きっくおふ

ゲーム→https://kakuyomu.jp/works/1177354054934585268/episodes/1177354055254267935

対戦相手→https://kakuyomu.jp/works/1177354055294519702/episodes/1177354055297516418



 濡羽色ぬればいろ墨色すみいろ鈍色にびいろ

 これがエンドフェイズに設定されたテーマカラーらしい。部屋中真っ黒である。唯一色彩を有するのは壁に張り付いた液晶画面。さっきから音声とCGでルール説明が繰り返されている。


「……………………………………」


 ここは選手用の控室だった。その中央にはぼてりと人型のものが投げ捨てられている。ラストコール・エンドフェイズ。目も見えなければ、耳も聞こえない。そんな彼女がルール説明を知覚しているはずもない。

 やがて、控室の扉が開いた。

 液晶画面の画像も変わっている。

 だが、エンドフェイズは身動き一つしなかった。否、出来ないのだ。彼女は自らの肉体を動かせない。しかしこのままではゲームを始められない。投げやりに開いた床から、エンドフェイズの肉体が落下した。







 瀬宮せのみやしずくは、中学生ながらも『マチュア・デストロイド・カンパニー』の社員として働いていた。

 腰まである長い青髪、青い瞳、長身痩型。中学の制服であるセーラー服の上に、黒いレインコートを纏っている。そんな愛らしく華奢な印象。

 だが、腰につけた細い革ベルトがその印象を塗り替える。数本のナイフや小型拳銃、スタンガンなど戦える装備がずらり。民間の犯罪対策会社に所属しているのも納得する装備だった。


「サッカー……私の知っているものと、同じルールですよね………………」


 雫はおどおどした仕草で広大なサッカースタジアムを見渡す。控室での説明動画を見る限りでは、スタンダードな1ON1ワンオーワンのはずだ。こんな広大で、しかも大入満員の観客たちがひしめいているのは物凄く不気味だが。


「ひぃぃ……緊張しますぅ……」


 そもそも、訓練は受けていたが彼女自身の身体能力は決して高くない。フルタイム、これだけ広いスタジアムを駆け回るだけの体力すら怪しい。


「というか……なんで観客の皆さん黙ったままなんですか……っ」


 見渡す限りの観客は皆、座席の上でうずくまって震えていた。説明された通りならばこの反応も理解出来るが、それにしても異様な光景だった。


「あ、あれ……そういえば……対戦相手の方、いらっしゃいませんね…………?」


 不戦勝かな、と淡い希望を抱いた直後だった。

 ぼとり、と相手ゴールの前にナニカが落ちた。


「ひぃぃ……っ!?」


 思わず声が上擦った。

 輪郭が溶けて曖昧だが、自分と同じ年齢くらいの少女に見えた。だが、その両目はくり抜かれて、両耳も剥がれ落ちている。まともに身動き一つしない姿は、どこか死体のような不気味さがあった。


「いや……違う」


 雫は断言する。彼女はこの年にして幾つかの死に触れてきた。だから、解る。少女の形をした物体には生命力があった。それも、並大抵のものではない。活力に満ち満ちた魂を幻視する。

 動けないだけで、表に出せないだけで。

 生きている。

 雫は表情を引き締めた。お互い、まともにスタジアムを駆け回ることは出来ないだろう。ならば、早々に3点先取して相手を無力化してしまえばいい。


「先に謝っておきます…………ごめんなさい! 私も、仕事で……こうするしかなくて……っ」


 その言葉は対戦相手にではなく。

 スタジアムの中央に運ばれたボール役の男に向けたもの。


「ま、待て! 話し合おう! 一緒にゲームの抜け道を探すんだ!」

「ごめんなさい…………ボールのおじさん。犠牲者は……最小限に収めるから…………っ」


――――キックオフ


 無情な電子音が鳴った。男がボールヘルメットを被った頭を抱えて絶叫する。逃げ回られたら厄介だ。雫は小型拳銃の銃口を右足に向ける。

 そして、引き金に掛けた指がぴたりと止まった。



「………………………………………………………………」



 躊躇、ではなかった。

 対戦相手の少女が、ぐにゃりと変貌を始めた。数メートルにも及ぶ巨大な砂時計。その異質さ、筆舌に尽くしがたい。本能が警鐘を鳴らす。暴力的を通り越して、もはや破滅的なまでの生命力。


「…………………………逃げて」


 自分で撃とうとした男に、思わず声を投げた。拳銃を向けた相手から遠ざかろうとするのは自然な反応。男は『終演』に走る。


「そっちはだめ……っ! にげ…………っ」


 声を失った。巨大な砂時計と化したエンドフェイズの周囲が、スタジアムの芝生が、砕けて、浮き上がり、崩壊していく。物理法則の崩壊。結果、重力崩壊という現象へ。


「嫌だ! 嫌だ! 死にたくない! 助けてくれええええええ!!」

「…………えぇ……ええっと、これ…………っ」


 男の身体が浮き上がった。肉体が軋む音がかすかに届く。即死しない分、余計にたちが悪いかもしれない。

 そして、その奥。黒三色のゴールポストも重力崩壊の影響で空中に浮かび上がっていた。ゴールも、ポストも、滅茶苦茶に飛び回る。


「いやだああああいやだああああああああうわああああああああああ――――ッッ!!!!」

「どう、すれば…………っ!?」


 試合開始キックオフ

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