第31話

「あの、駅、通り過ぎちゃいましたけど」


 凄まじい勢いで窓の景色から流れた駅舎を見て、ステラが真顔で呟いた。彼女たちを乗せた軍用車は、依然として夜の街中をアクセル全開で走行している。


「嫌な予感しかしない」


 続いて、エレオノーラが冷や汗をかきながら、何かを諦めたように言った。


「たった今、貨物列車が駅から発進したのを見た。それに車ごと飛び乗る」


 雨が降っているから傘を持っていく、くらいの口調でシオンが二人に答えた。ステラが後部座席から、エレオノーラが助手席から、それぞれ彼の首を両手で締め上げる。


「何考えてんですか! 死んじゃいますよ!」

「やっぱりそう来たか! 今すぐ車停めろ! アタシを降ろせ!」


 シオンは少しだけ苦しそうに顔を顰めつつ、それでもアクセルを踏みっぱなしに、ハンドルを握り続けた。


「す、すぐ後ろにプリシラたちがついてきている。停車している間に攻撃される」

「倒せよ! アンタ、強い騎士だったんでしょ!」

「二人同時に相手している間にアルバートを呼ばれたくない。アルバートはあの二人とは別格の強さだ」


 エレオノーラがそこで観念したように手を離した。


「信じらんない。車ごと貨物列車に飛び乗るなんて前代未聞なんだけど」

「え、エレオノーラさん!? 諦めないでください!」

「こいつがそれ以外に手段がないっていうなら、そうなんでしょ。実際、アタシも何も他に思いつかないし」


 バックミラーを見ると、プリシラたちの乗る軍用車がまったく距離を離さずにぴたりとくっついている光景が映っていた。


「あそこまでぴったりと後ろにつかれて走られちゃ、どこかに隠れてやり過ごすなんてこともできそうにないしね」


 エレオノーラがそう言って嘆かわしそうに仰ぐ一方で、ステラがはっと思いついた顔になる。


「そうだ! エレオノーラさんの魔術で何とかなりませんか!?」


 すると、エレオノーラは眉間に皺を寄せて渋い顔になった。


「……アタシがここで直接騎士に攻撃したら、もうどうあっても言い逃れできなくならない?」

「どのみち俺の協力者ってことですでに追われる身なんじゃないのか? ホテルでプリシラとは何を話した?」

「アンタにはもう協力するなって言われた。今手を引けば見逃してやるって」

「ならもう手遅れだな。その忠告を無視して今こうしてまた一緒に行動している」

「いやアタシの荷物持って逃げたのアンタだからね? 今ならワンチャン、“黒騎士に荷物を強奪されました”で逃げ切れる可能性あるし」


 そんなエレオノーラとシオンのやり取りに、ステラが割って入った。


「じゃあ、ここで一発ぶっ放しちゃいましょうよ」

「じゃあって何!? アンタら、どうあってもアタシを共犯者にしたいの!?」

「だって私たちについてきたのエレオノーラさんの方じゃないですか! それに騎士が怖くて魔術師やってられるかとか何とか恰好つけて言ってたじゃないですか!」

「言ったけどあんな化け物連中と馬鹿正直に正面からやり合うつもりなんかはなっからないっての! “騎士の聖痕”はばれないようにこっそりと調べるつもりだっただけだし!」

「意気地なし!」

「アンタさっきから嫌味な毒吐いてない!?」


 車内で姦しく騒ぎ立てる女二人だったが、それはシオンの急ハンドルによって強制終了させられた。エレオノーラとステラは体をぶつけながら体勢を崩したあと、すぐに起き上がって運転手に目くじらを立てた。


「急ハンドル切るなら一言なんか言え!」

「そうです! さっきから危ないじゃないですか!」

「衝撃に備えろ」


 シオンの不穏な一言を聞いて、二人は同時に正面を見遣った。

 そこには街灯を並べたアーチ型の石橋があり、その下には線路が敷かれている。

 そして、貨物列車が今まさに、石橋に差し掛かったところであった。先頭車両である内燃機関車が、淡々とコンテナを積んだ後続車両を牽引していく。

 シオンの目線は、そのコンテナの上に向けられていた。

 エレオノーラとステラが、同時に顔を青くする。


「し、シオンさん、ちょっと待ってください。まだ他に手段が――」


 ステラの進言虚しく、シオンはさらにアクセルを踏み込んだ。石橋の脇を突き抜け、車ごと貨物列車に乗り込むつもりだ。


「もう無理! ステラ、しっかり掴まって!」


 エレオノーラが声を張り上げて衝撃に備える。

 それから間もなく、シオンたちが乗る軍用車は石橋の手すりを破壊し、宙へ走り抜けた。ステラの絶叫と、タイヤが空回りする音が夜の寒空に響き渡る。

 軍用車は貨物列車の最後尾に近いコンテナの上に勢いよく着地した。直後にシオンが素早くハンドルを切り、ブレーキを踏み切って急停止させようとする。軍用車は滑りながらコンテナ上を端から端に移動していき、最後はコンテナがその重量に耐えきれず、車体が陥没するような形で完全に静止した。

 ステラとエレオノーラが、恐る恐る、涙目になった顔を上げる。


「い、生きてる……」

「助かった……」


 弱々しい喜びの声を上げたあと、先ほどまで言い争っていたことなど忘れたかのようにして抱擁を交わした。

 だが、


「すぐに降りろ!」


 シオンが怒号に近い叫び声を上げる。

 二人はすぐさま指示に従い、荷物を取って車外に出た。

 何か異様に焦っているシオンを見たステラが不安そうな顔になる。


「ど、どうしたんですか? これで逃げ切れるんじゃ――」

「二人は先頭車両を目指して走れ!」


 シオンはそう言って、刀を引き抜いた。

 その直後、最後尾の車両から轟音が鳴り響く。

 見ると、プリシラとユリウスもまた、乗っていた軍用車ごと、この貨物列車に飛び移ってきていたのである。

 しかも、騎士二人は車を乗り捨てるようにしてそれぞれ単身で飛び降り、その勢いのままシオンに襲い掛かってきた。

 それを見たエレオノーラがステラの腕を強引に引く。


「騎士って車ごと列車に乗る方法が必修だったりするのかな!」


 苛立ちながら皮肉染みたことを言って、ステラと共に先頭車両へ向かって駆け出した。

 シオンは、二人が離れたのを確認し、改めてかつての同胞たちと対峙する。


「最後通告です。シオン様、投降してください」


 プリシラの言葉に、シオンは無言で応じた。

 それを見たユリウスが、不敵かつ嬉しそうに、口の端を歪める。


「これで、心置きなくてめぇを八つ裂きにできるな」


 戦闘態勢を取った二人の騎士に、シオンもまた武器を構える。


「できるものならな」

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