第6話 決闘(デュエル)

「まさか同じ店でまた男を騙しているとはな……とんでもないガキだぜ!」


 大きな声で怒鳴り散らしている大柄な男……ただ図体がでかいだけではなく、丈夫そうな厚手の服の上からでも鍛えられていることが分かる。冒険者、それも星有りと考えて間違いないだろう。

 歳は二十代後半ぐらいか。俺よりは若いが、若造というほどでもない。


「ちょっと待て……この娘に騙されたって、本当か?」


「ああ、そうだ。おっさん、運が良かったな。あんたも金を持ち逃げされるところだったんだぜ」


 男が彼女を睨み付けながら、吐き捨てるようにそう言った。


「……ミリア、この男の言うことは本当か?」


「……えっと、その……そんなつもりはなかったんですけど……」


 俺の背後に隠れ、怯えるようにつぶやいているが、どうも歯切れが悪い。

 ひょっとして、俺、この男の言うとおり騙されるところだったのか?


「何があったのか説明してくれるか?」


 男の方を向いてそう聞いた。


「俺がちょっと席を外している間に、こいつが俺の金を持ち逃げしやがったんだ!」


 非常にシンプルに説明された。


「……ミリア、本当なのか?」


「……だって、その……食事だけの約束で、先に二万ウェンも渡してもらえたので喜んでいたんですけど……いつの間にか、私、この人と宿に泊まるような話になってまして……お断りしたんですけど、聞き入れてもらえなくて……それで、怖くなって……」


「……そのまま逃げたのか?」


「……はい……」


「金は返さずに?」


「……その……持ち逃げするつもりはなかったんですけど、ただ怖くて逃げるのが精一杯で……」


 俺はため息をついた。

 そして一万ウェン銀貨二枚を男に差し出した。


「……まあ、大体分かった。おまえが怒るのも無理はないが、この娘はまだ世間を知らない、いわば子供だ。俺が立て替えるから許してもらえないか?」


「なんだ、てめえ。そのガキとどういう関係なんだ?」


「たった今、定期的に会う約束をした。まあ、娘みたいなものだ」


「……なるほど、てめえも騙されて『パパ』になったってわけか」


「たしかに俺も騙されているかもしれないが、とりあえずおまえの金は戻ってきたんだ、もういいだろう?」


 俺が諭すようにそういうと、男は銀貨を手に取った。


「……ふん、まあいい。迷惑料として受け取ってやる。役人に突き出すことは勘弁してやるが……だがな、泥棒が物を盗んで、見つかって返したからといって許されるものじゃねえ。そのあたり、きっちりと俺が教育してやるからその娘、こっちによこせ」


「……おまえは何を言っているんだ? この娘は何も盗んでいないだろう? 食事を一緒にするのに二万ウェン払ってもらえたと思い込んでいた、それが話が違ってきたから帰った……ただそれだけじゃないか」


「ああん? ただメシを一緒に食うだけで、なんで二万も払わなきゃならねえんだ?」


 前の俺と同じようなことを言っている。


「そこがおまえの思い違いだ。『パパ活』ってやつを分かっていない。それに、その話を役人にして、取り合ってもらえると思うか?」


「……ちっ、ごちゃごちゃ言わずに、そのガキをこっちによこせ」


「嫌だね。自分の『娘』が酷い目にあうと分かっているのに渡す馬鹿な親がどこにいる?」


 その俺の挑発に、男は真っ赤になって怒っていた。


「……てめえ……俺とやり合おうってのか?」


「どうしても、っていうなら受けて立つがな。おまえもハンターなんだろう?」


「……そうか、てめえもか……なら話は早い、決闘デュエルでさっさとカタをつけるか?」


「いいだろう……ただし、俺は三ツ星だぜ」


 短く放った俺の一言に、男は、一瞬驚愕の表情を浮かべた。

 しかし、すぐにニヤけた顔に変化した。


「そいつは奇遇だな……俺も三ツ星なんだ……覚悟しやがれ!」


 そのセリフに、この言い争いに集まっていた店中の客達から歓声が上がる。


「すげえっ……三ツ星同士のハンターが女を賭けてデュエルだ!」


「こんなこと、年に一回、あるかないかだぜ!」


 ……もはや引っ込みがつかなくなってしまった。

 男は、すでに勝ち誇ったような顔をしている。


「おっさん……名前を聞いておこうか」


「……ハヤトだ」


「……なるほど、てめえが魔道剣士ハヤトか、だがデュエルに魔法は使えないぜ?」


「ああ、そんなもの使わなくても、俺はおまえに負けないつもりだが……三ツ星におまえみたいな奴、いたか?」


 三ツ星ランクの上級ハンターは、この町に二十人ほどしかいない。全員、顔と名前は知っていたつもりだった。


「あいにく、最近三ツ星になったばっかりでな。俺の名はラグンだ、この名を二度と忘れられないようにしてやるぜ」


「……おまえが狂戦士ラグン、か……まあ、お手柔らかに頼むぜ」


 俺は余裕の笑みを浮かべながらそう言った。

 ラグンが先に外に出たとき、ミリアは涙目で俺の腕にしがみついていた。


「ハヤトさん、逃げましょう……あんな大男に、勝てるわけがありません……」


「馬鹿、逃げたら前と一緒だろう? 心配するな、俺は負けない」


 町中で行う決闘デュエルでは、剣と魔法の使用は禁止される。

 そのため、同じ三ツ星ハンター同士の肉弾戦であれば、魔道剣士の俺より戦士のラグンの方が有利だ。


 しかし、どういうわけか、俺の目にはラグンのことが、大した相手ではないようにしか見えていなかった。

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