第7話 奥の手
決闘(デュエル)は、ハンター同士が喧嘩で互いに傷つけ合わないように、一定のルールを定めて戦い、その戦闘能力の優劣を競う「競技」という扱いになっている。
武器や魔法の使用、目や急所への攻撃は禁止されているが、それ以外は何でもあり……以前の世界でいうところの「総合格闘技」のような形式だ。
一応、街の治安を守る「警備兵」が立ち会い、審判として反則がないか確認する。
また、一方的な展開になり、戦闘不能と判断されれば割って入るのも、審判が務める。
それ以外の勝敗は、どちらかが降参を宣言することで認められる。
なお、勝ったからといって法的に何か有利になるような強制力は無く、単に本人達のプライドの問題だ。
そして今回争いの種になっているのは、周りを取り囲む野次馬達からすれば単純明快、ミリアという「女」の奪い合いだ。
戦いの場は、飲食店が立ち並ぶ商店街からほんの少しだけ離れた広場だ。
滅多に見られない三ツ星ハンター同士の戦いということもあり、すでに数十人の見物人ができていた。
ミリアは群衆の最前列で、祈るように俺たちの様子を見ていた。
急なことだったので、審判を務める警備兵は頼りなさそうな新兵だったが、彼には「始め」の声をかけてもらうだけで良かった。
やや怯えながら彼がそのかけ声を発した瞬間、狂戦士グランは俺のもとに突進してきた。
しかし俺はそれを難なく躱す。
勢いだけで、大したスピードではないと感じ、軽くパンチを当てようとした。
だが、それはグランの計算だった。
俺の攻撃が軽いことを見越したのか、体勢を即座に整え直し、被弾覚悟で俺の体を捕まえに来たのだ。
組み付かれると体格差で不利になると思った俺は、瞬間的にバックステップする。
さらに追ってくるグラン。
そこに逆に俺が踏み込み、カウンターで右ストレートを当てた。
一瞬ぐらつくグラン。
今の一瞬の攻防に、野次馬から歓声が漏れる。
グランの表情は、やや堅くなった。
そして勢いに任せたさっきの攻防から、今度はコンパクトに腕をたたみ込み、細かく拳を突き出してきた。
リーチで勝る自分が、先にパンチを当てて有利に立とうとしたのだろうが、俺は一瞬踏み込むと、また右ストレートを打つと見せかけ、相手のガードを上げたところで右の蹴りを相手の左足に叩き込んだ。
ガクン、と体勢を崩すグランだったが、意地なのか、倒れるところまではいかない。
ここまでの戦いで、悟った……俺の勝ちは動かない、と。
どういうわけか、今日の自分は体が軽く、今までよりスムーズかつスピーディーに動ける。
それでいて、パワーまでもが漲っているように感じられた。
それでも、純粋な力では戦士であるグランの方が上だろうが、その攻撃が当たらなければ、また、捕まらなければ問題なかった。
上下左右、前後も取り入れた三次元的な攻防、ヒットアンドウェイで徐々にグランを追い詰め、ダメージを蓄積させていく。
奴の表情からは、明らかに困惑と焦りの色が滲み出ていた。
野次馬達も、もう若くはなく、グランと比べればかなり小柄な俺が、まるで闘牛士のように狂戦士を翻弄し続ける様子は痛快に映ったのだろう、俺の技術を賞賛するように歓声や指笛が鳴り続けた。
その様子にちょっと調子に乗ってしまった俺に、わずかな油断が生まれた。
一瞬腰を落としたグランが、素早く奇妙な印を結ぶ様を、漠然と見過ごしたのだ。
それを相手の隙だと錯覚した俺は、一歩相手の間合いに踏み込んだ……その瞬間、グランの顔にわずかに笑みが見えた。
そして奴の全身に、妙な力が漲っているのを直感し、咄嗟に踏みとどまって逆方向、つまり後方に強引にバックステップした。
まさにその刹那、俺を追うように、グランの伸び上がる様な胴体への下突きが襲いかかってきた。
ぞわっという悪寒が全身に走り、体を捻ろうとするが、奴の拳はさらにもう一段の伸びを見せ、胴部に当たり、その衝撃で俺は後方に飛ばされ、体勢を崩して膝をついた。
……いや、正確には自分で後方に飛んだところに追撃で押されたような形になっただけなのでダメージはほとんどないのだが、周りから見れば攻撃をまともに食らって吹き飛ばされたように見えただろう。
悲鳴と、歓声が響く。
「やっと当たった!」とか、「ついに捕らえた!」とか、「これが見たかった!」とか、野次馬達は一斉にはやし立てた……ついさっきまで俺の応援が多かったのに。
しかし、その野次馬達のどれだけのものが理解しただろうか。
グランが使ったのは「魔気功発動」……ようするに、魔力による一種のドーピングだ。
自分の筋肉に魔力を瞬間的に充満させ、その機能を激しく増強させる技だ。
成功したとしても、筋繊維の何割か断裂する場合もあるいわば「裏技」で、デュエルでは反則技なのだが、グランは審判の能力がさほど高くないことを見越して、それを使って捨て身の攻撃を繰り出してきたのだ。
……とはいっても、審判である警備兵を責めることはできない。それほど巧みだった。
そもそも、「魔気功発動」は高等技術で、俺でもそう簡単にはできない。それをこの戦闘中に使いこなしたのだ、グランの技術もまた一流ということだろう。
だが、それも俺相手には中途半端に終わった。
案の定、グランは驚愕に目を見開き、その顔は青ざめていた……不発だったことが分かったのだろう。
俺はニヤリと笑みを浮かべ、平然と立ち上がった。その姿に、また拍手と歓声が沸き起こる。
ここで、俺の笑みの理由を把握できた者はほとんどいないだろう。
多くは、それをやせ我慢だと感じたはずだ。
しかし、実際は違う。
俺はグランに示したのだ……「おまえの奥の手は、完璧に見切った」と。
もうこれで、俺の勝ちは絶対に動かない。
あとはグランをじわじわ追い詰めて降参させるだけだ……そう思ったときに、意外な展開が待っていた。
「もうやめてぇー! 全部……全部私が悪いんですっ!」
祈るように戦況を見つめていたミリアが、大声を上げて俺たち二人の間に入り込み、そして俺に抱きついた――。
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