第52話

 ユリウスが片腕を横薙ぎに払うと同時に、足場にしているコンテナに無数の斬撃が走った。蛇の群れのように、その亀裂がシオンに迫っていく。

 シオンはそれを大きく跳躍して躱すが、直後にプリシラが槍を振るってきた。

 難なくそれを刀で受け止めたが、シオンの身体は後方へ大きく吹き飛び、次の車両へと強制的に移動させられてしまう。


「あまり悠長に戦っていられないな」


 シオンはそう言って、先頭車両に向かって走るステラとエレオノーラを背中越しに一瞥した。

 息を吐く暇もなく、再度シオンに“見えざる斬撃”が襲い掛かる。シオンはそれらを紙一重で避けるが、そのたびに足場となるコンテナが刻まれていった。

 徐々に先頭車両の方へと追い詰められていくシオンを見て、ユリウスが得意げな笑みを浮かべる。


「さすがに俺の“鋼糸”の避け方は忘れていなかったか。だが、お前が逃げれば逃げるほど足場がなくなっていくぜ」


 ユリウスが、掌をシオンに向けながら嘲笑した。よく見ると、彼の広げた指一本一本から、

細い線のような光が見える。これこそがユリウスの武器――鋼糸だった。象の重みにすら耐えられる強度を持つ一方で、非常に細いことから視認性が低く、かつ研ぎ澄まされた刃にも匹敵する切れ味を持っていた。何も知らない人間が見れば、鋼糸による攻撃はどこからともなく飛んできた見えざる斬撃によるものだと思うことだろう。

 さらに、


「まあ、たまには追いかけっこも悪くない」


 ユリウスがそう言った直後、シオンが足場にしているコンテナが青白く発光した。

 シオンが咄嗟に飛び退くと、間もなく、破裂音と共にコンテナの表面がはじけ飛んだ。

 鋼糸伝いに、ユリウスが魔術で電気を流したのだ。ユリウスの鋼糸は電気を通すことで特殊な作用を得る武器であり、電圧のかけ方次第でさまざまな使い方ができる。今のように、鋼糸が触れる対象に直接電気を流すことができたり、電熱を利用することで鋼糸の切れ味を増したりすることが可能だ。元より、ユリウスが自由自在に鋼糸を操ることができているのも、魔術による繊細な電圧コントロールによってもたらされているものである。


「どうしたどうした! 議席持ちの黒騎士様が、逃げるだけかよ!」


 ユリウスは挑発するような声を上げて、立て続けにシオンの足場を奪っていった。それに追随するようにして、プリシラが槍術による攻撃を繰り出した。

 シオンが刀でプリシラの攻撃を受け止めると、途端に、刀と槍の刃が離れなくなった。


「――!?」


 見ると、交わる刃に氷が張っていた。プリシラの魔術だ。


「くそ!」


 シオンは刀を手放し、すぐにプリシラから距離を取った。その直後に、シオンがいた場所に鋼糸が疾風の如く襲い掛かり、コンテナの表面が無残に削ぎ落される。


「おい、プリシラ! しっかりと抑えておけよ!」

「拘束は貴様の役目だろう。何故、私が動きを封じることになっている」


 ユリウスの文句に、プリシラは苛立ち気味に答えた。彼女は仏頂面のまま、槍から刀を引き剥がし、勢いよく投擲した。

 プリシラの手を離れた刀は、拳銃から放たれた弾丸並の速度で、真っすぐ飛んでいく。その狙いの先は、何故かエレオノーラだった。


「え?」


 そんな呆けた声を上げたエレオノーラの目の前には――いつの間にか瞬時に移動したシオンの姿があった。そんな彼の左手には、血の滴る刀が握られている。

 エレオノーラに突き刺さる前に、シオンが刃の部分を掴んで防いだのだ。


「もたもたするな、早く先頭車両に行け!」

「わ、わかってる! アンタこそさっさとあいつら何とかしろ!」


 そうやって互いに文句を言い合っている間にも、騎士二人による攻撃は容赦なく繰り出される。

 シオンは刀を構え直し、改めてユリウスとプリシラに対峙した。

 それを見たユリウスが、いよいよ楽しそうになって、口角を吊り上げる。


「ようやくやる気になったか! 来い、今日こそてめぇを――」


 刹那、ユリウスの眼前に、シオンが刀を振り下ろした。双方の間に、距離はまだ数十メートルはあったはず。にも関わらず、シオンは瞬時に間合いを詰めていた。

 ユリウスは辛うじてそれに反応し、両手で編み込んだ鋼糸でシオンの一刀を防いだがーーあまりにも唐突な出来事に、プリシラも反応できず、両者ともただ驚くことしかできないでいた。


「て、てめ――」


 ユリウスが悪態をつく間もなく、彼の身体は大きく吹き飛ばされた。シオンが力任せに刀を振り切ったのだ。

 刀の斬撃こそ受けなかったものの、宙を舞うユリウスの身体は貨物列車から振り落とされそうになる。

 ユリウスは咄嗟に鋼糸を飛ばし、それを車両に巻き付けた。そのおかげで、何とか貨物列車にしがみつくことができた。

 シオンはそれを一瞥すらせずに、今度はプリシラへ反撃する。


「っ!」


 シオンの刀とプリシラの槍が、おおよそ人が振るうものとは思えない速度で何度も交わる。

 時間にして僅か二秒ほどの攻防――それを制したのは、シオンだった。刀に槍を弾かれ、プリシラに一瞬の隙が生まれる。すかさず、シオンは彼女の額を中指で弾いた。


「きゃん!」


 プリシラは、それまでの冷淡なポーカーフェイスからは想像もつかないほどの可愛らしい悲鳴を上げ、その身を大きく後退させた。彼女の身体はコンテナの上を転がるように移動し、危うく車両から落ちそうになる。


 二人の騎士が無力化したこの隙に、シオンはすぐさまエレオノーラのもとに駆け寄った。


「エレオノーラ、このコンテナには大量の酒が積まれている。ユリウスが剥がした天井から見えた」


 その言葉を聞いて、エレオノーラはすぐに彼の言わんとしていることを察し、ハッとした。だが、それはあまり芳しいものではなかった。


「でも、今は印章を描くものが――」

「これ使え」


 そう言ってシオンが見せたのは、左手から出る夥しい出血だった。無論、エレオノーラを守った際に付いた傷から出ている血である。この血で、印章を描けということなのだ。

 エレオノーラの顔が引きつった。


「あ、アンタ――」

「もうすぐあいつら、また襲ってくるぞ」


 シオンの言葉通り、プリシラとユリウスはもう少しで態勢を整え終えるところだった。

 エレオノーラが顔を顰める。


「ああもう! ステラ、アタシの銃出しておいて!」

「は、はい!」


 言われて、ステラが縦長のスーツケースから、エレオノーラの銃を取り出した。

 それをよそ目に、エレオノーラはシオンの血を使って、コンテナの表面に何かの印章を素早く描き始める。

 間もなくそれを終えて、


「終わったよ!」

「急ぐぞ!」


 シオンたちはすぐさま先頭車両に向かって走り出し、次の車両へと移動した。

 それを許すまいと、プリシラとユリウスが驚異的な速度で迫ってくる。


「逃がしません!」「逃がすかよ!」


 そして、


「ごめんあそばせ」


 エレオノーラが、先ほどまで乗っていたコンテナに向かって引き金を引いた。

 直後、銃から放たれた火球がコンテナに近づいた瞬間、コンテナそのものが大きな爆発を引き起こした。それに巻き込まれた騎士二人が、進行する貨物列車から振り落とされ、吸い込まれるように夜の闇へと消えていく。


 爆発の煙が晴れた先では、先ほどまで繋がっていた後続車両が、連結部を失って取り残されるように失速していた。

 それを見たステラが、ポカンと口を開け、シオンとエレオノーラを交互に見遣る。


「あ、あの……何が……」

「エレオノーラがコンテナに積まれていた大量の酒からアルコールを抽出して引火させた、魔術でな」


 シオンが端的に説明して、ステラは感嘆の声を漏らしながら納得する。

 一方で、その当事者であるエレオノーラはというと、


「や、やってしまった……ついに、騎士に直接手を……」


 がっくりと項垂れ、己の蛮行を悔いている最中だった。

 それを無視して、シオンがステラに向き直る。


「俺はこのまま車掌に話を付けに行く。今の爆発にはさすがに気付いて、列車を止めるはずだからな。このまま走らせるように説得する」

「……やっていることがもはやテロリストですね」


 ステラが青ざめた顔で苦言を呈した。シオンはそれを尻目に、


「この貨物列車に乗って、王都に行けるところまで行く。お前とエレオノーラはどこか適当な車両に隠れて休んでいろ」


 そう、淡々と次の計画を伝えた。

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