第61話

 日付を超えた深夜、ヒュドラの亡骸を焼く炎が、集落一帯を明るく照らす。その灯が映し出すのは、何とも異様な光景だった。

 自称ステラ、自称黒騎士、トーマス大臣の三人は、地面から頭だけを出した状態で生き埋めにされている。その周囲を取り囲むのは、今にも激昂しそうなログレス軍の兵士たちだ。兵士たちが構える小銃の先は、生き埋めになっている三人へと向けられている。


 ふと、トーマス大臣が、青ざめた顔で口を動かし始めた。


「お、落ち着いてくれ! これには深い事情があっ――」

「勝手に口を開くな!」


 その矢先に、ブラウンが思わず耳を塞ぎたくなるような声量で黙らせた。直後に、ブラウンは、ステラに向かって片膝をついて跪く。彼に倣い、他の兵士たちも続々と跪き始めた。


「ステラ様。ご本人と気付かなかったことも含め、数々のご無礼を働きましたこと、この場にいる兵士一同、深くお詫び申し上げます」


 百人は超える兵士たちが一斉に最敬礼している姿は圧巻の一言で、ステラもそれにやや気圧されていた。彼女は若干顔を引きつらせながら、ぎこちない笑顔を向ける。


「あ、いや、私も普段は全然王女として人前に出なかったので、兵隊さんたちが気付かないのも無理ないです。それに、私たちも正体を隠していましたしね。なので、そんなにかしこまらないでください」

「そうはいきません!」


 突然、ブラウンが声を張り上げ、ステラはびくりと体を震わせた。


「今回の不徳、すべての任を終えた暁には必ずやこの場にいる兵士全員が償わせていただきます! ですが、その前に――」


 ブラウンが、生き埋めになっている三人を睨みつける。


「ステラ様を騙り、あまつさえ計略に嵌めようとした不届き者どもに厳罰を与えねばなりません!」


 思わずステラも両耳を塞ぐほどの声量で、ブラウンが怒号を飛ばした。

 生き埋めの三人が、それぞれ情けない悲鳴を上げる。


「ま、待って! 私はそこのハゲに依頼されて王女様の真似をしていただけよ! 楽して稼げる仕事があるって言われて、その通りにやっただけなの!」


 そう弁明を始めたのは、自称ステラだった。しかし、そんなことを言われたところで誰も納得するはずがなく、ただ非難の視線をより強めるだけであった。


「ぼ、僕だってそうだ! それに、二人と違って騙していた期間も短いし、何より名を騙っていたのは黒騎士の方だ! 王族ではない分、情状酌量の余地ありだろ?」


 次に自称黒騎士が申し開きを始めた。だが当然、それについて同意する者は誰一人としていない。

 不意に、ステラが二人の目の前でしゃがむ。


「あの、とりあえずお二人のお名前を訊いてもいいですか?」

「アメリア・テイラーです!」

「レン・クロフォードです!」


 最後に二人は、ステラ様万歳、と声を揃えて叫んだ。自称ステラはアメリア・テイラー、自称黒騎士はレン・クロフォードというらしい。そこまでわかったところで、次にステラはこう切り出した。


「テイラーさん、クロフォードさん、ちなみになんですが、お二人のご職業は? 大臣から仕事として依頼されたんですよね?」

「しがない詐欺師です!」「しがない詐欺師です!」


 二人同時に、どこか誇らしげにそう告白した。

 その場に居合わせた全員が、何とも言えない表情になる。


「それじゃあどのみち駄目ですね、ギルティーです」

「そんな……!」「そんな……!」


 無慈悲なステラの宣告を受けて、自称ステラと自称黒騎士――もとい、テイラーとクロフォードは、魂が抜けたように真っ白になってしまった。

 直後に、ブラウンたち兵士が小銃の先を二人に向ける。


「ステラ様が有罪と仰った以上、即刻、処罰せねばなるまい。覚悟しろ、貴様ら」


 ひえええ、と冗談のような悲鳴が上がる。

 しかし、ステラが慌てて兵士たちを制した。


「ま、待ってください! 確かに平時だと王族を騙るのはこの国の法律的に死刑になりかねない重罪ですが、この後どうするかはもう少し考えさせてください」

「ステラ様……!」「ステラ様……!」


 命を救われたことに、二人は目をうるうるさせながらステラを仰ぐ。

 一方の兵士たちは、溜め息を吐きつつ、渋々銃を降ろした。

 ステラは続いて、トーマス大臣の方を見遣る。


「一番の問題は、貴方ですね、トーマス大臣」


 そう言われて、トーマス大臣は地面から飛び出かねない勢いで強く体を揺すり始めた。


「ステラ様! 違うのです! きっと貴女様は大きな誤解をされています! 私は、貴女の身を第一に考えてエルフの里へ行くことを進言いたしました! それに、ここで偽物を使って軍を常駐させていたのには深いわけが――」

「もういいです、言い訳は。貴方がガリアと内通していることは、もう揺るぎない事実なので」

「違うのです! ステラ様、どうか私の話を聞いてくだ――」


 大臣の言葉は、そこで遮られた。彼の目の前に、ダンッ、と勢いよく足が踏みつけられたのである。地面に、人間の膂力ではおおよそつけられないであろう足跡が残されている。それをやったのは、シオンだ。


「紹介します。この人、本物の黒騎士のシオンさんです。大臣がガリアについての情報を持っているかもしれないと言ったら、是非尋問させてくれって」


 シオンの顔はいつも通りの無表情だが、その無言の圧力には普通の人間にはない凄味があった。トーマス大臣は、まさに蛇に睨まれた蛙のようにして、身を震わせている。


「ちなみにちょっとした身を守るための助言ですが、シオンさんに訊かれたことには素直に答えることをお勧めします。じゃないと、指折られたり目玉抉られたりするかもしれないので。涼しい顔して引くほど容赦ないです、この人」


 ステラの言葉を聞いて、トーマス大臣はまだ何もされていないにも関わらず、白目を剥いて気絶しかけている状態だった。

 そんなことには構わず、シオンはトーマス大臣の前にしゃがみ、顔を近づける。


「今ステラが言った通りだ。余計な嘘は吐くな。俺が訊くことにはすべて正直に答えろ」


 抑揚のない静かな声には、悪魔からの死の宣告に等しく冷たい殺意が込められていた。

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