第53話

 プリシラとユリウスは、爆風で吹き飛ばされながらも器用に空中で体勢を整えた。線路の敷かれた地面に着地すると、慣性を殺すようにして両足に踏ん張りを利かせ、激しい土煙を上げながら急停止した。

 ユリウスは軽く咽ながら、気だるげに首を左右に倒す。


「アルバートにどやされるな。シオンが相手とはいえ、こうもあっさり取り逃がしちまうとは」


 しかし、プリシラはそれに大した反応も見せず、ただじっと、貨物列車が消えた線路の先を凝視するだけだった。前髪が目元で隠れているが、その表情が怒りで歪んでいるのは、その佇まいからどことなく察することができる。

 ユリウスがそれに気付き、


「何一人でぷんすか怒ってんだよ。デコピンされたのがそんなに恥ずかしかったか? 情けない声出してたもんな」


 揶揄い混じりに言ったが、すぐさま彼の喉元に槍の刃先が突きつけられた。


「黙れ」

「マジになんなよ。ちょっと揶揄っただけだろうが」


 そう言ってユリウスは槍を手で払い退かし、アルクノイアの方へ踵を返した。その後に、プリシラも続く。


「さっきの爆発、“紅焔の魔女”の仕業だ」

「んなもん、言われなくてもわかってる。それがどうした?」


 ユリウスが煙草に火を点けながら訊くと、プリシラは槍の握る手を震わせた。


「手を引けと言ったにも関わらず、直接私たちに攻撃を仕掛けてきた。もう二度と適当な言い逃れはさせない」


 何やらただならぬ怨恨を見せつけてくるプリシラに、ユリウスは苦笑しながら肩を竦めた。


「なんだ、お前。あの女魔術師に親でも殺されたのか?」

「何故あの女は我々に敵対してまでシオン様と共にいようとするのだ」

「おい、俺の話聞いてんのか? 何か悪いもんでも食ったのか?」


 ぶつぶつと独り言を始めたプリシラを、ユリウスが奇異な目で見遣った。何度か呼びかけてみたものの、一向に会話が成立する気配が見えない。

 ユリウスが諦め、煙草を一息吸った時――アルクノイアの街の光を背に、アルバートが二人に向かって歩いている姿が映った。


「取り逃がしたか」


 アルバートの一言を聞いて、ユリウスが観念したように両手を広げた。


「悪いな。やっぱつええわ、あいつ。ようやくぶちのめせる機会を得られたと思ったんだが、俺らじゃ力不足だった」

「キミにしては、殊勝な言葉が出てきたな」


 ユリウスの弁解を聞いたアルバートは小さく笑い、どこか嬉しそうに鼻を鳴らす。そこへ、プリシラが近づいてきた。


「アルバート卿、黒騎士の逃亡に“紅焔の魔女”エレオノーラ・コーゼルが幇助した。黒騎士との交戦時に我々への明確な敵対行動も見せた。あの女も討伐対象にするべきだと私は考える」

「いきなり討伐はさすがにやり過ぎだ。まずは捕縛する。それが然るべき手順というものだ。それよりも――」


 プリシラを軽く宥めたあとで、アルバートは懐から一枚の写真を取り出した。そこには、一人の少女が映っていた。何かの祝賀会的な場所を背景に、小奇麗なドレスに身を包んでいるが――紛れもなくそれは、シオンたちと一緒にいた少女だった。


「あの二人に同行していた少女の正体がわかった。彼女の名前はステラ・エイミス――消息不明になっていた、このログレス王国の王女だ」


 ユリウスとプリシラが、揃って驚きに目を丸くした。


「またとんでもない大物だったな。いよいよ話が面倒臭くなってきやがった」

「ユリウスの言う通りだ。ことの詳細は後で話すとして、先に、直近の私たちの行動指針を伝えておく。私たちはこのまま継続して黒騎士シオンを追跡する。次に接触した際は、抵抗するようならすぐに討伐に取り掛かってもらって構わない。彼に同行するエレオノーラ・コーゼルは捕縛、ステラ・エイミスについては保護することにする」

「保護?」

「ああ、彼女の身の安全のためにもな。あのままシオンに連れ回されていては、いつガリア兵に囚われてもおかしくない。最悪、殺されてしまうことも考えられる」


 ユリウスが眉間に皺を寄せながら首を傾げる。


「何でシオンは、いつ殺されるとも知れない王女を連れ歩いてんだ? 守ってやるような義理立てがあるのか?」

「教皇暗殺のためだ。シオンは、王女に王都で戴冠式を開催させ、教皇を聖都から引きずり出すことを目論んでいる」

「そんなうまくいくかね。開催できたところで、教皇じゃなく、代理で聖女を寄越されたら折角の苦労も水の泡じゃねえか。あいつにしちゃ、少し間抜けな計画にも感じるが」

「どうだろうな。そもそもとして、戴冠式を開催させること自体にいくつもの試練がある。王都がガリアに実効支配されていることも含めて、ただ単純に王女を届ければいいという話でもない。そこをどうするつもりなのか、気にはなるが――」

「いずれにしろ、王女が教皇暗殺のキーマンになっている上、騎士団としては王女を保護するべき、ってことだな。それが騎士団としての大義名分か」

「ああ」


 ユリウスの結論にアルバートが頷いた。

 次に、プリシラが口を動かした。


「これからすぐに黒騎士たちを追うのか?」

「いや、彼らの行き先が王都とわかった以上、素直に後ろから追いかける必要もなくなった。先回りして、そこで迎え撃つ」

「先回り? どうやって?」

「議席持ちⅣ番のヴァルター卿に協力を仰ぐ」


 アルバートの言葉に、プリシラとユリウスが目を見開いた。


「ということは、空中戦艦を使うのか?」

「おいおい、あのジジイ呼びつけるとか戦争でも始めるつもりかよ」


 悪い冗談でも聞いたかのように、驚きと戸惑いで声を震わせる二人だったが、アルバートはいたって真面目な面持ちだった。


「大袈裟だとは自覚している。だが、相手はあのシオンだ。二年前に分離派として教皇に反旗を翻し、騎士団を分裂させた史上稀にみる最凶の黒騎士――彼からは二年前の真相を聞き出したかったが、もはやそんな悠長なことも言っていられないようだ」


 ユリウスが煙草を吹かしたあとに、鼻で笑った。


「その言い草だと、ホテルで話した時に有益なことを聞けたわけじゃなかったみたいだな」

「ああ。うっかり“彼女”のことを口にしたら、二度と話すな、次は本気で殺しに行くと言われたよ。久しぶりにぞっとした」


 アルバートが自分の迂闊さを悔いるように自嘲気味に笑って肩を竦めた。ユリウスも、言わんこっちゃないと呆れたようにしているが――その傍らでは、プリシラだけ、微かに肩を跳ねさせ、妙な反応を示した。

 そんなやり取りを経て、


「まずは街に戻って準備を進めよう。明日からは騎士の戦闘装束で行動する。つまり、公に騎士団としての活動に移るということだ。各々、騎士の矜持を胸に、気を引き締めてくれ」


 三人の騎士は、次の目的に向けて動き出した。

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