第二章 王女の決意

第6話

「シオンさん、エルリオさんから着替えもらって――って、おわっ!」


 木立の陰から、衣服の入った袋を抱えたステラが顔を出した。彼女の目に映ったのは、小さな滝つぼ――このエルフの隠れ里で水浴びに使われている場所で、ちょうどシオンが体を洗い終え、体を拭いていたところだった。

 ステラは袋を投げ捨てるようにシオンのところへ置き、すぐに木立の陰に戻る。


「す、すんません、タイミング悪く……」

「刃物もこの袋に入っているのか?」


 顔を赤くして両目を手で覆うステラに対し、シオンは淡々と訊いた。


「入ってます。狩猟用のナイフで肉もスパッといくから気をつけろって言ってました」

「これか」


 そう言ってシオンは後ろ髪を紐で束ねた後で、前髪と横の髪を無造作に切り落としていった。その様子をこっそり見ていたステラが、思わず声を上げる。


「そんな雑な髪の切り方したら痛みますよ! 折角綺麗な髪なのに勿体ない! ていうか、後ろは切らないんですね。なんかこだわりでもあるんですか?」


 シオンはその問いを無視して、袋の口を下に向けて中身を地面に広げる。エルフから用意された服には、彼らの衣装と、人間の服があった。


「エルフたち、人間の服も持っていたんだな」

「いざという時のために、ガリア軍から鹵獲したものを修繕したりして保管してたみたいです。結局、誰も使いたがらなかったみたいですけど。それと、エルフたちも人間社会とはまったく交流がないわけではなかったようで、行商人を通じてのちょっとした交易とかはあったらしく――」

「なるほど、その時に手に入れていた衣服か」


 シオンはそう言って、できるだけ軽くて頑丈そうなものを選んでいった。靴とボトムスは軍服を修繕したものに、トップスは、袖のないファスナー付きのニットをインナーに、アウターには大きなフードの付いたジャケットを選んだ。

 シオンは着なかった服を無造作に袋の中に詰め直し、エルリオのいる場所へと歩みを進めていく。その後ろをステラが慌ててついていった。

 エルリオを見つけると、シオンは袋を返却した。


「人間の服があって助かった」

「そうか。人間の服は誰も着ようとせず持て余していたから、こちらとしても助かる。あとは武器なんだが――」


 エルリオがそう言って、無造作に地面に並べられた武器を見せてきた。

 そこには、エルフお手製の弓と短剣の他、これまたガリア軍から鹵獲したと思われる銃が何種類かあった。


「ここから好きなものを選んでくれ」

「銃もガリア軍から手に入れたのか?」

「我々としては不本意だが、森の中に放っておくわけにもいかないのでやむなく回収した。使う気もないのでいつか処分しようと思っているが、ばたついているせいで結局できないでいる」

「使える物は使った方がいいと思うが、それはエルフとしてのプライドが許さないか」


 そう言ったシオンだが、彼自身も銃には軽く目を通しただけで手には取らなかった。少し悩むように物色したあと、最終的に手に取ったのは短剣だ。


「これを貰っていいか?」

「構わないが、それは先ほど御身が髪を切るために用意したものと同様のナイフだぞ? 武器としては心もとない気がするが」

「本当はこれよりも長い刀剣類が欲しかったが、やむなしだ。まあ、これからガリアの街の中に入り込むことを考えれば、目立たなくて好都合かもしれない」


 そう言って、シオンは早々に短剣の状態を確認し始める。

 その傍らでは、エルリオがやや不安そうに表情を険しくしていた。


「その……本当にやるのか?」


 不意に、エルリオから疑念の言葉がかけられた。

 シオンは短剣を鞘にしまい、静かに立ち上がる。


「そこの王女と、アンタらエルフが生き残るための手段はそう多くはない。それとも、いつかアンタが言っていたみたいに、この森と一緒に種族揃って心中するか?」

「正直、御身が考えた計画がうまくいくとは思えない」


 エルリオの酷評に、シオンは軽く上を仰ぎながら息を吐いた。


「――まず、収容所が存在する領地に俺たちが入りこみ、恐らくその領主が所有しているであろう奴隷の売買記録を奪う。その後は収容所にいるエルフたちを解放し、売買記録をもとに街中のエルフを逃がす。逃がしたエルフたちは、ステラが女王になるまでガリア軍の目を避けながら人里離れた場所で暫く逃亡生活を送る――自分で言葉にしてみたが、確かにあまり現実的じゃないな。ステラを女王にするにしても、ガリアに実効支配されている王都で戴冠式を開催させる方法を思いつけていない」

「それに、連れ去られた全員を取り戻せるわけではないのだろう? 私の妹もそうだが、連れ去られてから一年以上経っている者もいる。森を捨て、危険を冒しても全員を助けられないことに不満を持つ者がいくらかいる」

「何もしなかったら誰一人として帰ってこないぞ。アンタはいつか帰ってくるかもしれないと言っていたが、そんなことはあり得ないと思った方がいい」


 シオンが冷たく言い放ったが、エルリオもそれは理解できているようだった。さらにシオンは続ける。


「この計画に乗れないって言うのなら、俺はステラを連れてこのまま王都へ向かう。アンタたちを救うというこの話は、あくまで“王女様のご厚意”ということを忘れるな。俺個人としては、むしろその方がさっさと話しが進んで助かる」


 その言葉に、ステラがむっと顔を顰める。


「そんな言い方しなくたっていいじゃないですか! それに、シオンさんだって服もらってるからエルフの皆さんに恩はあるはずです!」

「いくら何でも釣り合わない」


 ステラの物言いを正面切って言い返し、シオンは改めてエルリオに向き直った。


「どうする? やるか、やらないのか。族長代理のアンタが決めて、エルフたちを取りまとめてくれ」


 エルリオは、思いつめるようにして静かに目を伏せる。それから数秒沈黙したあと、意を決した双眸をシオンに向けた。


「御身の言う通りだ。このまま何もしないで状況が好転するとは思えない。黒騎士殿、どうか、力を貸してほしい」

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