3-16 リーゼロッテの正体(2)


 思えば、幾つかヒントはあったのだ。


 死体から植物のように生えてくるリーゼロッテ。

 正規兵達の装備している、植物のツタを絡めた獲物。

 豊穣の地グレイシアの営みは、あの世界樹によって支えられている。あの女が利用しないはずもない。


 成程、とエミリーナ。


「つまりリーゼロッテは、世界樹から魔力を吸い取り、魔術を行使している。それなら敵が増殖するのも、本人が動けないのも道理ね。世界樹は二足歩行できないもの」

「では、前に見た偽物は?」

「魔力で作った端末、ってところかしらね。植物で例えるなら、自分の種を飛ばしたようなものかしら」

「……なんかエルフって、あの手この手で自分の偽物作りません……?」

「体内の多くが魔力で出来てる、エルフ種の特徴とも言えるわ。魔術に対して強いから、身体を変化させたり擬態を作りやすいのよ」


 そういえば、前の百年戦争でも多くの人間がエルフの擬態に苦しめられた。

 自分の前にいる人間が、実はエルフかもしれない――その疑心暗鬼ぶりが人々を陥れ、恐慌状態にさせていく。


 勇者様への奇襲の時でもその手が使われ、要人に化けていたエルフの指揮により混乱が広がったのだから。


「……ただ、同じ偽物でも術式が違うわ。レジスタンスに紛れ込んだエルフのような<変化>、あなたが見たエックノアの<分身>、そして今回の<増殖>。それぞれ弱点がある。そして今回のは分かりやすい。おそらく世界樹から遠ざかれば遠ざかるほど、リーゼロッテは極端に弱くなる」


 トントン、と階段を昇るように推理を組み立てるエミリーナ。

 閃きについては私に分があると話すけど、物事を論理的に考えるのはやっぱり彼女の役目だ。


「今の話から考えると、リーゼロッテは攻撃や侵略という意味では、アンメルシアに遙かに劣る。……けれど、負けない。彼女には世界樹という、数千年の魔力を蓄え込んだ強力なバックアップがある。……その元に居る限り倒されない”余裕”がある、これが”余裕”のリーゼロッテの正体」


 成程、それはリーゼロッテも”余裕”を名乗る訳だ。

 敵に勝てはせずとも、決して負けない自身と自負があるのだから。


「……って、そんなの卑怯じゃないですか!? 倒しても倒しても蘇るなんて!」

「その台詞、鏡見ながら言ってみたら?」

「うっ……いえ、私はちょ~っと勇者様のお力を間借りして、蘇ったり操ったり融合してるだけだから……」

「あなたも大概インチキくさいわよ? 魔王もびっくりね。まあ、お陰でエルフを殺せるから良いのだけど」


 といいながら、実際エミリーナも渋い顔をしている。

 正体は判明したけど、攻略方がさっぱり分からない!


「エミリーナ。リーゼロッテ本人の首を飛ばしたり出来ますか? 頭と心臓が途切れれば、エルフは絶命するはずです」

「言いたいことは分かるけど、難しいわ。リーゼロッテは多くの端末を持ってるから、どれが本物か見分けにくい。最悪、世界樹の中に隠れてる可能性もある。すると、相手の首はどこにあるの? って話になるわ」

「せ、せこいっ……!」


 なんとタチの悪い虫だろう。

 前世はきっと、あの台所に出てくる私の大嫌いな黒光りする虫に違いない。

 とすると……


「エミリーナ。あの世界樹、ぜんぶ燃やしたりとか……さすがに無理ですよね?」

「頑張れば出来なくはないけど」

「頑張れば出来るんですか……」

「ええ。けど詠唱にかなり時間がかかるわ。それに世界樹は、グレイシアの大地に数多くの根を張っている。可能かは分からないけど、樹や幹を焼いても大地に蔓延らせた根から魔力を吸収して蘇る、なんて可能性もあるわ」

「うわぁ……じゃあ、世界樹を焼いた隙に、リーゼロッテ本人を襲撃して倒す、とか?」


 それもどうかしら、とエミリーナはクロムウィの研究資料を開いて見せる。


「改めて記述を見ると、面白いことが分かるわ。リーゼロッテの死体は、樹の枝のようにはらりと折れて消え、その上から新たなリーゼロッテが花咲いた、と。フロンティアの時もそうだったわ」

「完全に植物ですね……」

「ええ。下手すると、魂融合レベルで世界樹と統合されている可能性がある。美を意識するエルフが、植物と融合なんて妙だけど」

「そこまでして、リーゼロッテは余裕を保ちたかったんでしょうか……?」

「さあ。なにか余程、怖いものがあったんじゃない? じゃなきゃ、自分の姿形を捨ててまで”余裕”を取り繕うのに、必死にはならないわ」


 第四王女”余裕”のリーゼロッテ。

 私達が始末するべき相手の正体を探りながら、思う。

 美を愛するはずのエルフが何を思って、世界樹と融合などしたのだろう?



 一旦休憩を挟みましょうとエミリーナに誘われ、管理棟に並んだ酒棚から適当なワインを取り出した。

 素手できゅぽん、とコルクを抜いたのでびっくりしたら、ワインの蓋を開ける魔術があるらしい。


「お酒は百薬の長。考え事もまとまるし、気分もよくなるわ。エルフは屑だけど、酒に罪はない」

「エミリーナ、何気にお酒好きですよね……」

「魔術師たるもの、酒は飲むべきね。そしてエルフを殺すにも便利なのよ」


 グラスを片手に、ふふ、とエミリーナは思い出話を語りだす。


 三十年以上も昔。

 対エルフのゲリラ戦を行っていた頃、彼女は撤退する街の酒棚にトラップをしかけ、酒瓶を手にした敵エルフを爆破するブービートラップをよく使ったらしい。

 エルフは個としての戦闘能力は高く、生命力もあるものの、種族的に強欲で自分勝手、悪辣であり単純だからこそ罠によくかかったという。


「ブービーって、どういう意味ですか?」

「元ネタは外来語らしいけれど、意味はわかるわ。間抜け、の意味。別称でも間抜け堕とし、偽装爆弾なんて言葉があるけど、ブービーって言い方が豚を馬鹿にするっぽくて気に入ってるの」

「エルフにぴったりですねー。まあ実際、アンメルシアは間抜けでしたけどね」


 けらけら笑いながら、私は同席させたアンメルシアの頭にだばだばと酒を流していく。

 最近、エミリーナとの酒盛りの際にはこの女を同席させ、アルコールで侮辱し硝子瓶でたたき割ってやるのが趣味なのだ。


 赤ワインでべっとりと顔を赤く染めてやりながら、私は愚かなアンメルシアとの対決を思い出す。


「蘇ってあなたと再開した時、あなたが私を甘く見てくれたお陰で助かりました。ええ、まさに愚か者の末路ですねー」

「……あの日のことは、決して忘れませんわ」

「ふふ。最強のエルフといえど、油断していれば容易く首を取れる。ええ、まさに愚かです」

「ふん。あなたも人のことが言えて……? わたくしを連れ回していること、いつか必ず後悔させてあげますわ」


 鼻を鳴らすアンメルシア。まあ、その点は事実だ。


 私が死者を魔術で蘇生できるように、エルフ共も死者を蘇らせる技術がない訳ではない。

 つまり私からアンメルシアを奪い返せば、エルフ共はこの王女を蘇らせる可能性がある。


 効率を考えれば、私はあえてリスクを背負っている。


「分かっていますよ。あなたの存在が、私に小さな危険を与えていることは。……けど、それを差し引いても、私はあなたに地獄を見せたい。そもそも復讐自体、私の我が儘です。愉悦のために危険を冒すのは当然でしょう? そして実際、あなたは幾度とない屈辱を感じているでしょう?」

「くっ……!」

「最近どうも、あなたの反応が大人しいのですよね。そろそろ心が折れてきていませんか?」


 アンメルシアの顎をつたうように撫で、にやりと見下しながら意地汚く愉悦する。

 王女の心は、奈落迷宮の一件で揺らいでいる、と私は見ている。

 ”完璧”なはずの自分が、聖女たる私には絶対に勝てないのではないか――そんな忍び寄る失望に脅かされ、震えている気配を、魂を掴んでいる私には何となく感じるのだ。


 けど、足りない。

 まだまだ私の心は満足しない。


 アンメルシアの前でリーゼロッテの鼻をへし折り、エルフは私に駆逐されるしか無いのだと突きつけ、更なる絶望でこの女の心を塗りたくる。

 その次は彼女の姉妹、両親、さらには全てのエルフを始末し、その遺灰をこの女の前にすべて並べてやるのだ。


「あなたの”完璧”を崩すように、必ずリーゼロッテの”余裕”も打ち砕いてみせますよ」

「……ふん。妹のリーゼはああ見えて慎重派よ。あなたなんかに破れるものですか」

「みたいですねー。実際、苦労してるんですよ。エルフのくせに生意気な……」


 と、私はふとグラスを手に取ったところで手を止める。


 リーゼロッテは確かに、エルフにしては慎重で防御に長けた所がある。

 けど、エルフはエルフなのだ。

 美と権威のために見栄を張り、根本的なる悪にして、調子づいた時は必ず足下を見失う、視野の狭い愚かな種族――


 その悪意が、私に天啓を与えた。

 ゆらりと真っ赤なワイングラスを揺らしながら、私は血の味を堪能するようにゆっくりと舌に乗せ、転がしながら考えをまとめていく。


「エミリーナ。リーゼロッテに、ブービートラップを仕掛けるのはどうでしょう」

「え?」

「正面きって戦うのが難しければ、間抜けをはめるトラップを仕掛けるのです」

「……王都から出てこない敵に、トラップ?」


 私は念のため、アンメルシアに聞かれないようアイテム袋へと戻し、作戦の概要を耳打ちする。

 エミリーナが眉を寄せたのは、私の作戦があまりに非人道的だったからだろう。


 人を人とも思わない、エルフですら震えるような悪意の塊。

 蘇生魔術を操り、死者を冒涜する私自身ですら、えげつなさを滲ませ目を背けたくなる内容だ。


「レティア。それ、かなり最悪な発想よ?」

「ええ。レジスタンスの皆にも相談が必要でしょう。……けど、フローティアなら乗ってくれると思います。それに――私はどんな手を使っても、エルフ共を殺したい」

「……まあ、あなたの言いたいことは分かるわ。私だって、奴等を挽肉にするためなら何でもする」


 帽子を目深に被り、了承の意を込めて頷くエミリーナ。

 私達はその作戦を文字通り<ブービー作戦>と名付け、対リーゼロッテの切り札として計画を進めることにした。



 ワインを片付けつつ、必要なものをリストアップしていく。


「まず、レジスタンス達の協力が必要ね。彼等が今回の鍵になるわ。それと、クロムウィの作成した対エルフ爆弾。そのまま使うには威力が不十分だけど、そこは私が改良するわ」

「では必要なのは、実験材料と爆弾製造のための素材ですね」

「ええ。素材の方は幸い、農場の方に幾らでもありそうだから問題無い。量産体制についても、ドワーフや妖魔、妖精など他種族が集まるなら手分けして行える。――となると問題は、実験相手かしら?」


 本当にエルフに効くかどうか、と。

 さらりとメモをまとめたエミリーナが、ふむ、と魔術ペンを片手にカリカリと頭を搔いた。


「では、エミリーナ。その辺のエルフを捕まえて、適当に毒物実験をしてみます? 以前みたいに」

「普通の毒ならそれで良いけど、今回の相手は王族リーゼロッテ。まあ王族だからといって他のエルフと身体構造が違う訳じゃないんだけど……保有魔力が膨大だったり、効果が本当に出るか、ちょっとだけ気になるのよね。だから、可能なら人体実験をしたいんだけど」

「でしたら、良い材料があるじゃないですか


 私はワインで顔を赤くしたまま、ごそり、とアイテム袋に手を伸ばす。

 その手に掴んだのは、先程袋にしまった、私がもっとも残虐に壊すべき負け犬王女。


「これを実験に使いましょう。きっと楽しい実験になるはずです。ねえ、アンメルシア?」


 リーゼロッテを殺す毒を、アンメルシアに実験する。

 悪辣な罠に相応しい嗜虐的な実験だと、私はくすりと笑いながら王女アンメルシアを見下すのだった。











――――――――作者あとがき―――――――――――

カクヨムコン落ちたー!(分かってたけど残念)


連絡事項ですが、最近作者の本業が忙しくなってしまったり、他にやりたいことが出来てしまって更新準備が進んでおりません……!

あと五話ぶんは書きためておりますが、その後は一旦更新停止させて頂きます。

ストーリーの構想自体はあるのですが、作者も人間なので全部をこなすことは出来ないのです……割と盛り上がったところで中断になってしまうのはホント申し訳ない……!

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