TSやめました
澄岡京樹
ある詐欺師の独白
TSやめました
——さて。それでは今から仕掛けます。
……何を? ハハハ何をといえば答えは簡単。
今から詐欺を、開始します。
などと言いながら私は電話をかけ始める。
やり口は非常に単純。幼なじみを装ってデートの約束を取り付け、当日に
というわけで
「……はい」
「あーもしもし? ワタシー! 覚えてる? もしかして電話帳から消しちゃった……?」
つかみはバッチリ。これでちゃっかりはまってくれれば後は——
「シゲミツなのか? もしかして、TSしたのか?」
「——え?? ティー、何???」
相手の男はいきなりよく分からないことを言い出した。
◇
電話が始まってから、私が口を挟む余裕はほぼ無きに等しかった。なぜなら相手の男が一方的に延々と話し続けていたからだ。
「TS……お前の夢だったもんな。ハハ、忘れるはずないだろ? だって俺なんかの友達になってくれたやつなんてホントお前だけだったから……。だからその、久々の電話でいきなり女の人の声だったからびっくりしたけど、その、性転換手術じゃなくて『ある日起きたらなんとTSしていた!』が実現したから電話してきたんだよな??」
本当に、本当に何を言っているのかわからなかった。私はシゲミツじゃないし、もっと言えば詐欺師である。あと性転換手術もしていない。というかそもそもTSって何? まずそこからわからない。
「TSがtrance sexualの略だって教えてくれたのもシゲミツだったよな。俺は最初びっくりしたもんだよ。性別が突如として入れ替わるだなんてな。そういう現象があるなんてほんとに知らなかったよ」
いやほんとに知らなかったよ私も。あんたが言っているのは実際にある事例じゃなくて何か外的な超現象のことだよね? マジでわかんないからもし私がその立場だとして朝起きていきなり今までなかったモノが増えていたら私はそれを夢だと信じるからね。頬をつねったら絶対痛くないやつだと確信しちゃうからね。
つーかこいつずっと喋ってんな。なんなの? ——と思っていると、
「シゲミツ、お前が『TSしたら、また会いにくる』って言っていなくなってからもう5年経つんだよな。俺は相変わらず他人のことを信じられなくて塞ぎ込んでばかりいるよ。……本当に、本当にお前と一緒の3年間だけが俺の人生で唯一輝いていた時だったよ。……また、会いたいよ」
本来であればこれは超チャンスだっただろう。このまま会う約束をしてしまえば私はこいつを弄んでガッポリとイリーガル金儲けを行えただろう。……でも、どうしてか私の心はそれをできずにいた。
「俺、お前と一緒ならどこでだって暮らせる。俺、お前のためなら心を開ける。俺——お前ほどの親友と出会えて、本当に、本当に良かった。——またお前と会えたらもうきっと、心残りなんて無いと思う」
「ハァーーーーーーッ!!?」
その言葉を聞いて、私は思わず叫んでしまった。
「バカヤローーーーーーー!! 生きろ! 生きて生きて生きれ!!! 超生きれ!!!!! シゲミツはアンタが自分以外の誰かにも心を開いてほしいから距離を取ったんだと思うよ私!! だから——だからそんな儚いこと言わないで生きてよ! そんでさ、そんでさ——!
むしろアンタが! シゲミツを見つけなよ!!!!!」
叫ぶだけ叫んで、私は通話を終わらせた。そして、私の心の中は、ただただ一つの思いに埋め尽くされていた。
「私、もっと真っ当に生きるよ……」
そうして私は、
TSやめました、了。
TSやめました 澄岡京樹 @TapiokanotC
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