはあしらうように短く返事をして、早々に酒樽に右腕を乗せた。“マッスル・ジェイソン”が露骨に苛立ちながら、威嚇するように酒樽に右腕を乗せる。その体格差は、まさに大人と子供だった。
「皆さまの準備が整ったようですので、それでは早速参りましょう!」
すべての酒樽で準備が整い、司会者が手を高く挙げる。
そして、
「レディー、ゴー!」
勢いよく振り下ろされ、勝負のゴングが鳴り――シオンたちの酒樽が、粉微塵に吹き飛んだ。シオンの右腕は容赦なく“マッスル・ジェイソン”の右手の甲を酒樽に打ち付け、あろうことか、酒樽ごと破壊してしまったのだ。
一瞬の出来事に、“マッスル・ジェイソン”を含めた会場の誰もが目を丸くさせる。
圧倒的な力の差でシオンが勝ったのだと周囲が理解したのは、“マッスル・ジェイソン”が無様に倒れ込んでいる姿を確認してからだった。
「イケメンナイト様あああ! ああああああ!」
ハンマーゲームの時と同じく、甲高い女性の歓声――もはや狂気に近い奇声を含んだ喝采がシオンに向けられる。
しかし、シオンはそんなことなどまったく意に介さず、地面に刺さった鉈を引き抜いて、呆然とする“マッスル・ジェイソン”の目の前に立った。
「ところで、お前が負けた場合はその腕どうするんだ?」
くだらない脅迫をしてきたことを少しだけ懲らしめる意味合いで、シオンがそれなりの凄味を孕んだ視線でそう言い放った。幾つもの死線を潜り抜けた黒騎士の迫力に、チンピラごときの胆力は到底耐えきれなかったようで、
「す、すみません、じ、自分、調子乗ってました……」
“マッスル・ジェイソン”は、別人のように大人しくなって身を縮こまらせた。
「片言じゃなくなってる……」
「か、片言は、キャラ付けでして……」
ソーヤーが呆れてそう突っ込み、“マッスル・ジェイソン”は愛想笑いをするように畏縮した。完全に、シオンに平伏している。
シオンは短く嘆息しつつも――ひとまず順調に勝ち抜けていることを、ソーヤーとハイタッチして静かに喜んだ。
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