3ー15 リーゼロッテの正体(1)


 フローティアとの話をつけたのち、私達は改めてクロムウィの私室に手をつけることにした。


 私達が大農園を襲撃した理由は幾つかある。

 収穫祭を潰し、リーゼロッテの顔に泥を塗るため。

 王都攻略の足がかりにするため。農場に囚われた人類を救出するため。


 けれど、私とエミリーナのもう一つの目標は――リーゼロッテが蘇生する正体を曝くことだ。



 ――農場襲撃前、私はエミリーナにとある相談を持ちかけていた。


「エミリーナ。レジスタンスとの協力も大切ですけれど……私達が直接、王都リーゼリアに乗り込んでリーゼロッテを潰してはいけませんかね?」


 グレイシア大陸には十を越える人間農園および、数多の難民やレジスタンスが隠れ潜んでいる。

 その彼等を一気に救出しつつ根底を叩くなら、大農園を襲うよりもリーゼロッテを始末した方が早い、というのが、当初の私の意見であった。

 が、エミリーナはゆるりと首を振って否定する。


「その発想自体は正しいわ。けれど私は、リーゼロッテがそう容易く落ちるとは思ってない。せめて敵の戦力を少しでも分析しないと、私達が逆に狩られる可能性も十分あるわ」

「……確かに」

「あなたが当初行った王都襲撃のような不意打ちは、二度通じる相手じゃないもの」


 私は無限に蘇れるから。エルフを圧倒できるから。

 そんな理由で、無策のまま突っ込んではならない。


 その好例が、第三王女アンメルシアを急襲した時のことだろう。

 アンメルシアは本来、エルフ屈指の火力と魔力を持つ最強の魔術師だった。

 もし王都ロゼリアで私と戦った時、彼女が私を甘く見ず全力で応戦していれば……あそこまで容易く破れることは、なかったはず、というのがエミリーナの分析だ。


「ちなみに、レティア。私の分析だけど……アンメルシアは攻撃力は高いけど防御力はすっかすかな所があったわ。あの女は弱者を潰し、強者への切り込みや奇襲には向いてるけど、防戦になると弱い。だから、無限に蘇生し反撃できるあなたとの戦闘相性が、そもそも物凄く悪かった、というのはあるわね」

「へぇ……それは大変愉悦ですね。あの女にとって私が天敵とは」

「ええ。けれど、リーゼロッテはまた違う。本来エルフの王族とは私達が最も警戒すべき敵であり、油断したら、首を晒すのはこっちになるわ」


 エミリーナの視線が一層鋭くなる。憎悪の中に冷静さを宿した彼女が頼もしい。


「私達には、いくらかの慢心や余裕はあってもいいわ。あなたがアンメルシアの首を連れてるリスクを理解しつつも、連れてるように。その愉悦こそが復讐だもの。……けれど」

「慢心はすれど油断はしない、ですね」


 エミリーナがそっと頷き、そうして私達はリーゼロッテの秘密を知っていそうな、大農園の幹部を襲撃することにした――



 結果を言えば、大当たりだったらしい。

 エミリーナがクロムウィの資料室から取り出したのは、雑多な資料の挟まれた研究日記だ。私には理解できない幾つもの魔術の計算式。そして導火線のついた真四角の爆弾型イラストが載っている。


 元々研究好きなエミリーナが唇を緩め、ふふ、と口元をにんまりさせる。


「クロムウィはどうやら、リーゼロッテへの反乱を企んでいたようね。対聖女用と呼んでいた爆弾の設計図……でもこれ、要するに対エルフ用爆弾にも使えるわ。それと、リーゼロッテに関する個人的な資料」

「爆弾? ああ、エックノアが使っていたものですか」

「そうよ。”魔術師殺し”のように魔力を阻害する金属を含んだ爆弾。……その真骨頂は、爆風とともに撒き散らされる毒にあるわ」

「へぇ。毒、ですか」

「この毒を吸収した者は、体内における魔力循環が阻害され、魔力を集中できなくなる。人間なら単に魔術の行使が出来なくなるだけだけど、身体の維持に魔力を使っているエルフにとっては致命傷になる」


 エルフの魔力循環を阻害するのは、人間に例えるなら血管を塞いでしまうようなものだろう。

 魔力循環を失ったエルフは生命を維持できず、死んでしまうに違いない。


「……けど、これ単体じゃリーゼロッテは殺せなさそうね。これを見て」


 続けてエミリーナが開いたのは、クロムウィの纏めた日記帳だ。


「日記によると、クロムウィは収穫祭の度に、リーゼロッテを観察していたらしいわ。付け加えて、自分が犯人だとバレないよう暗殺も仕掛けたらしいわね。その結果……リーゼロッテは時々、殺されてるわ」

「は?」

「もちろんすぐ蘇って、部下達が犯人を捕える。リーゼロッテは己の不死性を国民にお披露目し、収穫祭はつつがなく終わる、という流れよ」

「単なるパフォーマンスでは?」

「ええ。つまりリーゼロッテは、この毒単体では全く意味が無い程の力を持つ。そしてもう一つ気になるのが――蘇る、というよりは『死体から花のように復活した』という表現ね」


 その話には、私も心辺りがある。

 フロンティア地方侵略時、応戦に来たリーゼロッテをエミリーナが暗殺した時のこと。


 リーゼロッテの偽物は首を打ち抜かれた後、身体が蘇生するのではなく、新しい身体が『生えてきた』のだ。


「それは私も気になっていたんです。蘇生というのは本来、魂や根源と呼ばれる形を元に<復元>するものですし……もし蘇生魔術で身体を増やせるなら、私だって自分を増やしてエルフを皆殺しにしますしね」

「ええ。その点を考えるなら、<蘇生>よりも<増殖>の方が正しい表現よ、アレは」

「うわぁ。き、気持ち悪い……本物の虫みたい……さすがエルフ……」

「本当、エルフ吐きそうな話だわ。ただ、この力の秘密はクロムウィでも解けなかったみたいね。リーゼロッテを殺したいと笑いながらも、実行には移さなかったみたいよ」


 無限に増える”余裕”のリーゼロッテ。

 彼女の秘密を曝かなければ、私達の勝利は確実とはいえない。

 いや、下手をすれば今にも私達は襲撃され、農場のレジスタンスもろとも大被害を被るかもしれな……?


「あれ? 待って下さい、エミリーナ。それおかしくないですか?」

「何が?」

「もしリーゼロッテが無限に蘇るなら……どうして大農園を占拠した私達を襲撃しないんでしょう」


 美と建前を大切にするエルフにとって、大農園の陥落は見過ごせない痛手のはずだ。

 とくに己の権威を示す収穫祭を目前に控えた状態で、私達の暴挙を意味もなく許すだろうか。


「まあ、リーゼロッテの”余裕”の見せ所として、手を下すまでもない……という可能性も、ない訳じゃ無いけど」

「それはもう、余裕というより怠慢ではないかと。それに、もしリーゼロッテが本当に不死身なら、アンメルシアのように突撃してきても良いはずです」


 人類殲滅軍を率いた第三王女アンメルシアは、自ら前に出ることをよく好んだ。

 私を旗に吊し、刃向かう者は自らの炎で焼き尽くしながら愉悦する。

 自らこそ”完璧”なエルフとして振舞い、エルフの次期女王としての貫禄を見せつけ、その座をつかみ取ったのだ。……いまは首から上しかないけれど。


 私の話に、エミリーナは形の良い顎に手を当てて考え込む。


「確かに不自然ね。魔力を糧とする彼等は本来、己の力を誇りたいのよ。その王女たるリーゼロッテが、他地方のフロンティアならともかく、自らの足下で力を振るわないのはおかしい……」

「ええ。力を誇って当然――そもそも私、リーゼロッテが戦うところ、見たことありませんね」


 昔から今に至るまで、第四王女リーゼロッテが、人類殲滅軍に参加し戦闘したという話は聞いたことがない。

 第四王女”余裕”のリーゼロッテが際限なく増殖できるなら、グレイシアはおろか大陸全土をあの女一人で支配しても問題無いはずなのに、だ。


「彼女は無限に増殖できるけれど、戦闘能力そのものは低い、もしくは、制限がある……?」

「戦闘能力が低いだけなら、とっくに下克上されてるわ。別の制限があると考えるべきね」

「私が勇者様からお借りした魔力に匹敵するか、それ以上の力を持ちながら……けれど、動けない理由……」


 そこで私達の考えは行き詰まってしまった。


 そもそも人間と同じ二足歩行で歩けるのに、移動できない理由なんてあるはずもない。

 少なくとも私がリーゼロッテの立場なら、大喜びで突撃しバトルメイスを振るうのだが――


「うーん……」


 頭をほぐすべく、こめかみをくりくりとマッサージしながら、外へと目を向ける。


 管理棟から見下ろせば、割れたガラス窓の向こうでレジスタンスの皆が精力的に活動していた。

 囚われたの者の救出や搬出作業、医薬品や食料の強奪など、今後に備えた活動を行っている最中だ。中にはフローティアを始めとした人々の姿もあり、意思の強い者達が積極的に手伝っていることが伺える。


 みんなが頑張っているのだ。

 私もリーゼロッテを血祭りにあげられるよう、知恵を絞らなきゃ、と反対側の窓を睨む。


 クロムウィの趣味だろう、管理棟の頂上は三百六十度ガラス張りの建物となっており、農場の反対側にはグレイシアの中心都市、王都リーゼリアの姿が見える。

 管理棟からも見上げるほどに高い世界樹の麓に並ぶ、エルフ種の中でもっとも人類を虐げ続けている悪しき都市。

 その中心にはいまも、第四王女リーゼロッテが余裕をもって私達を見下していることだろう。


 樹齢数千年と言われる、あの世界樹の頂から――


「……あれ?」


 ふと、私に閃きが走った。


 豊穣の大地グレイシア。

 肥沃な土壌に恵まれた穀倉地帯。

 豊穣の地として人々に大切にされていたその地は、古くから大陸中央にそびえ立つ世界樹を崇め、祈りを捧げていたという。人類史が始まる数千年も昔から。


 私はエミリーナの脇に添えられた、木製の杖へと視線を走らせる。


「エミリーナ。その杖って、確か千年大樹を削って作られた杖、でしたよね?」

「ええ。樹木はそれ自体が魔力を含むからね。より長寿な大木ほど上質な魔力を……」


 エミリーナの顔がそこで強ばった。私の言いたいことが理解できたのだろう。


 私達はもっと、単純な疑問を抱くべきだった。


 そもそもリーゼロッテは、それ程に膨大な魔力を、どこから補完していたのか?


 私の持つ、女神を百度殺して手にした蘇生の力。

 それに匹敵する、或いは上回る<増殖>の魔力。

 そして、リーゼロッテが動かない理由。


 私はエミリーナの疑問に答えるように、指を示す。

 その先にそびえ立つのは、王都リーゼリアを抱く、巨大な世界樹。


「私の推測ですけれど。……あの世界樹こそ、リーゼロッテの力の源ではないでしょうか?」

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