3-10 農場襲撃3
獣人達が農場正面で刃を振るっていた最中、西手にある研究倉庫でも混乱の渦が広がりつつあった。
農場にある研究倉庫では、農場主クロムウィが対聖女用にと揃えた、魔力阻害爆弾が補完されている。
阻害爆弾はエルフに限らず、魔術を扱う者に対して強力な反作用も持つ切り札だ。
だが、警備に当たる兵達はその倉庫にたどり着けずにいた。
「くそっ、何だ!? か、身体がっ……」
「うふふ」「背中がお留守だよー?」「毒だよ、毒だよっ、苦しいよっ」
くすくすと風に乗って囁くのは、イタズラ好きの妖精達。
その手には灰色の、ちいさな針が握られている。
非力な彼女等でもエミリーナ特性の毒針を手にすれば、毒蜂のように凶悪な攻撃性能を発揮する。
「くそ、生意気なっ!」
「羽根の生えた虫が、こうしてやる!」
エルフの剣より伸びた蔦が、鋭く妖精の羽根を弾く。
悲鳴をあげて地面に落ち、その身体をぶちりと潰すエルフ達。だが、
「うふふ」「聖女様のお力」「死んでも蘇る」「幾らでも蘇る!」
「ひいっ……」
靴底から潰れた蝶がうぞうぞと這い出てるように、妖精達が蘇った。
靴底には確かに肉をすり潰した感触があるのに、妖精はまるで無傷のまま、くすくす、くすくす、と。
「痛い」「痛いなぁ」「痛いけど、私達は戦える」「覚悟さえあれば戦える」
「ひ、ひいっ……」
「私達はイタズラ好き」「可愛いイタズラするの」「人間、獣人、妖魔ドワーフ。みんな楽しく」「でも」
「「「エルフは別。死んじゃうまでイタズラしちゃう」」」
鋭く飛び込んだ妖精がエルフの目をぶすりと貫き、イタズラだよ、とその眼球をくり抜いた。
串刺しにした目玉を団子のように弄びながら、もっともっとイタズラしよう、と妖精達は囁き合う。
*
その妖精達の妨害をかいくぐり、ようやく倉庫から魔力阻害爆弾を持ち運んだエルフ達は、しかし倉庫前で立ち尽くす。
彼等が手にしていた緑色の爆弾が、どろりと腐った果実のように溶けてしまったのだ。
「なんだ!? 何が起きた!?」
「あら残念。どうしました?」
エルフ達をからかうように笑うのは、レジスタンスに集まる妖魔達だ。
黒い翼と豊満な肉体をもつ彼女達の得意魔術は、相手に対し、瞬間的な幻を見せる幻影術。
本来なら妖魔の本能として男を誘うための魔術だが、その応用で彼女等は幾つもの幻を生み出すことが可能だ。
が、エルフ達は妖魔を見るなり、ふ、とあざ笑う。
「妖魔か。驚かせやがって!」
「相手を化かす騙す程度の魔術しか使えない狐め。我等エルフであれば、永続的に変身すら出来るのにな」
「……それより見ろよ、あいつらのでかい胸。さすが、他種族を誘ってヤルだけのことはあるな。俺達にもそのお恵みを分けてくれよ。なぁ、雌犬?」
この世界のエルフは、他種族と交わっても子を成すことは不可能だ。
だが生物的な性欲がない訳ではなく、他種族の女を慰みものとして扱うのは日常的に行っていた。
下劣な欲望を丸出しに、エルフ兵が剣を構える。
「殺すなよ。妖魔共は幻術で、ニセモノの刃や炎を出すが、あいつらに攻撃能力はない」
「知ってるさ。見ためで怖がらせるだけの狐だ。さっさと捕まえて回すか」
「そんで聖女や魔法使いの奴等がくる前に逃げようぜ! この農場も終わりだしな」
舌なめずりしながら、獲物を見定めていた男の首が――
すぱっと鋭利な刃で切り裂かれ、地面に転がった。
「なっ……」
「落ち着けよ。首を落とした幻術をみせて、相手をおどかして追い払うんだ。あいつらがよくやる……」
その横で、別の男の首がごろりと落ちる。
幻影にしては生々しい血の香りと、足下に広がるぬるりとした液体の感触。
五感を伴う死の恐怖に、何かがおかしいと慌てる兵士の前で、妖魔の一人が杖を片手にくすりと笑う。
「そうね。確かに妖精種は幻が得意で、殺傷力は低いわ。……けど、その幻に本命を隠してることくらい想像も出来ないの?」
エルフ達の前で風が吹き、妖魔の幻が薄れていく。
特徴的な黒翼が姿を消し、代わりに現れたのは三角帽子を被った魔法使い。
悪辣な笑みを浮かべた女は杖を突きつけ、にやにやとエルフ達を見下している。
「妖魔の本質は、他者のサポートよ。妖魔は他の種族と組んでこそ、真価を発揮するの」
「っ……え、エミリーナっ」
「それで? 妖魔を誘拐して、魔法使いが来る前に、何をするって? 逃げるなら農場襲撃の前に逃げるべきだったわね。まああなたがエルフである以上、地の果てまで逃げても殺すけど」
「くそがっ!」
エルフの一人が、懐からナイフを投擲した。
放たれた一撃はエミリーナの首を正確に貫き、血飛沫をあげて倒れ伏す。
「――本当、あなた達は妖魔の凄さを分かってないのね。同じ魔術師として、妖魔の術は尊敬に値するものよ」
その背後から現れた本物のエミリーナは顔色一つ変えずに風の刃を放ち、エルフの首を切断した。
「それと、名誉のために訂正しておくわ。女しか生まれない妖魔種は、確かに他種族の男を誑かす。けど、一度愛した男には一途に尽くす、この世で最も純情な女よ。あなた達みたいな愚図と一緒にしないで。汚らわしい」
分かったわね? と宣言したエミリーナの前には、既に口を開けるエルフは残っていない。
等しく首を落された死体を前に、ちっ、とエミリーナは舌打ちする。
「本当、質が低いわ。……私をフロンティアで追い詰めた、エルフでも一応の精鋭共は本当にいないのね。教育が必要よ。死と恐怖という教育がね」
まあ倒すの楽でいいけど、とエミリーナは杖を振るい、妖魔や妖精達と共に施設へと飛び込んでいく。
「ここには、エルフ共の兵器があるらしいわ。折角だもの、そのまま頂いてしまいましょう? そして、エルフ共を更に始末してやるわ」
その顔にはエルフを殺せる喜びが、隠しようもない程に溢れていた。
*
農場各所で数多の死が振りまかれる中、聖女レティアもまた農場中央を目指して進んでいた。
エルフの死体をこねくり回して作った巨人を三体並べ、建物やエルフをむしりながら進んでいく。
目指すは農場中央、管理棟。
レティアの目標は、エミリーナが殺害した農場主クロムウィの死体にある。
「あの男を蘇らせれば、リーゼロッテの情報を貰えるでしょう。……あの不死の謎も、解けるかもしれません。まあ何も知らなくても拷問道具にしてしまえば良いですからねー」
管理棟の屋上に吊そうか。
それとも皆の前で、串焼きにしてやろうか。
燃やせば脂肪でよく焦げる豚だろうと思いながら、管理棟のガラス窓をかち割りながら飛び込んだ。
しかし。
「……クロムウィの死体が、ない?」
目にしたのは、豪華な絨毯にこびり付いた血の跡だ。
何かを引きずったように廊下へと続く血痕に、聖女は訝しそうに眉を寄せる。
血の跡は、廊下から石畳の階段へ。
さらに地下へと続く血痕を追いながら、誘われている、とレティアは気付く。
「罠でしょうか……まあ、エルフは全て潰しますが――」
警戒心を強めながら管理棟の下層へと下り、足を踏み入れたところで、目を細める。
くすくすと聞こえる、耳障りな女の声。
「ようこそ、聖女ちゃん。この先にあるのは大農園の教育場。あなた達のいう高級人間が育てられた、エルフにとって大切なご馳走の場よ」
「…………まさか、こんな所でとは、ね」
力強くバトルメイスを握るレティアの前に立つのは、挑発的なまでにこちらを見下しながら豊満な胸を抱く、楽しそうな悪魔のエルフ。
かつて第三王女アンメルシアに務めた側近。
近衛兵長ヴァネシア。
常勝将軍プルート。
その、最後の一人――
「はろー。久しぶりね聖女ちゃん。元気にしてたかしら? 会いに来てあげたわよ。元気してる?」
「ええ。あなたを殺せると思うと、すこぶる元気にもなるものですよ。……魔女エックノア」
聖女の挑発に、魔女エックノアがにんまりと、愉悦の笑みを浮かべていた。
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