第27話
「うわぁ……」
二人の騎士に案内されて――もとい、連行されるようにして、シオンたちは街で一番の高級のホテルへと案内された。地上一〇〇メートル以上の高さを有する高層ビル丸々一つが、宿泊施設なのである。
夜の常闇に向かって聳え立つ憩いの塔を見上げながら、ステラは感嘆の声を上げていた。
「どうした?」
シオンに呼びかけられて、ステラはハッとして目の前に意識を呼び戻した。その後で、さらに何かに気付いたように、シオンとエレオノーラの間に立って、二人の顔を引き寄せる。
「あの、私、さっき、クラウスさんにマリーって名乗ったんです」
シオンとエレオノーラが怪訝な顔になるまでもなくそう言った。
「わかった。合わせる」
シオンが短く了承するが、一方のエレオノーラは小首を傾げてきた。
「なんで?」
「いや、だって、私の素性がバレたら厄介なことになるかもしれないじゃないですか」
「むしろ好都合なんじゃない? 事情話したら、アンタのこと守ってくれるかもよ」
しかし、無邪気なその提案はシオンが即座に否定した。
「冗談で言っているんだろうが、その期待は持たない方がいい。ガリア公国の領主と教皇が繋がっている以上、騎士団も基本的にはログレス王国に敵対する立場にあると思っていた方がいい」
それを聞いたエレオノーラが、辟易したように肩を竦める。
「ほんっと、アンタらってとんでもない奴ら敵に回してるよね。そんな調子で、王都で戴冠式なんてできるの?」
「……やるしか、ないです。そうしないと、苦しむ人たちがあまりにも多すぎるから」
皮肉交じりにエレオノーラは揶揄うが、ステラは少しだけ声のトーンを下げて神妙な面持ちになった。十五歳の少女が見せるにはあまりにも重たいその顔つきに、エレオノーラも興が削がれたようだ。それ以上の茶々入れはせずに、黙ってホテルへと歩いていった。
シオンとステラが二人だけになったところで、
「そう無駄に気負うな。何から何まで、すべてがお前の責任になるわけじゃない」
シオンが、ステラの首の付け根当たりを軽く叩いて励ました。ステラは少しだけつんのめりながら、意外そうな顔でシオンを見上げる。
「シオンさんがはっきりと励ましてくれたの、これが初めてかもしれないです」
「だから?」
「いや、珍しいこともあるなって」
「悪かったな」
「別に悪いなんて思ってないですー」
互いにそんな軽口を交わした。
ステラの表情の緊張が少しだけ解れたところで、ホテルの正面階段の上でアルバートが立ち止まって振り返ってきた。
シオンとステラが歩みを再開して、彼の隣を通り過ぎようとした時、
「随分、親しい仲なんだな」
不意にそう訊いてきた。
シオンは特に目立った反応を見せることもせずに、軽く肩を竦める。
「そう見えるか? これでもまだ出会って五日ほどしか経っていない」
「マリーさんとはどこで出会った?」
「俺が流れ着いた場所で偶然」
「そこからどうして、今こうして一緒に旅をしている?」
次々と質問を繋げてくるアルバートに、シオンは軽く嘆息した。
「立ち話をしたくないからわざわざホテルまで赴いたんだろ。それとも、今ここで必要な話を全部済ませるか?」
「……キミの言う通りだな。まずは、中に入ろう」
プリシラとエレオノーラ、その後にシオンとステラ、アルバートが続く形でホテルへと入っていた。
ホテルに入ると、無機質なビルとは打って変わって、宮殿を彷彿とさせるロビーが出迎えてきた。豪奢で派手な内装に、ステラが思わず、といった様子で目を輝かせる。
王女だったなら、もっと豪華な内装を見たことがあるだろうに――そんなことを思いながら、シオンは、年相応にはしゃぐ少女の姿を見守った。
と、そんな時だった。
「なんだ? 当初予定じゃあ、明日の正午まで処刑すんのは待ってやるって話じゃなかったか?」
ロビーの奥から、アルバートたちと同様の白スーツを着た一人の男が近づいてきた。金髪のオールバックに、銀縁の眼鏡をかけ、人目もはばからず堂々と煙草を吸いながらこちらに歩み寄ってくる。
その男はシオンの姿を見るなり、煙草の煙が吐きかかる距離にまで近づいていった。
「まさか生きているてめえの顔をまた見るとは思わなかったぜ。相変わらず女々しい顔つきしてんなあ、おい」
口の端を微かに上げながら、あまり品があるとは言えない声色でシオンにそう言った。
シオンはというと、まるで目の前にいるその男などはなから眼中にいないかのようにして遠くを見ている。
そんな態度が気に障ったのか、男が軽く舌打ちをした。
「シカトか? え?」
「誰だ、お前?」
シオンが短くそう発すると、男の額に青筋が浮かび上がる。
「上等だ。今ここで死にたいのなら、お望み通りそうしてやるよ」
男が低く唸りながら、目つきを鋭くした。シオンもそれに呼応するかのようにして目の色に殺気を込めていく。
一触即発の空気が漂い始めるが、
「やめろ、ここをどこだと思っている。ユリウス、会って早々に相手を挑発するな」
アルバートが二人の間に入って場を収めた。金髪銀縁眼鏡の男――ユリウスは、小さく悪態をつきながら近くの一人がけのソファにドカッと腰を下ろす。
「で、何でこいつをわざわざ連れてきたんだよ。しかも、余計なのがいるじゃねえか」
面倒くさそうに顔を歪めながら、ユリウスはステラとエレオノーラを交互に見遣った。
「そこの乳のでかい女が“紅焔の魔女”か?」
途端に、エレオノーラが眉間に深い皺を残して目を吊り上げた。
「てめぇに軽口叩かれるほど仲良くなった覚えはねえよ、セクハラ眼鏡」
普段よりも遥かに口の悪い切り返しをしたエレオノーラに、ステラが怯えた表情になって身を竦み上がらせる。
次にユリウスは、そんなステラを見て、
「そっちは何だ? 事前情報にはなかったぞ。もしかしてシオン、てめえ、長い間投獄されたせいでついにロリコンになったか?」
また煽るようなことを言ってきた。
シオンは、不機嫌な表情を維持したまま、冷ややかな視線をユリウスに返す。
「そこにいるのは言葉を覚えたての猿か? ヒトの真似をするならもう少し知性のある言葉を使った方がいい」
また空気が悪くなり、アルバートが大きなため息を吐いた。
「いい加減にしてくれ。ユリウス、キミはもう喋るな」
アルバートから制止され、ユリウスは柄悪く足を組みながら、そっぽを向く。
それから気を取り直すようにして、アルバートは改めてシオンに向き直った。
「シオン、こうして運よく互いに武器を構えることなく再会することができたんだ。少し話をさせてほしい」
「今更話すことなんかあるのか? アンタたちのやることは、俺を捕まえるか、殺すことしかないだろ。少し前にプリシラからもそう言われた」
「その前に明らかにしておきたいことがある」
アルバートから向けられるすべてを見透かされているような、それでいて厳しい眼差しに、シオンは少しだけ不快感を覚えた。だが、ここで彼の申し出を断ることも、今のシオンにはできなかった。下手にはぐらかせば、彼らは一層不信感を強め、ステラの正体にも気付くはずだからだ。
シオンは微かにそう思案した後で、目を伏せながら首を小さく縦に振る。
「わかった。手短に頼む」
「我々の宿泊中はラウンジの個室を貸し切っている。そこで話そう」
アルバートに案内される形で、シオンは先導する彼の後ろについていった。
それを他人事のようにして眺めてエレオノーラだったが、
「貴様は私とだ、エレオノーラ・コーゼル」
不意に、それまで置物のように黙っていたプリシラが声をかけた。
エレオノーラは、予想外のことに目を丸くさせる。
「え、なんで?」
「言ったはずだ、教会魔術師が黒騎士と同伴している事実だけでも我々は看過できないと」
「取り調べでもするつもり?」
「そうだ」
何の間もなく即座に同意したプリシラに、エレオノーラが軽く舌打ちする。
その後で、エレオノーラもプリシラに案内される形でラウンジの方へと消えていった。
そしてこの場に残ったのは、
「何だよ、ガキ?」
ステラと、ユリウスの二人だった。
ステラが、恐る恐るといった様子でユリウスの方を見ると、酷く凶悪な面構えでそう訊いてきた。
「な、何でもないですぅ!」
ステラは、獣と一緒の檻に閉じ込められたような表情で、身を強張らせた。
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