第6話普通の生活を入手する方法

十月三日、全治が散歩をしていると、四十代の男を見かけた。

男は髪も不潔で無精ひげを生やし、着ているシャツは洗濯していないのか黄ばみが酷くてボロボロだ。

全治は男に声をかけた、強烈な体臭が全治の鼻を襲った。

「あの、ちょっといいですか?」

「誰だお前?」

男はぶっきらぼうに答えた。

「僕は北野全治です、おじさんはなんて名前?」

「・・・直弥だ。ていうかどうして俺に話しかけてきた?」

直弥は疑る目つきで全治を見た。

「直弥さんに興味があるからです、どうしてそんな格好をしているんですか?」

「そんなことか、とっとと向こうへ行け。」

直弥は全治を追い払おうとした、しかしこれで引く全治ではない。

「どうしてもダメですか?」

「しつこいぞ、お前!!」

直弥はどなりながら拳を振り上げ、殴るぞと脅しをかけた。

しかし全治は逃げ出すどころか、表情が少しも変わらない。

「聞こえないのか!?」

「聞こえています、ただ僕はどうしてもあなたの話が聞きたいんです。」

すると直弥のお腹が鳴った、直弥は二日間何も食べていない。

誰かの食い残しにありつこうと歩いてら、全治に出会ったというわけだ。

直弥は食事のために全治を利用することにした。

「直弥さん、お腹空いているんですか?」

「ああ、もし食い物持ってきたら話を聞かせてやるよ。」

「いいよ、それで何が食べたいの?」

「食べられるものなら、何でもいい。とにかく食べたいんだ。」

全治は持っていた財布の残金を見た。

北野家の養子になってから、全治は初めてお小遣いをもらった。

お小遣いは毎月千円、今財布には八百円ある。

全治は近くに見つけたホットモットでのり弁を購入すると、男に手渡した。

「仕出し弁当か、食べたのはいつ以来だろうか・・・。」

男は受け取ったのり弁に感激すると、近くの木陰に座ってのり弁を食べた。

男はのり弁を食べ終えると、全治に笑顔で言った。

「さあ、何でも話してくれ。」

「直弥さんはお風呂に入ってないの?」

「臭うか・・・、まあしょうがない。入りたいけど入れないからな。」

「どうしてお風呂に入れないの?」

「俺には帰る家が無いんだ、ホームレスってやつだ。」

「そうか・・・、どうしてホームレスになったの?」

「俺は仲間と食品会社を起業したたんだ、最初は順調だったけど五年目の春頃から上手くいかなくなって・・・。そんな時に他の同業他社が俺の仲間を引き抜こうと声をかけてきたんだ、仲間は俺を見捨てて同業他社に乗り換えやがった・・・。俺一人残った会社はその後一か月もたたずに倒産、そして俺は哀れなホームレスになったということだ。」

直弥は下を向きながら言った。

「そうか・・・、とてもつらい事があったんだね。」

「もう俺はずっとこのままだと覚悟してる・・・。」

「そうかな?家に帰ればいいと思うけど。」

「俺の実家は石川県にあるんだ、帰りたくても金が無いし、スマホも持っていないから連絡もできない。」

「そうか、じゃあ実家に帰れることが出来たらいいんだね?」

「ああ、そうすれば普通だけどちゃんとした生活ができる。」

「じゃあ魔法をかけてあげるよ。」

「魔法?全治、お前頭は大丈夫か?」

「大丈夫だよ、僕は神様の魔法が使えるんだ。」

直弥は信じていないが、全治は気にすることなく魔法を使った。

「神々よ、なんじ示すこの者を招財の道へといざないたまえ。」

すると直弥は聖なる光に包まれた、そして聖なる光は消えた。

「・・・なんだ、今物凄い光が見えたんだけど・・・、俺は魔法にかかったのか?」

直弥は驚き戸惑っている。

「さあ、間もなくいい未来がくるよ。」

すると別の男が直弥に近づいていった。

「直弥・・・直弥か!!」

「お前は、三谷じゃないか!?」

「知り合いの人?」

「ああ、三谷は俺の会社で働いていたんだ。」

「ていうか直弥、凄い格好だな。それに臭いし、ホームレスみたいだな。」

「みたいじゃなくて、本物のホームレスだ。」

「マジか・・・。」

三谷は呆然とすると、直弥に言った。

「直弥、俺のシェアハウスに来ないか?」

「シェアハウス?」

「俺、お前の会社辞めた後に俺の祖父が亡くなって、祖父から土地と家を譲り受けたんだ。俺はそこをシェアハウスとして部屋を貸して、管理人をやっているんだよ。」

「そうなのか。それはいい話だけど、金が無いからな・・・。」

「じゃあ管理人の助手として住み込みでバイトしないか?」

「住み込みでバイト!?いいのか??」

直弥は目が飛び出るほど驚いた。

「昔のよしみだ、いいよ。」

「あ・・・ああ・・・ありがとう!!」

直弥は感激して三谷の手を握った、全治は静かに振り向きながらその場を去っていった。








それから直弥は三谷のシェアハウスで働きながら暮らし始めた。

仕事の内容は家事と買い出しだが、ホームレスの時のような無力感を感じるよりは、働いたほうがましだった。

久々のお風呂で体も心も垢抜け、清潔感が復活した。

シェアハウスで暮らす同居人とも打ち解け、直弥は普通の生活を手に入れたと心から感じた。

一方の全治は、直弥の事を北野に話した。

「それは凄いな・・・、お前ってその人が困っているかどうかわかるのか?」

「なんとなくそう感じるんだよね、だからはっきりしたことはわからないんだ。」

「そうか、直弥さん元気でやっているかな?」

「また会えるといいな。」

全治が心からそう思っていると、黒之がやってきた。

「また魔法で人助けか・・・、どうせ特別な自分に酔いしれたいくせに青臭いことしてるんだか・・・。」

素通りしていく黒之を、北野は睨みながら目で追った。

「気に入らねえな・・・。子どもなのに心は悪い大人だ、あいつは。」

「なんだか気持ちが落ち込むよ・・・、僕はただ助けたいからそうしているだけなのに・・・。」

「全治、黒之なんか気にするな。あいつはそう感じるだけなんだよ。」

「うん・・・、そうだね・・・。」

黒之と友達になりたい全治は、心のもやもやが膨らむばかりだった。










全治が直弥と出会ってから二週間後、全治が公園で休んでいると三谷がやってきた。

「おーい、全治君!」

「全治様の事、探しているようですね。」

「声をかけてみましょうか。」

眷属のホワイトとアルタイルに言われて、全治は三谷のところへ向かった。

「あの、僕の事呼びました?」

「ああ、君が全治君?」

全治は頷いた。

「君に渡したいものがあるんだ。」

三谷は一枚の折りたたまれた紙を全治に渡した。

「何ですか、これ?」

「直弥さんから君あてに手紙だよ。」

全治が紙を開くとそこにはこんな文章がつづられていた。

『全治君、あの時は俺を助けてくれてありがとう。あの時は全治君のことを信じていなかったけど、君は魔法使い、いや神様だ!!俺は旅費も貯まったことだし、故郷に帰って一からやり直すことにした。あの時君に巡り会えたことは、本当に幸運だ。君が魔法をかけてくれたから、俺は人生を捨てずにすんだ。さて故郷でなにをしようかな、俺はそれしか考えていない。

                                   直弥』



手紙を読み終えた全治は、やり切れた気持ちで心がいっぱいになった。

「あの時、魔法を使って良かった・・・。僕がいたから、救われる人もいるんだ。」

全治は感動で涙がこぼれ落ちた。

「あの、大丈夫・・・?」

「ううん、直弥さんが元気でやっていることが嬉しくて・・・。」

「そうか、私も嬉しいよ。」

「直弥さんはもうシェアハウスにはいないの?」

「ああ、二日前にこの手紙を全治君に渡すように頼んで、出ていったよ。」

その後、三谷と別れた全治は考えた。

「僕もいつか黒之君を、あんな風に助けてあげたいな・・・。クロノスの復讐とかに縛られずにさ、授かった力を誰かの役に立つために使う。それはとても立派なことだ。だから君と一緒にいたいんだ。」

それは単なる妄想かもしれない、しかしそうなってほしいと全治は心に思っていた。
















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