3-14 農園の姿と復讐者の先輩
その地下農場には、エルフの根源的悪意が等間隔に敷き詰められていた。
お世辞にも丁寧とはいえない、ただ荒れた土を砕いただけの土地。
石と砂利が混じり、陽の光すら当たらない暗室のような地下栽培室には、ただ無造作に並べた置物のように――脇腹から上だけがはみ出た人間が、等間隔で地面にそのまま放置されていた。
男女の区別はなく裸のまま晒され、ぼんやりと口を開けたままの人々。
己の意思を持たず、思考もできず、ただ魔力で無理やり生かされ成長させられた”野菜”。
しかも一部は既に腐り果て、だらりと俯いたまま蠅が集っている惨状だ。
彼等は単なる食用人肉として、或いは人間の骨や爪、髪や唇を加工してコレクションアイテムにするためだけに育てられたのが、彼等。まさに最下層の人々だ。
「っ……」
「こいつは、ひでぇ……獣人や妖精も、植えられてるな」
エミリーナが連れた農園育ちの人々はその惨状に声を失い、中には嘔吐する者もいた。
様子見にきた獣人達すら顔をしかめるなか、私は地に植えられ、命果てた彼等の頬をそっと撫でる。
「ごめんなさい。やはり、あなた達を助けるのは難しそうです」
私は魔術で人を蘇生し、操ることは出来るけれど、思考回路までいじれる訳ではない。
彼等を蘇らせても、生きる力そのものが無いだろう。
魂に触れれば分かる。
生まれながら歪められた者達を救えるほど、残念ながら私の手は大きくない。
「レティア。あなたのせいじゃないわ」
「分かっていますよ、エミリーナ。ただ、痛ましく思います。……彼等の処遇については、他の方々にも協力してもらいましょう。中には意識を取り戻す方もいるかもしれません。獣人や妖精など、他の種族の者も栽培されてるようですし。それと――」
祈りを捧げながら、私はひゅっとバトルメイスを放り投げ、畑に隠れたエルフの腕を吹き飛ばした。
飛び出てきたのは、緑の鎧を着込んでいたエルフ兵だ。
戦場から逃亡し、隠れ潜んでいたらしい。
引きつって腰をひき、尿を零しながら涙するエルフの足を踏みつけへし折ってやる。
「ま、待て、助けてくれっ」
「ふむ。私が助けられなかった人々の無念に心を痛めている前で、あなたを助けるとお思いですか?」
「くそっ! 養分の分際で、こんな、こんなっ――」
「あなたをバラバラに砕いて土に撒けば、彼等も少しは浮かばれるでしょう」
私は不機嫌さを払うように、念入りにエルフの頭蓋を砕いていく。
その後ろで、エミリーナが教師のように語りかけた。
「これが、この世界のエルフよ。いまの奴が一番多いタイプだから、覚えておくと便利よ。そして見かけたら殺すこと」と。
*
一通りの説明を行ったのち、彼等には休憩して貰うことにした。
思考整理の時間も必要だろうし、今後の準備もある。
「で、今後のことですが、あなたに彼等のことをお願いしたいのです、フローティア」
「……私、ですか?」
「ええ。この先の話ですが、農場は放棄し、救出した皆さんにはレジスタンスの地下組織で暮らしてもらいます。……レジスタンスの地下洞窟はちょっと薄暗いですが、お風呂もありますし、案外広いものですよ。それに洞窟生活も、私がリーゼロッテを磔にするまでの辛抱ですから」
話を聞いたフローティアは、唇を、きゅっと硬く噛んでいた。
彼女はクロムウィに弄ばれ、直にエルフの悪意を浴びた少女だ。
その身に起きたことは拭えないが、悪意を受けたからこそ、私達の話を理解してくれる――とは、エミリーナの見立てだ。
話したところ意思も強いし、皆のリーダーとして活躍して貰えるだろう。
という見込みは、うっかり外れてしまう。
「すみません。……その話、お断りさせて貰っても良いでしょうか」
「え、そうですか?」
「皆を匿ってお世話する方のリーダーは、他の子に心辺りがありますので、そちらにお願いしたくて。それよりも……あの」
彼女が臆病風に吹かれた訳でないことは、きっ、と力強く輝いた瞳から見て取れた。
その予想は、そう外れていなかったらしい。
「……聖女様。私から、お願いがあります。私をどうか――みんなの保護ではなく、レジスタンスの皆と一緒に、戦いに連れて行って貰えませんか」
「あなたを、ですか?」
「はい。先程エミリーナ樣から、グレイシアにはここと同じような大農場が幾つもあると聞きました。この農場ですら、小規模だと。……他の農場にも、私のように騙されている人が沢山いる。そう思うと、私も一人の人間として、力になりたいんです」
私の手を取り、人類のために戦いたいと誓うフローティア。
力強くも眩しい顔は、かつて魔王退治に向かった私達を思い出す。
英雄らしい、正義に満ちた顔だ。
……けれど、です。
私は騙されませんよ?
「フローティア。貴女の気持ちは受け取りました。人類のため、人々のため。とても素敵な心構えです。……でも本当に、それだけですか?」
「え」
「これでも私は<聖女>として、百年この世に生きてる先輩お姉さんなんです。先輩の目は誤魔化せません」
「でも私、本気で、」
「では質問です。あなたは人を助けたいですか? それとも、エルフを殺したいですか?」
びくりと、彼女が震えた。
彼女は案外、わかりやすい少女だと思う。
だからこそ――悪意にまだ慣れていない初々しさに微笑みながら、憎悪を百年宿した先輩として、導こう。
「私自身も、多少は混じっているんですよ。かつて救えなかった人々を、助けたい。仲間達を蘇らせ、楽しく旅をしたい。……けれど私の本質は、大陸中のエルフを根絶させたいという、黒い沼のようにドロドロと流れる憎悪と悪意です」
そう。尽きることのない復讐への想いは、今なお私を焦がしている。
殺せ。
殺せ。
全て殺して根絶しろ。
奴等の痕跡を、決してこの世に残してはならず。
可能な限り絶望させ、すべてを捻り潰してやりたい、と。
「その心、あなたの中にもありませんか? 女としての尊厳を徹底的に踏みにじられ、弟を細切れにされ、食べさせられたこと。その全ては最初から仕組まれ、搾取されるためだけに育てられたという、生まれながら虐げられたことへの、怒り」
フローティアの弟は蘇生させたが、今なお後遺症で苦しんでいる。
信頼していたエルフの料理人に生きたまま皮膚を剥がされ、足からゆっくりと捌かれた恐怖が身体に染みつき涙が止まらないのだという。
震えるフローティアをそっと撫で、安心なさい、と私は彼女を抱き寄せる。
「大丈夫。復讐は悪いことではありません。その先に未来はないかもしれませんが、自分の狂える心は満たされます」
「でも」
「立派な建前だってありますよ。エルフを滅ばせば、人類やみんなが救われる。仲間達も喜んでくれる。私達は世界を解放する正義の味方。……その建前を持ちながら、もし復讐するのであれば、私とともに殺して殺して殺しましょう。ただし――その理由を、人類を救うため、のような建前で隠すことだけは、止めましょう」
そこを誤魔化してしまえば、私達は目標を見失う。
復讐をするのなら、徹底的な殺戮者という自覚を持つべきだ。
「素直に認め、私とともに向かうなら、ともに戦いましょう。なにより……あなたは、我慢できますか?」
あなたの心に燃える炎を。
あいつらに対する、憎しみを。
抱き寄せた身体を離すと、フローティアはその瞳に薄暗い、怨念の炎を宿していた。
愉悦に唇を歪ませたえげつない笑みは、私が浮かべるものとよく似ている。
「……はい。この手で、捻り殺してやりたいです。私をただ慰み者にするためだけに育てたなんて、許せない。学校には優しい先輩も沢山いました。あの人達も、先輩も、きっとみんな」
彼女の心に芽吹いた憎悪は、これから大きく花開くだろう。
もしかすると、私の後釜だって勤まるかもしれない。そんな直感がふと、過ぎる。
「ありがとうございます、聖女様」
「いいえ。私は人生の先輩として、当然のことをしたまでですよ」
そうしてまた一人、私の仲間が――
人間として初めての同士が加わり、私はエルフを殺すべく、進み始めるのだ。
――――――――――
※)以下は本編に入れようとして没にしたオマケネタ
「ところで、聖女様のことをお姉様と呼んでも宜しいでしょうか」
「お姉様!?」
「すいません。女王様の方が良かったでしょうか」
「女王様!?」
私そこまで高慢な女じゃないですよ!?
……ない、ですよね?
「そ、それは困ります。私はただその辺にいる、エルフを殺すだけの一般人ですし」
「そんな一般人いないと思いますけど……それに私、勇ましく格好いいお姉様のことを、とてもお慕いしたくなりまして」
なぜかちょっと頬を赤くし、私の手をきゅっと握るフローティア。
繊細な指先にほんのり熱が籠もっている気がして慌てていると、隠し部屋からひょこっとエミリーナが顔を出す。
「え、エミリーナ?」
「レティアのことを慕うのは良いけど、彼女は私の友達だから。誰にもあげないわよ」
「?????」
くいくいと袖を熱心に引くエミリーナ。
なんだか分からないけれど、私は嬉しいような恥ずかしいような、そんな気分になってしまうのだった。
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