3ー11 聖女 対 魔女エックノア(1)


 大農園地下――”高級人間”が飼育される農場の扉前にて、エックノアはいやらしく自らの喉に手を這わせ、けらけらと笑っていた。

 いかにも高圧的な女狐が、笑いを抑えきれないといった醜悪な、獣の笑みだ。


「ふふ。聖女ちゃん。先に言っておくけれど、ここにいる私はニセモノよ。残念だったわね?」

「……まあ、あなたはプルートやヴァネシアと違って、私と正面きって戦う覚悟はありませんねー。臆病者ですから」

「あらやだ。賢い、と言って貰いたいわね? それに、あんな愚か者達と比べられるなんて心外ねぇ」


 薄暗い通路に佇む魔女エックノアを、私はバトルメイスを片手に睨み付ける。


 殺したい。

 ああ、殺したい。

 今すぐこの女の頭を割り、その肉を引き裂きたい。


 衝動を抑え込みながら、私は余裕を崩さず高慢に笑う。


「それで? あなたがわざわざ顔を出したんです、何か目的があるのでしょう?」

「ま、大した用事じゃないんだけどねぇ。うちのご主人様の命令で、様子を見て来いって言われちゃって」

「貴女の主人はアンメルシアでしょう、エックノア?」

「アンメルシアの元についたのは、次女カルベトーナの指示よ。……あの頃はアンメルシアについてた方が、次期女王にこびを売りやすかったからねぇ」


 どうやらエックノア本来の主人は、アンメルシアでもリーゼロッテでもなく、エディリフィード家次女らしい。

 その次女に対しても”樣”をつけてない所に、魔女の本性が伺えるというものだ。


「ということで、聖女ちゃんの力を拝見させて貰うわ。ま、遊び半分の腕試しね。私も間近で見るのは初めてだし?」

「そうですか。でも残念」


 そんな暇はなく消してあげます。

 偽物に用はない、と私は地を蹴り獲物を振り上げて、


「…………」

「あら。さすがの聖女ちゃんも、これには止まるのねぇ?」


 エックノアはにたりと笑いながら、その腕に、人間の女を抱いていた。


 黒髪の少女だ。

 久しぶりに見た人間の女性は、涙でその顔を歪め、粗末な衣装はボロボロに破かれ肌が露出していた。身体にはエルフの男に襲われた痕跡もあり、見るに堪えない姿だ。


 その頬をエックノアの指がするりと撫で、蛇のようにちりちりと舌を這わせて耳を舐めていく。


「ひ、っ」

「この子はついさっきまで、クロムウィに可愛がられていたの。名前は、フローティア、と言ったかしら? 健全で心優しい、罪もない少女……ああ、美味しい美味しい絶望のにおいがするわ。夢と希望を持ちながら学園を卒業して、その直後にこの世の地獄を味わったのね? んまぁ、可哀想、可哀想」

「相変わらずタチが悪いですね、エックノア」

「お褒めの言葉をありがとう。それで、どうするのかしら? 人間の英雄にして復讐の聖女ちゃんは、人間の頭もかち割って私を殺す? それとも少しは躊躇するのかしら?」


 くくく、と笑いながら、エックノアが指を鳴らす。

 後方の扉が開き、姿を見せたのは、同じ農場で育てられた――人間の少年少女達だ。


 みな青ざめたまま、その手に簡素な剣を持ち。

 切っ先を、ぐっと私へ突き出してくる。


 ”高級人間”として育てられた、エルフの【人間の盾】にして、私へと迫る人間達だ。

 エックノアはタチの悪い宣教師のように、両腕を掲げて宣言する。


「ほら、人間のみんな? あの血濡れた聖女の姿を見てみなさい。あれが心優しいエルフをを殺す悪魔の姿よ。あなた達の友達だった女を裸にして男に襲わせ、にやにやと笑っていたの。みんなも許せないでしょう?」

「っ……でも、あの人、人間で」

「人間の中にも悪い奴はいるわ。さあ勇気を出して。温室育ちの時代はもう終わり。いまは優しいエルフを守るため――ふふ。さあ、戦いなさい!」


 エックノアの滅茶苦茶な演説に対し、少年達は震えている。

 それでも、彼等はエルフを守るためにと洗脳されたせいだろうか。少年の一人が声をあげて突撃してきた。


「う、うわああああっ」


 構えも何もなっていない、デタラメな突進だ。

 バトルメイスを背に戻し、私はその一撃を軽くいなそうとして――


「……!」


 いやな予感がして大きく飛び退いた。

 直後に少年が膨れて爆発し、私の頬に飛び散った肉片、そして金属片がかすめてじわりと焼く。


「っ……これは……!」

「クロムウィの作った、対聖女爆弾よ。たまたま見つけたから、実験ついでに人間の心臓に埋め込んで使ってみたの」

「また厄介なものを持ち出しますね。ホント、最悪です」


 熱の残った頬に触れると、自動再生されるはずの回復が妙に遅い。

 以前、奈落迷宮でデーモンが手にしていた”魔術師殺し”と同じく、魔術そのものを阻害する成分が含まれているのだろう。


「あら、それなりに効果があるみたいねぇ。沢山浴びたら、聖女ちゃんでもどうなるかしら? 私が即席で作った人間爆弾の味はどう? そして、人間の聖女ちゃん。あなたは人間を殺してでも爆弾を止めるのかしら?」


 その笑い方はまさに魔女らしい、高慢にして傲慢な喜びだった。


 アンメルシアの元にいた頃から、己の愉悦のためなら同胞すら陥れ、ヴァネシアやプルートのことを影で笑い。

 私をいたぶり、噂によれば騎士カリンや獣姫パティを実験材料にした女。

 そして今なおご自慢の、高みの見物を決めながら愉悦する、歪んだ魔女。


「……本当、あなたのやり方には虫酸が走ります。ヴァネシアやプルートはただの馬鹿でしたけど、あなたはそれに加えてタチが悪い」


 ……けれど、私とて毎回やられている訳にはいかない。

 私は<聖女>であり、勇者様から復讐の力を授かったのだから。


「でも、エックノア。あなたの性格の悪さ、いつか足下を掬われますよ?」

「そういう台詞は、実際に足下を掬ってから口にするものよねぇ?」

「ええ。……けど、安心して下さい。私はやると宣言したら必ずやる女ですから」

「聖女ちゃんも口が回るようになったわね。昔は裸に剥かれただけでびーびー泣いてたのに。けど、そんなのはこの人間爆弾を対処してから……」

「すこし饒舌が過ぎたようですね、エックノア。――もう対処しましたよ」

「……え?」


 エックノアの声が途切れる前で、私は飛び込んできた少女の腕を素早く掴み、くるり、とひねって床へと転がす。

 泣きながら尻餅をついた少女は私に震え、後ずさるものの爆発はしない。


 エックノアの眉が歪に歪み、私を睨む。


「爆発しない……? 一体、何をしたの?」

「さあ? なんでしょう?」

「……私の爆弾は、人間共の心臓に埋め込んだわ。魔力干渉で無効化した? いえ、そんな高度な魔術は使えないはず。聖女は、蘇生と回復しかできないはずだけれど」

「あら。あなたの知っている聖女は、ずいぶんと情報が古いようですね?」


 私は手首を慣らしながら飛び込んでくる少年達を受け止め、いなしていく。


 怪我はさせないが、ある方法で立ち上がれなくしたため、床に転がるのは無傷の人間達だけだ。

 そんな私の両手には蘇生術の光が輝き、エックノアが「まさか」と声を震わせる。


「あなた、それ……殺さずに根源の一部だけを、作り直した……?」

「さすが、一目で見抜いたいのは魔女といったところですね。――もともと私は、蘇生魔術のひとつ”魂融合”を実践した時から、相手の身体をある程度作り替えられることは分かっていました。その応用です」


 それで心臓に埋め込まれた爆弾のみを編成して放棄し、襲ってきた人間をちょっとだけ立てなくしただけだ。

 言うなれば、魂をいじくり回した、人体改変。


 驚愕するエックノアに、私はバトルメイスを突きつける。

 これが私の、新しい力。


「私だって成長して、勉強するんです。そうして学んだのが、この魔術。命の元たる根源を直接的に作り替えてしまう新魔術――名前をつけるなら””魂編成”ですかね? もっとも、まだ簡単なことしか出来ないので、あなたが即席で埋め込んだ爆弾を解体するとか程度の応用のみですが」

「……馬鹿な。いつの間に、それほどの術を? 信じられないわ。たとえ魔法使いエミリーナの協力があったとしても!」

「ええ。でも考えてくださいよ、エックノア」


 戸惑う魔女に、私は愉悦をもって語りかけよう。

 あなたの前にいるのは、もう、昔の聖女ではない。


 愚かなエルフを見下し、私は笑う。


「アンメルシアと王都を潰し、私はレベルが上がって”魂融合”を取得しました。でしたら、フロンティアで五百万ほどエルフを潰せば、もう一つくらいレベルが上がる。……とても自然なことでしょう?」

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