第29話

 シオンとアルバートがホテルのロビーに戻ると、場は騒然としていた。

 三十人は超えるガリア軍の兵士たちが小銃を手に押し掛け、ホテルの客、スタッフたちを制圧していたのだ。銃を向けられた人たちは全員が両膝をついた状態で、両手を頭の後ろに回されている。

 それはステラも同様で、彼女はシオンの姿を見るなり、助けを求めるような視線を送ってきた。

 シオンがステラに近づこうと一歩踏み出した時、ガリア兵の一人が銃口を向けてきた。


「動くな! 全員両膝を付いて手を頭の後ろに回せ!」


 そう指示されるが、シオンは鋭い目つきになって刀に手をかけようとした。それをアルバートが止める。


「待て、不用意に戦うな。ここで銃撃が起きれば、何人もの犠牲者が出る。今は従った方がいい」


 シオンは忌々しそうに舌打ちをし、アルバートに倣って降伏の意を示す。

 ガリア兵はそれを見て満足そうに引いたが、不意に、とある一角から再び怒号が起こった。


「おい、貴様! 指示に従わんか!」


 その剣幕の先は、ソファにふんぞり返って座るユリウスだった。

 ユリウスは口いっぱいにため込んだ紫煙を上に向かって吐き出す。


「何で、俺がてめぇらの指示に従わなきゃならない?」

「状況がわからんのか! 三度は言わんぞ、我々の指示に従え!」

「だからちゃんと説明しろよ。納得出来たら従ってやるから」


 ユリウスが若干不機嫌に顔を顰めて言うと、ガリア兵たちが彼を取り囲むようにして銃を構えた。


「見せしめだ。貴様はここで殺す」


 その一言が合図で、ガリア兵の小銃から一斉に銃弾が放たれた。立て続けに起こる発砲音に、ロビーから悲鳴が上がる。

 時間にして五秒間の集中砲火――普通の人間なら、間違いなく挽肉の状態になっているはずだ。

 だが、


「な、なんだ!?」


 驚愕するガリア兵たちが目にしたのは、無数の弾丸がユリウスに届くことなく宙に浮いている光景だった。あまりにも現実離れした現象に、ロビーにいたほとんどの人間が言葉を失って固まる。

 微かに静まり返ったその場に、エレオノーラとプリシラもラウンジの奥から戻ってきた。


「え、何が起こってんの? シオン、アンタまたなんかやったの?」

「アルバート卿、これはいったい?」


 事態を把握できていない二人が、それぞれシオンとアルバートに向かって眉を顰める。

 ガリア兵たちの意識が、一瞬そちらに向かった時――宙に浮いていた弾丸が、パキン、と破裂するようにして細切れになった。

 その直後、ユリウスを囲んでいたガリア兵たちの両腕が、持っていた小銃ごと一斉に切断されていく。まるで鎌鼬が通り過ぎたかのようにして、不可視の斬撃が彼らを襲ったのだ。

 ロビーの床が鮮血で赤く染まった矢先に、至る所から悲鳴が上がる。


「ユリウス!」


 アルバートのその怒号が、これら一連の出来事がユリウスの仕業であることを証明していた。ユリウスもまたそれを認めるようにして、煙草を吹かしながら、どこか挑発的に、苦しむガリア兵たちを見ている。


「むやみに騎士に銃口向ける方が悪い。こいつら、俺たちが何者か説明する機会すら与えなかったんだ。自業自得だろ。殺さなかっただけ、恩情だと思ってほしいね」


 そう言って、虚空を横に切るように腕を振るった。すると、それまでユリウスの座るソファの近くにあった二つの大型スーツケースが、突然動き始める。それらはアルバートとプリシラのもとにそれぞれ飛んでいき、二人は受け取った瞬間に手早く中身を開いた。

 アルバートはそこから出てきた両刃の長剣を、プリシラは槍を手に取る。

 それを見たシオンが、すぐさまステラに近づいた。


「ここから出るぞ」

「え!?」


 戸惑うステラを無視して、彼女と荷物を雑に抱える。それに気付いたエレオノーラが、


「ちょっと! それアタシの荷物!」


 慌ててシオンの後を追う。

 さらにそれを見ていたプリシラが、


「待て、エレオノーラ・コーゼル! 貴様にはまだ――」

「プリシラ! まずはこの場を治めることが先だ!」


 と、言いかけたところでアルバートに止められた。

 その言葉が合図だったかのように、ガリア兵が一斉に三人の騎士へと銃口を向ける。


「一分以内に方を付けるぞ」







 ホテルから出たシオンは、入り口前に無造作に止められていたガリア兵の軍用車を強奪し、その後部座席にステラと荷物を放り投げた。

 小さく呻いて不平を言うステラには構わず、シオンはドアを閉めた。

 そのまま手早く運転席に乗り込むと、息を切らしたエレオノーラが慌ただしく助手席に座る。


「逃げんなら逃げるって言いなさいよ! 荷物だけ持ってアタシ本体おいてくつもり!?」

「ちゃんと間に合って何よりだ」

「こいつ……」


 まるで何の問題にもしてないようにエンジンをかけるシオンに、エレオノーラが、ピキッ、と額に青筋を立てた。

 そんな二人の間に、ステラが割って入る。


「こ、これからどうするんですか?」

「このまま街を出てアルバートたちを撒く」


 シオンはそう言ってアクセルペダルを全開に踏み込んだ。車輪が地面の石畳を削りながら激しく回転し、勢いよく車体が発進する。ステラはその時の勢いで、後部座席で一人転げまわっていた。


「ねえ、さっきのガリア兵たちは何だったの?」


 エレオノーラが訊くとシオンはハンドルを切りながら軽く肩を竦めた。


「さあな。何の根拠もない予想だが、ステラを探しに来たんじゃないのか」

「まあ、それしかないだろうね。ステラはこの街で一度ガリア兵とも接触しているし、居場所を気取られてもおかしくないか。王女に似ている人物って、もしかしたらずっとマークされていたのかもね」

「正直、ユリウスが馬鹿なことをしたおかげで助かった。ガリア兵がステラの存在に気付く前に逃げ出すことができた」


 シオンはそう言って、さらにハンドルを切る。荒っぽい運転に、後部座席のステラは体を揺らされながら目を回していた。

 そんな不憫な彼女のことなどいざ知らず、前に座る二人はさらに話を続ける。


「ところで、今どこに向かってんの? 車に乗ったままこの街出ていくつもり? 街の外、どこまでも車が通れるほどに舗装されているとは思えないけど」

「夜間走行の貨物列車に乗る。この街から王都方面に向かう貨物列車は、走り出したら暫く停車しない。いったんは、ガリア兵とアルバートたちの追跡から逃れられるだろう」

「マジか……せめて人を積む乗り物を使いたかった……」

「悪いが我慢してくれ」


 げんなりとするエレオノーラと、それに許しを請うシオン――そこへ、再度ステラが身を挟めてきた。


「ということは、駅に向かうんですか?」

「ああ。だが、もしかしたら駅を使う余裕はないかもな」

「と言うと?」


 そうやって首を傾げたステラの疑問に答えるかのように、突如として建物の陰――シオンたちの乗る車の横っ腹に向かって、一台の車が飛び出してきた。シオンが咄嗟にハンドルを切ってその車を避ける。


「あっぶな! あの車、とんでもない走り方――」


 エレオノーラが驚きと怒りの混ざった睨みを利かせて件の車を見遣り、さらにそこで目を丸くさせた。

 追突しそうになった車は、シオンたちと同じガリアの軍用車であり、それを運転していたのはプリシラだった。助手席には、ユリウスもいる。


「もう追って来てるけど!」


 エレオノーラが言うと、シオンはしかめっ面になって舌打ちした。


「想像以上に早かったな」

「あいつら、自分たちで事を荒立てたのにあっち放っておいてこっち追いかけに来たの!? 騎士のくせに!」

「いや、もう場を治めたんだろう。多分、アルバートだけが事後処理のためにホテルに残って、他の二人を俺たちの追跡に向かわせたんだ。円卓の騎士一人を含めた騎士三人だ、軍人数十人程度ならモノの数十秒で制圧できるだろうな」

「アタシら教会魔術師は人間兵器なんて言われているけど、騎士はもはやただの化け物だね」

「我ながら同感だ」


 忌々し気に言って、シオンはアクセルペダルを全開に踏み抜く。車体を激しく揺らしながら、三人を乗せた車は線路沿いへと向かって行った。

 時刻はすでに二十二時を回っており、本来であれば街の喧騒は落ち着き始める頃だ。しかしそれを、二台の車が許さなかった。

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