全能少年「正解と過ち」

読天文之

第1話人付き合いの模索

 ゼウスの魔導書を持つ寡黙な少年・千草全治、中学二年生に進学し青思春期の真っただ中を生きていた。四月八日、全治は教室で眷属達と話していた。

「これから新たな一年が始まりますね。」

「うん、勉強も遊びも楽しんでいくよ。」

「それにしてもまた黒之と同じクラスですか・・・。別々にしてくれたら、少しは気楽に学校生活を送れるのに。」

 全治は高須黒之の方を見た。一年生の時とは違い場所は離れているものの、これまでに全治を殺して魔導書を奪おうと襲撃してきた、因縁の相手である。

「気にしてないよ、学校に来ている以上は必ず出会うから。」

 そして担任の大石が教室に入り、朝礼が始まった。生徒全員が着席すると、大石が言った。

「今日から一緒に学ぶ新しい生徒を紹介する、入っていいぞ。」

 大石に言われて教室に入ってきたのは、顔もお腹も丸めで身長は全治よりも少し低めの少年だった。少年が黒板の前に立つと、生徒達の間でヒソヒソと陰口が騒めきだした。

「紹介しよう、仏坂独歩だ。」

「初めまして、仏坂です。今日からよろしくお願いします。」

 仏坂は明るくはきはきと挨拶をした、生徒達も一応挨拶をした。

「ふーん、優しいデブか・・・。こりゃ格好のいじり相手だ。」

 黒之はニヤリと笑った。

「面白そうな人だね。」

 全治は興味深々なようだ。

「仏坂はあそこの席に座ってくれ。」

 仏坂が指定された席に座った、奇しくもそこは全治の隣だった。

「よろしくね!」

「うん、よろしく。」

 明るい高い仏坂に対し、全治は落ち着いていた。




 翌日の放課後、全治は北野や空谷などの親友と楽しく会話をしていた。

「そういえば最近、変わり者を見かけたな。」

 北野が話を持ち出した。

「それって、どんな人?」

「体形は太めで、とにかく終始明るい奴だな。俺が見た時はラップ口調で他の生徒達に話しかけていたぜ。」

「それ、僕も見た。」

 伊藤が言った。

「二日前図書館にいた時、読書中の生徒に絡んでいたよ。まあ後で図書の先生に注意されたけどね、あれは迷惑だよ。」

「確かに、あいつに絡まれた生徒達はみんなウザそうな顔をしていたな。」

 するとそこへ仏坂が急に現れた。

「イェーイ、怖いは怪談・危険は禁断・俺とたのしく雑談!!」

 突然の下手なラップに、全治達はしらけてしまった。

「あれ・・・、じゃあ失礼しました・・・。」

 仏坂は状況を察すると、トボトボと歩きながら去っていった。

「全治、俺が話した奴というのがさっきのなんだ。」

「ふーん、仏坂君なんだ。」

「え!?知っていたのか?」

「うん、同じクラスなんだ。」

「全治君のクラスって、いつも変わっているのがいるよな。」

 伊藤が言うと、全員が笑った。





 翌日の下校中、全治が一人で帰る仏坂を見つけた。気になった全治は声をかけた。

「やあ、こんにちわ。」

「わあ!・・・って、君は確か千草全治だっけ?」

「うん、よく知ってるね。」

「だって、僕のクラスの有名人の一人だもん。」

「有名人か、僕はそんなに凄くないけど・・・。」

「なあ、お願いしてもいいか?」

 仏坂はもじもじしながら全治に言った。

「何ですか?」

「俺の、友達になってくれ!!」

「いいよ。」

 少し間をおいて全治が言った。

「やったー!!これでみんなに注目してもらえるぞ!!」

「君はみんなに見てもらうのが好きなの?」

「ああ、俺はこんな見た目だしみんなには声をかけられなかった・・・。だから思い切って明るく振る舞ってみたけど、そうすると逆に避けられてしまうんだ。」

「ふーん、じゃあ僕が君をいい印象にしてあげる。」

「え、どういう事?」

 すると全治の手元に魔導書が握られた、全治が魔導書を開いて呪文を唱える。

「神々よ、汝の示す者に魅力の力を与えよ。」

 すると仏坂を神聖な光が包んだ。

「うわあ!・・・、一体何が起こったの?」

「これで君は魅力的になった、それは僕が保証するよ。」

 そう言うと全治は仏坂を置いて去って行った。






 そして翌日から全治の言う通り、仏坂は人気者になった。

「何か仏坂って、意外とカッコよくね?」

「デブだけど、彼の場合は動けるかっこいいデブなんだよな。」

「本当に仏坂は、仏に見えてきた。」

 周りの生徒達からチヤホヤされ、仏坂はすっかり気が大きくなった。今まで下手だと言われてきたラップも、今や天才とまで言われるようになった。

「やあ、仏坂君。」

「へい!物価は値上げ、食べたいカラアゲ、今の僕は超アゲアゲ!!」

 仏坂のラップは決まっている。

「最近、調子いいみたいだね。」

「ああ、これも全治君のおかげだよ。サンキュー!君は僕の神様だ!!」

 仏坂はすっかり全治を神様のように崇めている。

「どういたしまして、でもまだこれからだよ?」

「え?どういうこと」

「僕は昨日、君を魅力的にしただけなんだ。これからも人気者でいられるかは、仏坂君次第だよ。」

「大丈夫だって。今の俺はクラスの隠れたスターだけど、その内全治君や黒之を超えたスターになってやる!」

 そう言うと仏坂はスキップしながら去って行った。

「仏坂君、すっかり有頂天ですね。」

 眷属のアルタイルが言った。

「さて、これからどうなるか・・・。」

 そして全治も教室に向かって歩き出した。









  四月二十一日、仏坂はますます多くの友達を持ち、それ故に付き合いへの労力も増えて行った。この日仏坂は、全治にお金が欲しいと頼って来た。

「どうしてお金が欲しいの?」

「俺は今、お小遣いが無いんだ。みんなでカラオケやゲーセンに行ったりしている間に無くなったんだ・・・。」

「金遣い、荒くなったんだね。」

「だから頼む!俺だって欲しい物があるんだ!!」

 仏坂は土下座をした。

「ごめん・・・。僕の家はとても貧しいから、たくさん小遣いを持っていないんだ。」

「それは無いぜ!だって君は僕を人気者に出来たんだろ、自分のお小遣いだってどうにかできるはずだ!」

 仏坂は立ち上がると怒った表情で全治に詰め寄った。しかし全治は冷静に言った。

「確かに君の言う通りだよ、でもこんな事はいつまでも続けられない。僕にある不思議な力も、いつか消えてしまうかもしれないんだ。それよりも人付き合いを見直してみたらどうかな?友達を減らすかどうかはよく考えておくとして、カラオケやゲーセンじゃない付き合い方を考えたらどうかな?」

 金銭的に苦しい全治の場合は、僅かな小遣いをやりくりしながら付き合いを続けている。しかし全治のこの意見に、仏坂は納得しなかった。

「俺は歌うのが好きだからカラオケに行くし、俺も含めて大抵の奴はゲームが好きだ。それ以外の人付き合いの方法なんて、思いつかないよ!」

「・・・だったら、行く回数を減らすしかないね。」

「それじゃあ納得出来ないんだよ!!もういい、お前には金輪際頼らない。俺は最高、お前とは絶交、お前の人気これから急下降ーーーっ!」

 仏坂はラップで全治を罵倒するとどこかへ行ってしまった。

「全治様、彼をほっといていいのですか?」

 眷属のホワイトが尋ねた。

「・・・仕方ないさ。人に力を与えて、それがいい方向に動くとは限らない。」

 全治は静かに呟いた。






 そして四月二十二日から仏坂の人気に陰りが見え始め、それから仏坂を離れる人達が一人ずつ増えて行った。

「最近、あいつが急にかっこよくなくなったよな。」

「俺も最初はカラオケとか付き合っていたけど、付き合いが減ってから魅力失くした。」

「今までのあいつは何だったんだ?」

 そして五月を迎える頃には、仏坂はすっかり普通の生徒になった。あれ程口ずさんでいたラップも辞めたそうだ。そんな仏坂を全治は、ただ見守るだけだった・・・。

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