第2話正しい家族
五月十六日、全治は気ままな散歩を楽しんでいた。
「全治様、いつも散歩ばかりしてますね。」
「確かにそうだね、他のみんなはゲームとかスマホを楽しんでいるようだけど。」
「しょうがないわ、全治様は生活が苦しいから趣味をする余裕がないのよ・・・。」
「確かに趣味にお金が必要だ、でも必ずそうとは言えない。僕はこの散歩が趣味だから。」
「そうですね、全治様。」
眷属達と会話しながら歩いていると、いつも立ち寄る公園に到着した。するとベンチで一人座りながらうつむく女性を見かけた。年齢は三十歳だろうか。
「あの女性、なんか気になるな・・・。」
全治は自然とその女性の隣に座り、声をかけた。
「こんにちわ。」
しかし女性は気づかない。
「あの、こんにちわ。」
「ひゃっ!!・・・あ、こんにちわ。」
「驚かせてすみません。」
「いいのよ、気づいてなかっただけなんだから。」
「ところで何か思い詰めていた顔をしていましたが、何かあったのですか?」
「・・・長くなるけど聴きたい?」
「はい、お願いします。」
そして女性は語りだした。
「私には杉彦という夫がいるの、だけど杉彦は私のことを気づかってくれないの。私は専業主婦だから家事についての不満はないけど、例えばお昼まで寝ていて起きたとたん『俺の朝食は?』とかいうのはいつものこと、部屋の掃除している時も『早く終わらせてくれよ』って文句ばかり。もう本当にストレスが溜まって嫌になるわ。」
「杉彦さんは家事を手伝ってくれるの?」
「いいえ、結婚してから一度もない。」
「そうか、一人での家事は大変ですよね。」
「解ってくれるの?」
「僕も一人で家事をしているんだ、おじいちゃんと二人暮らしだけどおじいちゃんは年だから、あまり家事はできないんだ。」
「あの・・・、君のお父さんとお母さんは何をしているの?」
「お父さんとお母さんは、もう空の上なんだ。」
女性は全治のセリフの意味を察し黙り込んだ。
「ところで、話しはまだあるの?」
「ああ、そうだったね。実は私、妊娠したの。お腹はぺたんこだけど、中には杉彦と私の子供がいる。だから私はこのままでは生まれてくる子供にもよくないと思って、家事の項目を再確認して、杉彦にも少しでいいから家事に協力してくれないかってお願いしたの。そうしたら『それだとお前が専業主婦じゃなくなるから、おれは手を貸さない。仕事と家事は夫か妻のどちらかでこなしている、これが最善のやり方だ。』って、私の言い分はほとんど無視された。それでショックを受けて、この公園に来ていたというわけ。」
全治は女性の話を聴いて疑問を感じた。確かに役割を分担するのはいいことだ、でも個人の力には限界がある。事情はあるにしても、少しは気にかけたほうがいいのではと思った。
「これから子供が生まれるとなると、あなたの疲労はこれまでより酷いものになる。めまいがして倒れてしまうかもしれない。」
「そうね・・・、希望があるのにお先真っ暗か・・・本当に辛い。」
全治は女性を助けたくなった、そう思った時にゼウスの魔導書が自然と全治の手元にきた。
「今からあなたに魔法をかける。どうなるかはわからないけど、あなたを助けてくれるかもしれない。」
「え?あなた、何を言っているの?」
「そういえば自己紹介を忘れていました、僕は千草全治です。」
「あ、私は間崎楓よ。」
「では楓さん、行きますよ。」
全治は魔導書のあるページを開いて、呪文を唱えた。
「神々よ、なんじ示しこの者を家庭の長へと導きたまえ。」
すると聖なる光が楓を包み込んだ、そして聖なる光が消えると全治は楓に言った。
「これであなたは一家の主です、杉彦も逆らえなくなりました。」
「え・・・?今の話、本当なの?」
「確かめてみてください、それでは失礼します。」
全治は困惑する楓を置いて、公園を後にした。
五月二十三日、全治がいつも通りに散歩をしていると楓に出会った。
一週間前とは違いウキウキな笑顔をしている。
「お久しぶりです、楓さん。」
「あら、全治君!!あの時は本当にありがとう、いやあ本当にあなたの言う通りになるとは思ってもいなかったわ。」
「最近、家庭のことで苦労はありますか?」
「もう全然無いわ!!今はもう杉彦が手伝ってくれるようになったのよ。」
「そうですか、お腹の赤ちゃんも元気そうで何よりです。」
「あ、買い物の途中だった!じゃあまたね。」
楓は全治と別れて、お使いに戻った。
「楓さん、いい笑顔でしたね。」
「うん、魔法を使って良かったよ。」
「そうですね、仏坂の場合は最悪だったけど、今回はいい結果になって良かったです。」
「でも・・・、これからが気になるな。」
全治は心配そうに空を見上げた。
五月二十七日、全治が学校から帰宅途中に歩いていると一人の男が話かけてきた。
「あの・・・、全治君ですか?」
「うん、あなたは誰?」
「私は間崎杉彦、前日は妻がお世話になりました。」
「楓さんの夫ですか・・・、僕になんの用ですか?」
「頼みがある、君の魔法で楓を元に戻してくれ。」
杉彦は頭を下げて全治に頼みこんだ。
「いいよ。それにしても変だね・・・、楓さんに何かあったの?」
「ああ、そうなんだ・・・。」
杉彦は暗い顔で語りだした。
五月二十四日、楓は交通事故に遭ってしまった。楓は助かったものの、お腹の赤ちゃんは流産してしまった。楓は我が子を失った悲しみに飲まれ、心がすさんでいった。
家事はしなくなり、毎日買い物三昧、それについて杉彦が何か言おうとすると杉彦を罵るようになったという。
そして二日前、楓と言い合いになった時に楓から「もしあたしを変えたかったら、全治君にでも頼むんだね~」とへらへらと言われ、楓を変えるため近所の人たちに全治のことを訊ねまわったそうだ。
「そうでしたか・・・、さぞかし悲しかったでしょう。」
「そうだ、子どもを失った悲しみは理解できる。だけどそのままでは、良くないと思うんだ。だから君の魔法で、何とかしてもらえないか?」
全治は冷静に考えると、こんな提案をした。
「・・・では、あなたに魔法をかけてあげましょう。」
「え?楓じゃなくて、私に・・・。」
「そうです、魔法であなたに新しい出会いを与えます。」
「それって、どういうこと?」
「あなたは素敵な女性と出会って、結ばれるんだ。」
「ちょっと待て、じゃあ楓はどうなるんだ!?」
杉彦が取り乱した口調で言った。
「あなたと離婚ですね。」
「そんな・・・、どうしてそんなことを言うんだ?」
「楓さんはあなたと正しい家族を作りたいと言って僕にお願いした、それまでのあなたは楓さんの苦労なんて気にもとめなかったから。」
「お恥ずかしながら、その通りです・・・。」
「でも楓さんは交通事故で変わってしまった、おそらく正しい家族のことを見失っていることでしょう。だから僕は楓さんが再び正しい家族をさがすきっかけを与えるために、あなたと離婚したほうがいいと思ったのです。」
「つまり一度全てをリセットして、また楓が立ち直るきっかけを与えるということか・・・。」
「その通りです、もちろん楓さんを元に戻すこともできますが、どっちにしましょう?」
「・・・リセットさせてくれ。」
「僕の提案を飲むんだね。」
「ああ、楓を改心させるにはそれがいい。魔法で戻すのは簡単だけど、それだと楓のためにはならないと思ったんだ。」
「そうか、それじゃあいきますよ。」
全治は魔導書のページを開いて呪文を唱えた。
「神々よ、なんじ示しこの者を運命の出会いへと導け」
その後杉彦は全治の魔法で新しい出会いを果たし、楓とは離婚した。
それから一週間後、楓は実家に帰るために町から出ていった。
その後楓が「正しい家族」を見つけられたかどうか・・・、それは全治にもわからなかった。
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