第4話決めなければならない未来
九月二十四日、全治は学校に行くと黒之が話しかけた。
「今日は君にとって、運命の日になるだろう・・・。」
それだけ言うと黒之は去って行った。
「何なんすか、あいつ?」
「いつも通り、気持ち悪い言い方ね。」
「人じゃないと思う程、不気味だわ。」
眷属達は黒之のことを言い合っている。
「うーん・・・、僕を困惑させたいのか、それとも本当にそうなることが解ったのか・・・。」
全治はブツブツ考えながら、教室へと向かった。
十時五十分、三時間目の授業中に教務主任の先生が教室に入ってきた。
教務主任は英語の先生・篠山に何かを言うと、篠山は全治に言った。
「全治、今日は早退だ。」
「え、どういうことですか?」
「君の祖父が、亡くなった。」
全治は何を言われたのか解らず、テレビの静止画のように固まった。
「全治、どうした?」
「ああ、それで祖父が亡くなったというのはどういうことですか?」
全治は信じられないという口調で篠山に訊ねた。
「どうも心筋梗塞で亡くなったらしい、自宅に来ていた知り合いが救急車を呼んだ時はもう手遅れだったそうだ。」
そういえば全治の祖父・山師は、今年の一月から心臓が悪くなった。
薬を飲みながら療養を続けていたが、亡くなる事は夢にも思っていなかった。
全治は目の前が真っ暗になった。
「・・・わかりました、帰る準備をします。」
全治は放心状態で荷物をまとめ始めた。
「全治、大丈夫か・・・?」
見かねて声をかけた北野に、全治は言った。
「大丈夫だよ・・・ショックだけどいつか来る未来なんだから、仕方ないよ。」
全治はそう言うと教室を出た、そんな全治に黒之は下品にニヤリと笑みを浮かべた。
全治は大石の車で病院に向かった。
霊安室に向かうと、山師の親友・直輝がいた。
「全治君か、これからだというのに一人ぼっちになってしまって、気の毒に・・。」
「直輝さんこそ、友達を亡くして寂しいでしょう・・・。」
直輝は山師の二歳年下で、高校からの長い付き合いがあった。
この日は二人で映画を見に行こうと直輝が千草家に向かったところ、玄関前で山師が死んでいるのを見つけたそうだ。
「そうだな、最後に顔を見てやってくれ。」
全治は第二霊安室と書かれた扉の前に立って、両手を合わせてから、扉を開けた。
霊安室は三畳ほどの広さで、左手に山師が横たわっているストレッチャーがあった。
顔に布はかけられておらず、山師の苦い死に顔が全治の目に映った。
「おじいちゃん・・・、僕を残して死んだのが嫌だったんだ・・・。なのに死んでしまって・・・、辛かったんだね・・・。おじいちゃん、今までありがとう・・。」
全治はすすり泣きながら、山師の遺体に手を合わせた。
翌日、山師の葬式が取り行われた。
参加者は全治と親戚のたった五人、簡素な葬式だった。
それよりも問題は一人取り残された全治だ、親戚には子供が二人いて全治を迎えられるほどの余裕はない。
「やはり君は、施設に行ったほうがいい。」
親戚に言われた時、全治はそのとおりだと思った。
でも児童養護施設に入るには、転校しなければならない。
北野君などの友達とはお別れだ・・・。
別れることは全治にとって寂しいことだ、家族が少ない全治にとって友達は心の支えになっていたのだ。
「まさか北野君たちと離れることになるなんて・・・、寂しいけど仕方ない事だよね。」
「全治様・・・、可哀想に。」
眷属のホワイトが心配そうに言った。
「ゼウスの魔導書で、一人でも生きていけないかな?」
眷属のルビーが言った。
「駄目よ。家事は出来るし、家はどうにかできたとしても、お金はどうするの?おじいさんが残してくれたお金だっていつか無くなるわ。」
眷属のアルタイルが厳しい現実を言った。
「みんな、意見を言ってくれてありがとう。後は、一人で考えるよ。」
そう言って全治は一人ぼっちの家の二階にある、自分の部屋へと向かった。
『全治、聞こえるか全治よ。』
「・・・ここは、ゼウスの部屋・・・。」
その日の夜の夢で、全治は久しぶりにゼウスの部屋に来た。
『久しぶりだな。ところでお主は、自分が人生の分かれ道に来ているという自覚はあるか?』
「うん、家族が一人もいなくなって僕だけになってしまったんだ。」
『これは私の予言だが、お主は近いうちに選択を迫られる。一つは孤独だけど養護を受ける道、そしてもう一つは新しい家族の一員となる道だ。』
「そうか・・・、でもどのみち友達とは離れ離れになるし・・・。僕は施設に行こうかな。」
『決断を早まる事はない、その時の状況も踏まえて改めて考えたほうがいい。』
「そうだね、そうするよ。」
『全治、最近眷属たちと上手くやっているのか?』
「うん、何とかね。」
『全治、お主に魔導書を授けてもう七年になる。世の中のこと、少しは理解できたかな?』
「うん、でもまだまだわからないこともあるんだ。」
『たとえばどんなのだ?』
「うーん、女性と一緒にいると時々心臓が高鳴る感覚がするんだ。これが恋というものなのかな?」
するとゼウスは陽気に笑い出した。
『全治、お主も恋を覚えたか。これから多くの美女を楽しむことが出来るぞ。』
ゼウスが何を言っているのかよくわからないまま、全治は翌日目覚めた。
その日、全治は一時間目の授業を受けずに職員室にくるように大石から言われた。
しかも北野君も一緒だ。
「二人とも、そこに座って聞いてほしい。」
全治と北野はソファーに座った。
「全治、君は身寄りを亡くして一人ぼっちだ。このままではまともに生きていけないことは、わかっているな?」
全治は頷いた。
「実は君の祖父は遺書を残していて、昨日受け取ったんだ。万が一自分が死んだ時のために全治の身寄りをどうするかが書かれている。」
大石は全治の目の前に遺書を置いた。
「おじいちゃんがこれを・・・、どうして先生が持っているの?」
「俺が渡したんだ。」
北野が言った。
「全治のじいちゃんは俺の親父と前々から話し合っていたようでな、もし全治が望むなら全治を北野家の養子にしてほしいと頼まれていたんだ。全治のおじいちゃんは遺書を書きあげると俺の親父に預けて、昨日親父から『これを担任の先生に渡せ。』って言われたんだ。」
「そうか・・・。」
「全治、お前さえ良ければ俺ん家に来ないか?部屋もあるし、一人ぼっちよりはずっとましだろ?」
北野は全治の肩を持ちながら言った、全治はここで今一度考えた。
「施設に行けばそこで生活できるけど、友達とは離れ離れ・・・。北野家の養子になれば、友達とは離れ離れにはならない・・・。でも北野君とは友達から家族の一人の関係になる。何だか複雑だな・・・。」
全治は秘めている疑問を解決するため、北野に質問した。
「もし、僕が君の弟になっても、今まで通りに付き合ってくれるかな?」
「当たり前なことをきくなよ、当然じゃねえか。今でもお前に出会えて良かったって思っているのに、俺ん家でこれから暮らすことになるなんて最高じゃねえか。」
「全治、君はいい友達を持ったな。」
大石は優しく笑いながら感心した。
「うん、北野君がそう言うなら僕は北野君の家族になるよ。」
「本当か!!ありがとう、全治ーーーっ!!」
北野は泣きながら全治を抱きしめた。
その後養子の手続きが完了し、千草全治は北野全治に名を改めた。
このことは大石からクラスメイトにも伝わり、クラスメイトの一人を除く全員が全治を拍手で祝福した。
その一人とはもちろん黒之で、発表してから数時間後に全治に声をかけた。
「まさか養子になってこの地に残るとはねえ・・・。」
「僕が出ていくと思ったの?」
「ああ・・・、そうなれば僕が一番でいられたのに・・・。まあいい、僕には君を殺さなければならない使命があるからね。」
「やはり諦めていなかったんだね・・・。」
「そうだ、クロノスのためにもゼウスに天誅を与えねばならないんだ。」
「可哀想だよ・・・、そんな神様の復讐に利用されるより、僕と一緒に何か楽しいことをした方がいいのに・・・。」
「くだらん、そんなこと・・・。」
黒之は憮然とした態度でその場を去り、その背中を全治はただ見つめるだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます