3-9 農場襲撃2


「何事だ。一体何が起きた!?」

「クロムウィ様の指示はどうなっている!?」


 グレイシア八大農園のひとつ、大農園グランヴィエルはその日、突如の爆発と炎により大混乱に陥っていた。

 農園とは他種族を虐げる奴隷の場であり、自分達は神にも等しい上位者達。

 そんな自分達が襲撃されるという予想外の事態に、エルフ兵達は明らかに浮き足立っていたのだ。


 とはいえ、彼等もリーゼロッテの配下たる正規兵。

 油断した間に正門をあっさりこじ開けられる致命的失敗はしたものの、襲ってきたのがただ獣人やドワーフと分かれば、にやりと笑うしかない。


「ふん、相手は汚らわしい獣人とドワーフだ。我等エルフに適うものか! 殺せ! そして女は奪え! さあ、我が剣に緑の加護を宿せ、<プラントブレード>!」


 エルフ達の詠唱とともに、絡みつくツタが薄暗い紫色へと染まっていく。

 リーゼロッテ正規軍の基本戦術は、武器に巻き付けた植物に魔力を満たしていくものだ。

 魔力を帯びたツタは毒を含んで獲物をしびれさせ、自在に伸びる鞭となって敵を打ち付け、ときに植物の盾となって敵の攻撃を打ち払う。


 毒。鞭。盾。剣らしい硬度に欠けた軟弱な獲物だ、と思う者もいるだろう。

 だが、それはリーゼロッテ正規軍の実力を知らない愚かな意見だ。


「リーゼロッテ様に逆らう逆賊が、思い知れ!」


 放たれた鋭い突きから植物の根がぐんと伸び、迫る獣人の胸を貫いた。

 リーゼロッテ兵達の操る植物は、ときに鉄すらも貫く硬質な植物へと変貌する。


 ごふっ、と血を吐いて絶命する獣人に、にやりと笑うエルフ兵。


「ふん。正面から飛び込んでくるとは馬鹿な奴等め」

「……へぇ。誰が馬鹿だって?」

「な、っ」


 だが、死体となったはずの獣人達がむくりと起き上がり、エルフ兵の喉元へと迫る。

 その爪先が不自然に伸び、宝石のように硬度を増す。


 <シェイプシフト>と呼ばれる、自らの身体を変化させる獣人達の得意魔術。


 その中でも自らの爪先を硬質化させる魔術は、獣人の誰もが学ぶ基本魔術だ。

 遠距離戦を得意とするエルフとは相性が悪いが、こちらが死なないとあれば、立場は逆転する。

 しぶといエルフの首を確実に跳ねる、必殺の一撃となるからだ。


 動揺するエルフの前で獣人の傷がみるみると塞がり、首のないエルフの死体がごろり、ごろりと増えていく。


「な、なんだこいつら。蘇るぞ!?」

「……やべぇな。死んでも蘇れる、ってのはアドバンテージが強すぎる」

「怯むな! 殺し続けろ! 死ななくても痛みはあるはずだ!」


 エルフの指揮官が号令を挙げ、兵達が再び剣を振るう。

 その剣に猛毒を宿し、首を締め上げ、幾度となく獣人やドワーフ達を絶命させるエルフ達。

 それでも彼等はなお蘇り、心臓を潰されながらエルフの身体を傷つけていく。


「馬鹿な。死ななくても激痛のはずだ!」

「こいつら痛くないのか!? 蘇生術や回復術があっても、痛みはあるはずだろう!」


 エルフ共の悲鳴に――


 そりゃあ死ぬほど痛ぇよ、と中央突破を図る獣人ラザムは毒づく。


 蘇生できても痛みは変わらない。

 今にも意識がぶっ飛びそうな程に辛いし、全身に回る猛毒は、猛烈な吐き気と目眩を起こしている。

 適うなら今すぐぶっ倒れたいくらいだ。


 それでも彼を、彼等を支えているのは、仲間達を幾度も殺したエルフ達に対する憎悪と殺意だ。


「ああ、死ぬほど痛いさ。けど、テメェ等に殺された仲間と比べたら、屁でもねぇ……っ!」


 ラザム達は聖女に同調したから、刃を取った訳ではない。

 自分がこいつ等を殺したいから。

 故郷を奪い、仲間を、家族をつるし上げられた積年の恨みを込めて奴等を血に染めたいからこそ、激痛に耐えながら殺り尽くす。


 聖女の恩恵は大きい。

 けれど、彼等を支えているのは間違いなく――報復と憎悪の信念だ。


「死にたくなるほど痛ぇよ。今すぐ蹲って泣きたいくらいだ! けどよぉ、それよりお前等を殺したくて殺したくて仕方ないんだ! てめぇらとは気合いが違うんだよ!」


 尻尾を逆立て、獣人達が空を舞う。

 ドワーフが地に足をつけ、斧を振るう。


 その身を血塗れにしながら咆哮をあげ、悪意の号砲がエルフ達を怯ませる。


「こ、こいつら……っ!」

「おい、対魔術爆弾はどうした!? クロムウィ様が対聖女のために作っていたアレがあるだろう。さっさと蘇生を妨害しろ!」

「人間だ、人間を連れて盾にしろ! 獣人もだ!」

「そ、それが、どちらも倉庫から届きません! 妖精や妖魔共が邪魔して! それに、クロムウィ様も連絡が取れず……」

「くそ、あのも役立たずの豚め! どうして、どうして俺がこんな目に! 農場ってのはただ上手いもん食って女を犯してれば……がっ」


 ラザムの爪が、指揮を執るエルフの首を討ち取った。

 奇しくもその混乱が、聖女達の危惧した【人間の盾】作戦を未然に防いでいく。


 エルフ達が、何よりも愚かだったことは――

 平和に胡座をかき、人間を盾に使う発想すら忘れていたことだろうか。



「ひるむな! ここで逃げれば、リーゼ様に殺されるぞ!」


 それでも、エルフの指揮官や兵達は必死に号令を挙げて農場を守ろうとしていた。

 忠義心のため、ではない。

 職務を放棄して逃亡を図れば、グレイシアの支配者リーゼロッテは決して彼等を許さないからだ。


 後方に務めるエルフの指揮官が、敵前逃亡しようとしたエルフの背を打ち殺しながら声をあげる。


「いくら蘇るといっても、敵にだって限度がある! 殺して殺して殺しまくれ! 我等エルフの美しさを汚す奴等に、目にものをみせてやるのだ!」


 もはや命令とも言えない怒号が飛び交い、エルフ兵達は剣を振るう。

 敵とて無限ではない。

 現に、獣人の中には痛みが蓄積して撤退する者もいる。


 それに基礎的な生命力や魔力ではエルフの方が格段に勝っているのだ。

 自分達が負けることなど、あり得ない。


「我等は大陸の支配者! 優秀にして至高なるエルフなのだ! 獣如き、踏みつぶして……」



 そう吠えるエルフの頭上に、ふと、大きな雲が差し掛かった。

 晴天だったはずの空の変化に、果敢に攻めていた獣人やドワーフ達すら足を止める。


「なんだ……?」


 エルフ達が、そして獣人達すらも刃を止めて、顔を見上げた先。


 ……農場中央に現れたのは、巨大に蠢く、エルフの肉塊でできた化物だ。

 不器用な粘土細工を混ぜ合わせて作ったような、魂の冒涜に等しい肉の巨人。

 聖女の蘇生魔術のひとつ<魂融合>により無数のエルフをこねくり混ぜて作り上げた、醜悪な怪物。


「おおおっ……」

「た、助けっ……」

「化物にされる……みんな化物にされるっ……」


 身体の所々に開いた穴からはエルフ達のうめき声が零れ、助けを求めるように肉塊から数多の腕を伸ばして叫んでいる。

 醜悪な巨人の頭上に佇むのは、黒衣をまとった聖女レティア。

 その眼差しはまるで虫を見るように冷たく、エルフの指揮官や兵達を見下ろしている。


「っ……」


 目があった。

 その瞬間、彼は己の命運を理解する。


 ――踏みつぶされるのは、獣人達ではなく。

 自分達の方であったのだと。


「そこにも居ましたか。すみませんが、今は時間がありませんので」


 聖女はまるで道端の雑草を踏みつぶすように、くいと指を挙げて指示を出す。

 振り下ろされた巨大な拳が、愚かなエルフの見た最後の光景だった。

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