第89話

 ステラたちが客車の中に入ると、乗客たちが一斉にざわめき始めた。走行中の車両のオープンデッキの方から、ぞろぞろと四人も立て続けに姿を現わせば無理もない。

 ステラたちは、そんな乗客たちの奇異な視線を無視して、先頭車両へと早足で向かって行った。


 先頭車両は、そこだけやけに豪奢な造りだった。天井には小さなシャンデリアが一定間隔で吊るされ、床には踝まで埋まるほどの毛皮の絨毯が敷き詰められている。中央には富豪宅のリビングに置かれていそうなソファとテーブルが並べられ、極めつけはその脇にワインセラーとバーカウンターまで設けられている始末だ。高級ホテルの一室をそのまま持ち出したかのような内装を目の当たりにし、ステラは思わず戸惑ってしまった。


 そんな調子のステラを尻目に、シオンが早々に車両の中央へ向かって行く。


「王女を騎士団から取り戻した。次も計画通りに進める」


 不意に、車両の奥を見たままそう告げた。

 誰に話しているのだろうと、ステラが不思議に思いながらシオンの視線の先を見遣る。

 すると、そこには――


「ブラウンさん!?」


 三ヶ月前の旅の時、リズトーンの街を出て遭遇した王女の偽物騒動――その時に出会った、ログレス王国国軍の中尉、ブラウンの姿があった。さらには、


「――と、偽物の二人も!」


 かつて、ステラとシオンの名を騙り、偽物騒動の中心人物であった二人――アメリア・テイラーと、レン・クロフォードの姿があった。ステラの姿を見るなり、二人は小さな笑顔を見せつつ会釈をしてくるが、以前あった時よりも酷くやつれているように見える。さぞ過酷な三ヶ月であったこと違いない。

 予想だにしなかった人物たちとの再会に、ステラは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で仰天する。そうして硬直していると、唐突にブラウンがステラの前で片膝をついて跪いた。


「ご無事で何よりです、ステラ様」

「え? あ、ああ、どうも――じゃなくて!」


 ステラは反射的にドレスのスカート部分を軽く上げてカーテシーを見せるものの、すぐさま忙しなく周囲を見遣った。


「どうしてブラウンさんたちがここにいるんですか? それに、さっきシオンさんが言っていた計画って――いや、それより!」


 そこで、ステラが、ビシッと人差し指を立ててシオンを指し示した。


「なんでシオンさんが生きているんですか!」


 急に話の矛先を向けられ、シオンが無表情のまま、ん、と、片眉を上げる。


「死んでいた方がよかったか?」

「違います! なんでそんなこと言うんですか!」


 そう激しい剣幕で怒鳴ったあと、ステラは風船がしぼんだように表情を暗くした。視線を下に落とし、スカートを両手で強く握りしめる。


「……生きてたなら……もっと早く言ってくださいよ……!」


 絞り出すように声を発すると、また泣きそうになってしまった。ステラは、嗚咽を押さえるように口と喉を閉じ、ぎゅっと目をきつく閉じる。


「……もう二度と会えないと思って……これからどうしようって……!」


 この三ヶ月の間に溜まった寂しさと鬱憤を少しずつ漏らすように、息を詰まらせながら、ぽつぽつと言葉を並べていった。

 ステラが静かに泣き出したのを見て、シオンはバツが悪そうに小さく息を吐く。


「お前に連絡を取ろうにも、その手段がなかった。それに、まともに身体を動かせるようになったのもつい二週間前からだ。一ヶ月以上前に至っては、ずっと死にかけの状態で――」

「謝ってください!」


 シオンの言い訳を、ステラが急に声を張り上げて遮った。腕で乱暴に涙を拭った目の周りは赤く、きっ、と眉の先が上がっていた。

 シオンは面食らったように微かにたじろぐ。


「謝るって何を――」

「一国の王女を無駄に悲しませたんですから、謝ってください! 不敬罪です!」

「不敬って……」


 難しい言葉を使いつつも、子供のような言い分だった。

 シオンは一度、周りに助けを求めるように目を馳せるが、他の面々は肩を竦めるだけだった。どうやら、大人しく従った方がいいのでは、と促しているようだ。

 釈然としない面持ちで、シオンが改めてステラを見遣る。


「……悪かった」

「心がこもってない! もういっかい!」


 渋々といった態度に、ステラが瞬時に不満を伝えた。シオンは、付き合っていられないと、顔を顰めながら長い溜め息を吐く。

 それを見たステラが、あー、と、さらに声を上げた。


「不敬です、不敬! その溜め息は許されません! はい、もういっかい、ごめんなさいしてください!」

「お前、この三ヶ月の間に何でそんな面倒くさい奴になってるんだ」


 そんな二人のやり取りを、ブラウンを始めとした面々が苦笑しつつも揶揄うような笑い声をあげて眺めていた。

 だが、ふとそこへ、


「無駄話はその辺にしとけよ。もうすぐ船との合流ポイントだ。話さなきゃならねえこと、今のうちに王女へ伝えろ」


 今しがた煙草に火を点けたユリウスが、紫煙を吐き出しながら気だるそうにそう言ってきた。

 それを聞いたシオンたちが、切り替えるように双眸に力を入れる。急に車内の雰囲気が変わり、ステラもつられて気を引き締めた。


「話さなきゃならないことっていうのは……?」

「ステラ――」


 恐る恐る訊くと、まずはシオンが、改めるように呼び掛けてきた。

 そして、


「今度こそお前をログレス王国の女王にする。だから、頼む。もう一度、俺と一緒に旅をしてほしい」


 首を垂れるような面持ちで、そう切り出した。

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