第100話

 派手な開会式を終え、めでたく開催された抽選会――シオンとソーヤーは、その直後に、抽選会のスタッフと思しき女性たちから数字を刻まれた木製の抽選券を渡された。何度も使い回されたであろう木札には、“一一三”と書かれている。

 それを何気なくシオンが眺めていると、


「もしかして、抽選会には初めて参加されますか?」

「お連れさんは弟さんですか? 可愛いですね」

「そのお召し物、大変似合っていますわ」

「貴方のその仮面の下、今晩、私に見せてもらえないかしら?」


 女性スタッフたちに囲まれ、何度も誘われた。

 シオンはそれらを適当にあしらったが、その矢先にまた新しい女性スタッフが色目を向けながら世話を焼こうとしてくる。

 そんな光景から一歩離れた場所にいるソーヤーが、冷めた視線でシオンを見遣っていた。


「兄貴。顔の上半分だけ仮面被っても、イケメンが隠し切れていないんだよ」


 苦言なのか、それとも嫌味なのか、何とも言えない言葉が投げかけられ、シオンは迫ってくる女性スタッフたちを避けながら、何と言い返せばいいのか戸惑った。


 そんな時、ふと大柄な男の集団が近づいてきた。他の参加者の例に漏れず奇抜な仮装をしているが、どこか力強さを感じさせる装いだ。多くの参加者が中世貴族を思わせるような恰好をしているのに対し、その男たちは中世時代の戦士のような衣装を纏っている。


「おい」


 集団の先頭に立つ熊のような大男が、ドスの利いた声でシオンに話しかけてきた。ただならぬ威圧感に、シオンを囲んでいた女性スタッフたちが蜘蛛の子を散らすようにその場から離れていく。


「何か?」


 シオンが訊き返すと、大男はつまらなさそうに鼻を鳴らす。


「お前、観光客か? だったら気を付けな。この抽選会、下手すりゃ怪我するからよ。特に、お前みたいなひょろっこい奴はな」


 すると、大男の後ろに控えている他の男たちから、嘲りの笑いが小さく上がった。

 言葉の真意がわからず、シオンは仮面の下で眉を顰めながら首を傾げる。


「どういう意味だ?」

「抽選会は男女別々に進行していくが、男は主に体力で競い合う。舐めた態度で挑めば、最悪命を落としかねねえからよ。せいぜい気を付けるこった。まあ、女に囲まれて鼻の下伸ばしているような奴には、到底、勝ち残ることなんて無理だろうがな」

「いいことを聞いた。ありがとう」


 そう言って、シオンはすたすたと大男たちから離れていった。その後方では、大男たちが何かを言いたげに敵意をむき出しにした視線を仮面越しに送っている。

 そんな張り詰めた雰囲気に若干怯えるようにして、ソーヤーが慌ててシオンの後を追った。


「あ、兄貴。あいつら、街のチンピラ共だ。毎年毎年、喧嘩目的で抽選会に参加する質の悪い奴らだぜ。厄介な奴らに目を付けられた」


 ソーヤーがこそこそと大男たちの正体を告げ口するが、シオンは特に気にした様子もなく、


「抽選会、男の場合は体力で競い合うって言っていたが、具体的に何をするんだ?」


 ゲームの内容の方に関心を向けていた。

 突然の問いかけに、ソーヤーは思わずたじろいだ反応を見せる。


「え? え、ええと、例年通りなら、ハンマーゲーム、アームレスリング、模擬決闘……かな? 参加人数が多かったりするともう一種類追加されたりするけど。ゲームが一種類終わるごとに上位何名かが勝ち抜きで次のゲームに移るんだ」

「最後の模擬決闘ってなんだ?」

「刃を落としたレイピアを使った一対一の決闘だよ。左胸に薔薇を一本挿して、それを落とし合うんだ。でもこれが結構危なくて、毎年誰かしら大怪我してる。去年なんか、さっきのチンピラたちに嬲られて失明した人もいたんだぜ?」

「なるほど。今年も同じ種目なら、この抽選会はパスしたようなもんだな」


 いつもの冷めた口調ながら、自信満々にシオンが言った。しかし、ソーヤーはどこか落ち着かない様子でいる。


「いやいや! さっきも言ったけど、あのチンピラたちがヤバいんだって! ゲームの進行を邪魔したり、さっきみたいに無駄に絡んで嫌がらせしたりで、目を付けた奴を徹底的に――」

「お前、俺が騎士の身体であること、忘れていないか?」


 シオンの言葉に、ソーヤーは、あっ、と小さく唸った。彼はその後で、徐にチンピラたちの方を見る。


「……ご愁傷様だぜ、あいつら」


 続けて、憐憫の眼差しを向け、同情の言葉を呟いた。


 ちょうどその後、抽選会の運営スタッフが、会場案内のアナウンスを声高に叫んだ。


「抽選番号一〇〇番から一五〇番の参加者はこちらの会場でーす!」


 シオンが案内された方角へと足を向けると、不意に、右後ろから肩をどつかれた。振り返ると、先ほどの大男が仮面越しに睨みつけていた。


「よお、お前もこっちの会場か。ちょうどいい、生意気なお前は俺が直々に教育してやるよ。もし模擬決闘までに脱落するようだったら、罰として街中引きずり回し――」

「楽しみにしてる」


 しれっとシオンが軽く流してそっぽを向くと、大男は無言で拳を振り上げてきた。無論、シオンはそれに気付いており、振り下ろされる間にどう対処しようか、嘆息しながら考えていると――


「おいコラ、おっさん! ちゃんと前見て歩けよ!」


 まったく別の場所から、そんな怒号が飛んできた。あまりの剣幕に、会場全体が瞬時に静まり返ったほどである。大男も拳を振り上げたまま、思わずといった様子で怒声が起こった方を見ていた。


 見遣ると、シオンたちのいる会場から少し離れた場所で人だかりができていた。その中心にいるのは、先ほどのチンピラの一員と思われる数名の男たちと、小奇麗な仮装をした人物だ。小奇麗な仮装をした人物は男のようで、顔全部を覆う仮面をしていたが、その立ち振る舞いからそれなりの年齢を重ねていると想像できる。


「す、すみません。初めてこの祭りに参加するのですが、どうにもこの仮面に慣れておらず……」


 小奇麗な仮装をした人物は、そう言って、腰を低くひたすらチンピラたちに謝っていた。

 しかし、チンピラたちは怒りが収まらないようで、小奇麗な男を突き飛ばして尻もちをつかせる。


「舐めてんのか、おっさん! 謝って済むなら警察はいらねえんだよ! おい、許してほしかったら、出すもん出しな!」

「え、ええ!?」


 突然のカツアゲに、小奇麗な男が驚きの声を上げる。そこへ間髪入れずに、チンピラの一人が彼の胸倉を掴み上げた。


「オラ、さっさと財布出せよ! それとも、ここでボコボコに――」


 威勢よくチンピラが脅していたが、不意に、横から現れた二つの大きな影を見て顔を青くする。見ると、ソーヤーが慕うライカンスロープの二人組が、じっとチンピラを睨みつけていたのだ。ところどころに狼の特徴を残すその顔には怒りの感情がはっきりと出ており、かなりの凄味がある。

 すると、チンピラはすぐさま小奇麗な男から手を放し、一目散に逃げていった。


 一部始終を見ていたソーヤーが、どこか誇らしげに鼻を啜った。


「さすが兄貴たち。チンピラなんか相手にもならない」


 一方で、シオンに絡んできた大男はというと、仲間の無様な姿を見られてバツが悪くなったのか、小さな悪態をついたあと、早足で会場の奥へと向かって行った。


 これで一件落着と、会場がまた楽しげな喧騒を取り戻した時――不意に、シオンは仮面の奥で眉間に皺を寄せていた。


 あの小奇麗な仮装をした男を、どこかで見た気がする――そんなことを考えていた。


 小奇麗な男はというと、ライカンスロープの二人組に深く感謝しているようで、何度も頭を下げていた。やがてライカンスロープたちが立ち去ると、入れ替わるようにして彼のもとに一人の女性が近づいてきた。勿論、女性も仮面を付けての仮装をしている。夫婦なのだろうか、傍から見ても、長年の付き合いがあり、とても親しげに見えた。


 そして、その女性にも、シオンはどことなく見覚えがある気がして、ますます訝しげな視線を送った。


「兄貴、どうしたんだよ?」


 ソーヤーが声をかけてきた。シオンは、ああ、と少しだけ間抜けな返事をし、


「何でもない。俺たちも会場へ行こう」


 そう促した。

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