おまけ短編:魔法使いエミリーナによるエルフ解剖勉強会

※)時系列的にはプルート撃破後、フロンティア壊滅中の一幕です。





「毒、ですか?」

「ええ。レティアはエルフに毒が効く理由を、きちんと考えたことがある?」


 フロンティアの残党掃除中、エミリーナにふと問われた私は改めて考える。

 操っていた四皇獣ベヒモスに「勝手に暴れておいで」と指示を出し、今日もエルフ共の集落をひとつ潰しながら、よくよく考えてみると不思議だなと思い始めた。


「確かに、エルフは首を飛ばすか、心臓か頭を潰さないと死なないのに……どうして毒が効くんでしょう?」

「ええ。そこで今日は、エルフの生態について勉強しようと思うの。これを使ってね」

「んん、んむぅーーーぅ!?」


 教師のように小型ステッキを手にするエミリーナの足下には、捕まえたエルフの男が転がっている。


 それなりに有名な医者らしい。

 が、裏では患者を薬で殺し、その死に様を見て愉悦するような男だったらしく、人間はもちろん同胞のエルフにすら手をかけ犯罪者として追われフロンティア地方に逃げ延びたらしい。


「成程、じつに救えないエルフですね。まあ、エルフに救える者は一匹もいませんが」

「ええ。その中でも生粋の屑だから、実験材料には最適だと思ってね」

「わかりました。後学のために、お願いします!」


 私がむふんと勉強スタイルを取ると、エミリーナは早速とばかりにステッキの先端を刃物に変え、ずぶりとエルフの胸元に刃を立てた。

 ぎゃあああ、と悲鳴をあげて血を撒き散らすエルフに構わず、エミリーナはごりごりと中心部から魚を開くように解体していく。


「まずエルフの基本的な解剖だけど、じつを言えば人間と変わりないわ。消化器系、呼吸器、血管系統ほぼ全て同じ。口にした食べ物は食堂を通って胃に到着し、そこから十二指腸、小腸、大腸と通って排出される。呼吸だって肺を通じて酸素を交換してるし、全身を流れる血管による栄養作用もほぼ同じ」

「へぇ。あれ? でもエルフって、人間みたいに斬っても焼いてもすぐには死にませんよね」

「そこがエルフ種のもっとも特徴的なところ。彼等は確かに人間と同じ解剖をしているけれど、損失した臓器や血管を魔力で代用することが可能なの」


 身体を割かれ、臓器を露出させながらびくびくと震えるエルフを小突き、エミリーナが肝臓をぶすりと刺す。

 そのまま何度もぐりぐりと体内をいじくり回すが、エルフは痙攣を起こすだけで絶命はしない。


「人間だって、山で遭難しても水さえあればすぐには死なないでしょう? それは日頃から体内に脂肪を蓄えていて、いざという時のエネルギーに変換しているからと言われているわ。……エルフにおいてはそれが魔力であり、また魔力で代用できる部分がとても大きいの」

「臓器を壊されても?」

「ええ。たとえ胃を破壊して食事が取れなくなっても、体内の魔力で補完できるし――」


 エミリーナが杖先から、スライムめいた粘液状の物体を召喚した。

 現れたスライムが、べちゃり、とエルフの顔にへばりつき、その鼻の穴やら口の穴から侵食していく。


「ごぼ、ごぼぼっ……!」

「窒息させても、不足する酸素ですら魔力が代用してくれる」

「身体の構成自体が、完全に魔力なんですね」

「ええ。けれど窒息し続けさえすれば、いずれ代用魔力が尽きて死に到る。よって、毒も時間をかければ効果が出るわ。。……ちなみにこれ、人間に例えるなら数十分ずっと溺水してるようなものだから、こっちの方が苦痛は大きいかもね」


 とんとん、と杖を弄っている間に、足下のエルフがくたりと動かなくなった。

 身体を捌かれて出血し、臓器への攻撃と窒息したダメージが重なり絶命したのだろう。

 その身体にひょいと蘇生魔術を施し、蘇らせる。


「ごはっ!? がっ……」

「毒物も同じ理屈ね。ちなみに、世の中にはエルフ用の特効薬もあるわ。特効といっても治す方じゃなくて、クリティカルダメージの方だけど。例えばコレとか……ね?」


 いつの間にか、エミリーナの手元には銀色の注射針が握られていた。

 先端からぴゅっと銀色の液体を垂らしながら、エミリーナは薄暗い笑みとともに男の首筋へそっと当てる。


「特別に注入してあげるわ。エルフの体内魔力を掻き乱し、平衡感覚を狂わせもがき苦しむ特注品よ」

「待ってくれ! 僕が一体なにしたって言うんだ!? 僕は沢山のエルフを救った神なんだぞ!?」

「だったらこの液体を注射されても構わないわよね? これ、あなたが人間はもちろん、エルフにも使った『お薬』なんだから。聞けば昔は人間の出産にも立ち会って、気づかれないよう赤子を殺して母親を泣かせたとか……?」


 なら、あなたも生まれたことを後悔なさい、とエミリーナがその首に針を突き刺した。

 暴れるのも構わず強引に液体をねじ込んだ直後、エルフはその口から泡を吹き、自らの喉を掻きむしり血を吹きながら絶滅していく。


 その様をほうほうと見学した私は、改めてエミリーナに感心してしまった。


「エミリーナは本当に物知りですね。エルフの生態だけでなく、人体解剖や体内の循環器系まで知ってるなんて」

「まあ宮廷魔術師時代と、その前の学生時代に勉強しただけよ」

「だとしても、努力家なのは確かですよ」


 私達が女神から授かったのは、単なる力と魔力に過ぎない。

 その力をどう生かすかは私達の裁量次第。エミリーナの知識はもともと務めていた宮廷魔術師時代に培われたものであり、努力と研鑽の賜物だろう。

 そう褒めると、エミリーナはまんざらでもなさそうに頬を描きつつも、困ったように眉を寄せる。


「……勉強する時間だけは、あったのよ。鼻つまみ者だったからね」

「?」

「レティアには話したことあったかしら。私が宮廷勤めだった頃、仲間外れにされてた話」

「そうなんですか?」

「宮廷魔術師の多くは男で、頭がいいぶんプライドも高かった。そこに私みたいな女が出てきたのが、気に入らなかったんでしょうね。わざと仕事を外されたり、変な嫌がらせも受けたものよ」


 まあ、エルフの悪行に比べれば些細なものだけど、とエミリーナは自虐的に笑う。

 もちろん言い返してやったけど、とも。


「まあ、あなた達と仲良くしてる間に、男への嫌悪感も、頭でっかちなコンプレックスも大分良くなったけどね。エルフと戦ってる時はそれどころじゃなかったし……その。あなた達が、そういうのを気にする性格じゃないって分かったし」


 それでもまだ、嫌な思い出が根付いているのだろう。ちいさく潜めた眉が、彼女の心を淡く描いているかのようだった。


 私はうっすらと笑みを浮かべ、その背中に手を回す。

 ちいさな身体をぎゅっと抱きしめ、柔らかな肩を撫でていくと、エミリーナが困ったようにもじもじし始めた。


「ありがとうございます、エミリーナ。あなたがどんな時でも頑張ってくれたから、魔王退治もエルフ退治も戦えます。宮廷の男だか何だか知りませんが、私はその時がんばったエミリーナに感謝していますよ」

「……ほ、褒めてもなにも出ないわよ?」

「いりませんよ。私が褒めたいから、褒めてるんですから」


 そう告げるとエミリーナは柔らかな頬をほんのりと紅色に染め、仕方なさそうに目を逸らして帽子を被り直す。

 愛用の黒帽子を目深に被り直すのは、照れ隠しの癖だと私はよく知っている。


「私はただ、あなたのことが大好きなだけですから」

「……浮気者。勇者様にも同じこと言うくせに」

「みんな大好きなだけです。だからこそ、私はあいつらが許せないんです」


 ベヒモスが暴れ、荒廃した大地に目を向ける。


 フロンティア殲滅完了も目前だ。じきに、この大陸における奴等の存在は根絶されることだろう。

 それが終わったら彼女と祝杯を挙げ、そしてまた歩き出そう。

 次のエルフを狩るために。


「これからもよろしくお願いします、エミリーナ。そして一緒に、奴等を殺しましょう。もっともっと殺しましょう。ね?」

「……言われるまでもないわ。そのために、私は蘇ってきたんだから」


 エミリーナに寄り添いつつ死体となったエルフを蹴飛ばし、ゴミのように放り捨てる。

 肉塊が転がり、歩いていたベヒモスに踏み潰された。それが奴等に相応しい末路だ、と私は思った。





「ところで、レティア。今日は私が夕食を用意してあげるわ」

「エミリーナ。私にまで毒殺実験しなくて良いんですけど……」

「失礼ね! 魔王討伐の頃よりは上手くなったんだから!」








※)本編更新はもう少しお待ち下さい。

四月頭くらいに出来ればと思っています。

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