第7話全能の足
十一月一日、全治の学校では稀にしか見れないイベントが起きていた。
陸上の天才少年・市野隼男が、全国中学生陸上大会の短距離走で一位を獲得したのだ。
全国の中学から選りすぐりの選手が集うこの大会で一位を取ることは、選手にとって名誉であり、選手生命においてはアイデンティティになるものだ。
「市野、お前すごいじゃん!!」
「お前は日本一の陸上選手だ。」
「市野、お前は将来有望な選手になれる。先生は応援しているぞ。」
市野は周りから祝福されいい気分になっていた。
「ふーん、あいつ普通の生徒だと思っていたけどやるじゃないか・・・。」
黒之は市野を見ながら言った。
「うん、凄いね。」
黒之は近くから聞こえた声に驚き、声のするほうを見ると全治の姿が見えた。
「全治・・・、お前がどうして市野に興味がある?」
「僕はただ凄いと思っただけだよ、君はどうして興味があるの?」
「ふん、俺は人気のあるやつに敏感なだけだ。」
「そうなんだ。」
全治は黒之がまた悪だくみをしようとしているのか気になった。
黒之はとにかく自分が人気の頂点でなければ許せない男、その気に障ったりしたら容赦なく排除される。
ルビーファイヤードラゴンこと川原と西木がいい例だ。
全治は市野が黒之によって絶望に突き落とされないように、守ることを誓った。
「黒之君は彼のことが気に入らないの?」
全治が感情のない声で言うと、黒之も同じ声で答えた。
「ああ、そうだ。だからどうやって潰そうか考えていたんだ・・・。」
十一月二日、市野が下校しているときだった。
市野は幼い頃から走るのが好きで、登校も下校も学校生活の疲れに関係なく、家まで疾走している。
いつもの道を走っていると、車の走行する音が聞こえてきた。
「あっ、車だ。」
市野は道路の端に寄ってやり過ごそうとした・・・、しかし近づく車の異常に市野は気がついた。
「こっちに突っ込んでくる!!」
しかし気がついたところで回避は不可能、市野は恐怖で目を開けられずにつむった。
そして目を開けると信じられないものが見えた、一人の少年が片手で車を受け止めていたというのだ。
「え!?これは・・・?」
少年は市野のほうを振り向いた、この少年の名はもちろん北野全治である。
「大丈夫、怪我はない?」
「ああ、助かったよ・・・。」
市野は全治に頭を下げた。
「僕は北野全治、君は市野隼男だね。」
「どうして僕の名前を知っているの?」
「だって君は学校じゃ有名人だもん・・・・、ねえ黒之君?」
途中で全治の声が低くなった、そして黒之が全治と市野の前に現れた。
「邪魔してくれたな・・・全治。」
「君は相変わらず酷いね・・・黒之。」
全治と黒之の間で、静かな怒りが火花のようにバチバチとぶつかっていた。
「全治・・・君はどうして自分が上位の存在だという自覚が無いんだ?君はいつも力を使わずに、普通の人として毎日を過ごしている。せっかく神が与えた力があるんだから、自分のためだけに使えばいいのに・・・。」
「僕は上位の存在ではない、ただ神から不思議な本をもらった子どもだよ。だから僕は僕の人生を歩きたい・・・、それは黒之君や市野君だって同じだよ。でも誰かの人生の歩みを邪魔するのは良くない、それはこの世の面白いことを消すことだから。」
「はは・・・、子どもだな。だから君はつまらん。クロノスの仇が最優先の理由だけど、俺はお前が気に入らないから殺す。普通に振る舞っているくせに、俺ぐらいに人気がある・・・。」
すると黒之は光線を全治と市野に浴びせた、全治はすぐに手に取った魔導書のページを開いて、バリアを出した。
「甘いな!!」
すると黒之は市野のそばに瞬間移動して、市野の左足を掴むと力を送った。
「うわああああ!!」
「黒之!止めるんだ!!」
全治は黒之に掴みかかったが、黒之の神の力により弾き飛ばされた。
「これでいい、これでお前はもう人気者じゃない。せいぜい人並み外れた足を授かったことを、呪うがいい・・・。」
そう言い残して黒之は去っていった。
「市野君!!大丈夫?」
「う・・・あれ?何ともないよ。」
「え!?そんなはずはない、君は黒之に何かされたんだ。」
「うーん?でも足はあるし、普通に立ち上がれるから問題ないよ。そんなことより、君こそ大丈夫?」
「うん、大丈夫。」
「良かった、それにしてもこの車どうして突っ込んできたのかな?」
すると一人の男が全治と市野のところへ走って来た。
「おーい、大丈夫か!!」
「あ、大丈夫です・・・。」
「僕も大丈夫、ところでこの車はあなたのものですか?」
「そうなんだ、突然走り出して驚いたよ・・・。この車、中古車だから何か問題があったのかな・・・。」
男の言葉に市野は青ざめ、全治は静かに車を眺めた。
翌日から全治は市野のことが気がかりになった。
昨日「気にしないで」と言っていたが、黒之は間違いなく市野の足に何かした。
全治は放課後、市野のところにやってきた。
その時、市野の足取りが中学生ではあり得ないほど悪いということに気がついた。
「君は、全治君?」
「昨日はどうも、ところであの後足はどう?」
すると市野の顔が少し引きつった、全治はそれを見逃さなかった。
「やはりなにかあったんだね・・・、僕に教えてくれないか?」
市野はうつむくと暗い声で話し始めた。
「あの後いつも通り走ったんだけど・・・、いつもより足取りが重く感じた。それになんか急に立ち上がりにくくなって・・・。今日は走らずに登校したんだ。」
「ちょっと、足を見せて。」
全治は市野の足を見た、それは生前の流子や山師と同じ足をしていた。
「これは・・・、もしかして君は足だけが老化してしまったようだ。」
「え・・・、それって黒之のせいで!?」
「ああ、その通りだよ。」
「そんな・・・、じゃあこれからまともに走れなくなってしまったの・・・。」
市野は絶望した・・・、どうして黒之はこんなことをしたのか、どうして黒之はこんなことができるのか・・・。
市野はあれこれ思いながら、絶望の底へ沈んでいくのを感じた。
「じゃあ、僕がどうにかしてあげるよ。」
「全治君・・・、君にはできることなの?」
「うん、僕の魔術所に君の足を元に戻す方法があるかもしれない。」
「じゃあ、本当にお願いします!!」
市野は全治に頭を下げてお願いした。
「いいよ、こちらも黒之君から守ってあげられなくてごめんなさい。」
そして全治は市野と別れた。
帰宅した全治は魔導書を開いて、市野の足を元に戻す方法を探した。
ところが怪我した所を直す・無くした部分を再生させる・ような魔法はあるが、クロノスの力を無くす魔法は無い。でも代わりの魔法が見つかった。
「えーっと・・・、あっ、これだ!!」
全治は開かれたページの文面を読んだ。
『なんじたる者に、神速の速さを与える足を授ける。』
全治はそのページを詳しく見た、特に必要な代償は無いようだ。
「これなら市野の足を元に戻せるどころか、よりいいものにできる。」
全治は喜びに満ちた表情になった。
翌日の放課後、全治は昨日のページの呪文を唱えた。
すると年老いた足が、力みなぎる若々しい足になった。
「なんだこれ、凄い・・・凄い!!」
「市野君、校庭に行って試しに走ってみたら?」
「うん、行こう。」
全治と市野は校庭に出て、走り出した。
「うお、なんだこの速さ!!」
「あ、危ないよ!!」
市野はギリギリで校庭のフェンスに衝突するを回避して、止まることができた。
「あぶねえところだった・・・。」
「まだつけたばかりだから、慣れる練習が必要だね。時間はかかるけど、頑張れば使いこなせるよ。」
「うん、俺は今日からこの足で頑張るぜ!」
それから全治と市野は、放課の時間を使って走りながら市野の足を慣れさせた。
その様子を影で黒之は見ていた。
「チッ・・・、全治め余計なことを・・・。あの時、市野と全治を一緒に消しておくべきだったな・・・。こうなったら、お前とは徹底的に戦ってやる!!」
楽しく笑う全治と市野を見て、黒之は拳を握りしめた。
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